望まぬ申し出
どことなく機嫌の良さそうなアルマの後ろ姿を眺めながら、シロンは校舎を出た。
授業で使っている訓練場を右に、庭師の手入れが行き届いた中庭を歩く。
授業中ということもあってか、シロンたち以外、人影は見当たらない。
この状況は、シロンにとってはあまり好ましくない。
講師と生徒――それもレイラと同じ侯爵令嬢で、劣らずの美少女であるアルマ――と二人きりというのは、何も起こらなくても、第三者からすると、まことしやかに囁きたくなるものだ。
何より、先ほどから続く沈黙が耐えがたい。
アルマは物静かな性格のせいか、案内すると言ってから、一言も発していない。
何か話さなければという強迫観念にとらわれてしまう。
そんなシロンの胸の内を余所にアルマはドンドン進んで行く。
石畳で綺麗に舗装された道は、階段へと続く。三段のぼっては広い踊り場があり、また三段のぼっては踊り場といった、緩やかなものである。
その頂上に三人の人物がいた。
男子生徒たちである。制服に身を包んでおり、ネクタイの色から最上級生の六年生だとわかる。
「おい、これはどういうことだっ!?」
三人の真ん中にいる金髪の少年が、こちら気づいて目を見開いた。
「なぜ、我が麗しの君が、卑しい身分のホラ吹き講師と歩いているのだ?」
「申し訳ありません、殿下。アルマ様には再三に渡り、ご忠告申し上げたのですが、かの者の授業に出席しておられるようでして……」
「なにぃ?」
殿下と呼ばれた少年は、申し訳なさそうに左側に立つ、眼鏡をかけた少年を睨みつける。
すると反対側の体格の良い少年が慌てた。
「落ち着いてください殿下。私もスケイルと共に、何度もアルマ様のもとへ参りました。ご忠告いたしましたが、全く聞き入れていただけなかったようです」
「くっ、カークとスケイルが揃っていてもか……が、お前たちを責めるのは筋が違うな。取り乱してすまなかった」
殿下が思い直すと、スケイルとカークは揃って頭を垂れた。
「これは私の問題だ。ウィンドルフ家に名を連ねる者として、自ら問題を解決せねばならん」
そう言って殿下はアルマに向き直った。
「アルマ、そのホラ吹き講師の授業には出るな」
「嫌」
「どうしてだ? 未来の夫である私の言うことが聞けないのか?」
「婚約の申し出は断ったはず」
「あれは冗談ではなかったのか? 我がウィンドルフ家は前向きに準備を進めているぞ」
「やめて。あなたと結婚するよりも、彼の授業に出た方が一億倍も有意義」
「なんだとっ!? い、いや……ここで怒っては、ウィンドルフ家は器が小さいと誹りを受ける……落ち着け、落ち着くんだ……」
殿下は何度か深呼吸をし、もう一度アルマを見る。
「確かに、私の触れを無視して受業に出ている者の成績が上がったと聞く。だが、それはインチキだ。そこのホラ吹き講師が、他の先生方に根回しをしたに違いない」
「殿下のおっしゃるとおりです。アルマ様とレイラ嬢を除き、他の者はそれぞれの学年で落第確実の劣等生と聞き及んでおります。それが急激に成績が上がるなど……何らかの根回しがあったと見て間違いありません」
「私もスケイルの意見に同意します。座学はともかく、実技に関しては一夜漬けでは試験を突破できません。日々のたゆまぬ努力が必要です」
眼鏡を持ち上げるスケイルに、カークも頷いた。
これには流石のシロンも口を挟まずにはいられなかった。
「待ってください! 僕は何も――」
「誰が口を開いていいと言ったっ!? この下民めがっ! スケイル、カーク」
「はっ」
殿下は二人に「やってしまえ」と指示する。
おもむろに詠唱を始める二人を見て、シロンは身構えた。
ここで反撃するのは御法度だ。未来ある生徒を傷つけることは、教壇に立つ者としてあるまじき行為である。
加え、彼らは貴族だ。ウィンドルフ家の爵位はわからないが、たとえ下級貴族であったとしても、ただの平民が手を出して良い人物ではない。
防御するしかない。シロンは二人が魔法を放つと同時に障壁を張るつもりでいた。
しかし、二人が魔法を放ってくることはなかった。
「うわぁっ!」
「ぐっ!」
アルマだ。二人が詠唱でもたついている間に、彼らの足下を凍らせたのだ。
「ア、アルマさん」
なんてことをしたんだ、とシロンが彼女の隣に歩み寄るが、アルマは見向きもしない。
「……せない」
「え?」
「許せない……シロンを侮辱する人は、絶対に許せないっ!」
アルマが感情を露わにするのは初めてである。
しかもそれは、魔力の暴走というオマケ付きである。
昂ぶった彼女に呼応するように、制御の外れた魔力が暴走し、大気を叩くように、その奔流が彼女を取り囲むように渦巻き始める。
「いけない、アルマさん!」
いち早く危険を察知したシロンは、右手を掲げたままのアルマを横から抱きついた。
「っ!?」
「ごめん! でも、こうするしかないんだ!」
シロンはアルマの暴走する魔力を吸収する。
対象に触れることで行うことができるが、今のアルマの状態は、シロンの小さな手のひらでは間に合わない。接触面積を増やす必要があったのだ。
シロンにとっては人命救助であり、被害を阻止するための行為であるが、他の者にとっては意味合いがかなり違った。
「……ふぅ、よかった。どうにか間に合った」
「……」
魔力の奔流が消え、暴走を食い止めたシロンが離れると、アルマはしゃがみこんでしまう。
「だ、大丈夫ですか?」
「……大丈夫じゃない」
「え? でも、魔力切れで倒れるほど吸収したわけじゃ……?」
あくまで暴走を抑えるため、外に溢れた魔力だけを吸い取っただけである。アルマ自身に危険が及ばないよう細心の注意を払ったつもりだ。
「そうじゃない……抱きついた、責任取って」
「えっ!? い、いや、それは……」
「取ってくれないの?」
上目遣いに見てくるアルマの破壊力は凄まじい。
「で、でも、僕は……あた!」
平民で釣り合いが取れないと断ろうとしたシロンの後頭部に何かが当たった。
振り返ると、いつの間にか階段を降りたらしい殿下が、何かを放った後のような体勢でわなわなと震えていた。
そして、シロンの後頭部に当たったであろう物が、シロンの足下に落ちていた。
それは真っ白な手袋だった。
「決闘だ! ウィンドルフ公爵家が三男、バーナード・ヒュー・ウィンドルフは、貴様に決闘を申し込むっ!!」
殿下ことバーナードは、鬼の形相でシロンを睨みつけてきた。
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