第三章 平民の星
王立魔導図書館
シロンが魔導学院の非常勤講師となって三ヶ月が経った。
週に一度の授業は、相変わらず生徒が集まらなかったが、出席していた六名――特にダニーをはじめとする四名の劣等生たちに著しい成長が見られた。
想像力を養うことで、脳内イメージの明確化がなされ、無詠唱もしくは略式詠唱による魔法の発現を体得し、魔力を制御することで魔法の威力や効果を上げることが出来つつあった。
目に見えて分かる成長は、他の授業でもいかんなく発揮され、落第ギリギリであった銘々の成績を上げることとなった。
これには他の教師たちはおろか、生徒たちも驚いた。
劣等生の彼らがここまでやれたのだ。自分だったらもっとやれるのではないか。そう考える者は少なくないはずだ。
にもかかわらす、シロンの授業を受けようとする生徒は皆無であった。
シロンとしては、このまま少人数制で授業を進めていきたかったので、特に不満はない。大人数の生徒を相手にするのは、とても神経を使うし、目の行き届かないときが必ずあるので、面倒なだけだ。
それにシロンにはやるべきことがる。
「さて、と」
学院よりあてがわれた専用の準備室で、六名の生徒たちそれぞれに合わせた課題を羊皮紙にまとめ終えたところで、椅子の背もたれによりかかるようにして、伸びをした。
「そろそろ行ってみようかな、図書館に」
肩を押さえて首を鳴らすと、シロンは立ち上がる。
実はいまだに王立魔導図書館に訪れたことはなかった。
非常勤とはいえ、講師の仕事を疎かにすることはできなかったからだ。
本格的に人にモノを教えるのは初めてのことであったので、事前にしっかりと準備をする必要があり、それに時間を割いていたのである。
なので、三ヶ月経った今も学院のどこに何があるのか、あまり把握していなかった。
誰かに案内してもらえれば一番良いのだが、あてがない。
最も近しい人物といえば、レイラに他ならないが、教師と生徒という関係もさることながら、彼女の侯爵令嬢という身分がネックである。
身分が下の者から声をかける行為は、マナーとしてよろしくないし、ましてやレイラは嫁入り前の身だ。一緒に行動するところを目にし、あらぬ噂を立てられては、彼女としても迷惑だろう。
そもそも、今は授業中である。学生の本分を疎かにさせてはいけない。
となれば、手の空いている教師を捕まえるほうがいいのだが、個別に準備室を与えられているこの状況では、なかなか接点を作るのが難しく、親しい間柄の者はいない。
当初より、授業を見学に来ている者はいるが、質問をしにくる者はいない。
魔法学院の教師は、前世での大学教授に近い性質を持っている。
自ら調べ、考察し、正解に辿り着くことを至上の喜びと感じているのだ。そんな連中が気軽に訊きにくることはない。
また、シロンの年齢も彼らのプライドをいたく刺激しているようで、ライバル視されている節もある。
「とりあえず、事務局に訊いてみるのがいいんだけど」
学校運営で欠かせない事務局は、魔法学院にも存在する。
ただ、その事務局の場所もわからない。
「うーん、とにかく探してみるか」
このまま準備室にいてもしょうがないので、シロンは外に出る。
盗られて困る物はないが、一応、扉に鍵をかけ、移動を開始しようとしたところで、
「どこへ行くの?」
「うわぁっ!?」
耳元で囁かれ、シロンはおののき飛び退いた。
「って、アルマさんか……おどかさないでくださいよ」
銀髪の美少女が無表情で小首を傾げている。
「おどかしたつもりはないわ」
「そ、そうですか。アルマさんこそどうしたんですか? 授業中のはずでしょう?」
「授業はないわ。今年の単位は取ったもの」
「もうですかっ!?」
魔法学院は単位制であり、今年度は始まって三ヶ月しか経っていない。
いくら学年主席といえども流石に無理があるだろう。
「今年だけじゃなく、来年のも」
「ってことは、すぐにでも卒業できるってことですかっ?」
「ええ。ギビンズ先生からは『いつでもどうぞ』と言われたわ」
「そういうことか……じゃあ、なんで卒業しないんですか?」
「それは……」
アルマは何故か急にモジモジし始めた。
「?」
「…………そんことよりも、どこかへ行こうとしているの?」
「え? ああ、はい。ちょっと図書館に行こうと……でも、場所がわからなくて」
「そう。なら案内するわ」
「いいんですか?」
「ええ」
アルマはほんの少しだけ笑顔になり、歩き出した。
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