氷の姫
アルマ・シーズ・チェイシーは貴族である。
それもただの貴族ではない。東部貴族をとりまとめる侯爵家の令嬢だ。
ゆえに、同じ侯爵家であるカークランド家とは、常に比較され続けてきた歴史があった。
農業や畜産業などの第一次産業が強い西部に対し、東部は第二次産業が盛んである。
特に武器や防具の製作に力を注いでおり、有名鍛冶師の工房がいくつも存在する。
その品質は折り紙付きで、実力は王国一と噂される北部騎士団へも装備を卸していたりする。
街並みも先進的で、領都シランドは王都と南部の交易都市コネートと併せて王国三大都市の一つに数えられている。
そんな東部に嫉妬と憧れを抱く西部の人々を奮い立たせるために、カークランド家は魔法兵器産業に乗り出したというのが、もっぱらの噂であった。
そのカークランド家の一員であるレイラが、チェイシー家の人間に対抗意識を持つことはごく自然である。
しかし、アルマは歯牙にもかけなかった。
いや、気に留める時間さえも惜しいと思っていた。
幼い頃から、両親は跡継ぎである兄にかかりっきりで、まともに話をしたことも数えるほどしかない。
兄も両親の期待に応えるために日々努力を積み重ねていて、妹である自分を構う暇などなかった。
身の回りの世話をしてくれている侍女たちも、必要以上の会話はしない。彼女たちは職務に忠実だった。
だからだろうか、アルマは自身の感情を表現するのが不得意となってしまった。
友人は一人もいない。
でも寂しくはなかった。
アルマには魔法の才能があったからだ。
洗礼の儀で示された大魔法使いへの道を歩むため、彼女は一人、魔法の修行に励んだ。侍女たちに頼み、買い集めた魔道書を読み漁り、実際に発現させる。
それらをひたすら繰り返した。
常人であれば気が狂ってしまうほど地道で辛い修行を、彼女は一人で続けた。
それも驚くべき速さで上達していった。
そうしていつしか、〝氷の姫〟と呼ばれるようになった。
最も得意な属性と無感情な自分をかけて、揶揄しているのは理解できたが、反論も否定もしなかった。
そんな無駄なことに時間を費やすのなら、新しい魔法を覚えたほうがいい。
アルマはますます魔法の修行に没頭していった。
気づけば、王国最高峰の魔法学院で首席、さらに飛び級で卒業資格も得た。
だが、アルマの心は晴れなかった。
大魔法使いになるためにはもっと力をつけなければならない。
実際は、どこへ出ても恥ずかしくない力を持っているアルマである。しかし、それに気づけない。自身の実力を自身で測るのは難しいのだ。
さらなる研鑽が必要であるが、魔法学院にはもう得るモノがないかもしれない。一足早く卒業し、新天地で励むべきだろうか。
と、悩んでいた矢先、見てしまったのだ。
図書館で魔道書を借り、自室のある寮へと戻る途中、シロンが訓練場で実技試験を受けているのを偶然目撃してしまったのだ。
年下であろう彼が放つ魔法は鮮やかで、とても洗練されていた。
その上、威力はこれまで自分が目にした者たちとは、次元が違った。
どうすれば、あんな凄い魔法が放てるのか。
その日からアルマは悶々とした日々を過ごす。
だが、悩める日々から解放されるのはすぐだった。
彼は新入生ではなく新しい教師となって現われた。
週に一度の授業はいささか物足りなさを覚えるが、彼の教えはわかりやすく、とても理に適っていた。
これでまた一歩、大魔法使いに近づける。
アルマは素直に喜んだ。
そして、もっと知りたい、覚えたいという向上心が、ある行動に移させた。
それはシロンの監視である。
彼が何を考え、どういった行動をしているのかを把握すれば、彼のような凄い魔法使いになれるのではないか、という結論に達したからだ。
第三者からすれば、学年主席にあるまじき考察と、侯爵令嬢にあるまじき行為だと失望してしまうだろう。
彼女自身、ふと冷静になって考えると、これは違うのではないかと思考をよぎらせることもあったが、それでもやめなかった。いや、やめることができなかったのだ。
最近、眠りに就く前にどうしてもシロンのことが思い浮かんでしまうのだ。
この気持ちが何なのか分からないが、少なくとも、初めて興味を持つことができた人物である。
そのシロンが、自分を頼ってくれているというのは、何とも言えない高揚感を覚える。
彼が図書館でどんな本を読むのかも興味深いが、今、この瞬間――図書館へ向かう間は、誰にも邪魔をされたくない。
そう、二人だけの時間だ。
邪魔する者は、即刻排除すべし。
アルマは、初めて沸き立つ気持ちに戸惑うこともなく、密かに決意するのであった。
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