それでも劣等生たちは前を向く

 ダニーは魔法学院の五年生である。

 王国北部の出身で、兵士の父と専業主婦の母を持つ、平民の子だ。

 弟と妹が二人ずつおり、万年一兵卒の父の稼ぎは少なく、裕福ではなかったが、不満はなかった。

 将来は父と同じ兵士になろうと考えていた。


 だが、洗礼の儀を受けてから、一変する。

 王国国民は十歳になると、教会で洗礼の儀を受ける義務がある。神がその子どもの将来の方向性を示す大事な儀式だ。


 その洗礼の儀で、ダニーには魔法兵になれる素質が示唆されたのだ。

 魔法兵はエリートだ。仕事の内容は過酷であるが、稼ぎも一般兵のそれとは比較にならない。


 蛙の子は蛙ではなく、鳶が鷹を生んだ。父と母は大いに喜んだ。

 そしてダニーを魔法学院に通わせるため、親戚や近所の者たちに頭を下げて回り、学費を工面し、魔法使いの家庭教師も付けさせた。


 ダニーも両親の期待に応えるため、魔法の修行に明け暮れた。


 それから二年後、晴れて魔法学院の門をくぐることができた。


 しかし、それからが苦難の連続であった。

 生徒たちは、貴族や代々魔法使いの家の者が多い。幼い頃から英才教育を受けた者ばかりで、己の未熟さを痛感した。

 授業にも付いていけないことがしばしばあり、成績は常に最下位であった。

 それでも故郷の家族や援助してくれた人たちに報いるために、努力を重ねた。


 結果、留年は免れ、進級できた。

 それが四年間続くと、考えてしまうのだ。


 自分には魔法の才能がないことを。


 魔法兵になれるのは一部、成績優秀者ばかりである。学院側の推薦がなければ魔法師団への入団試験も受けさせてもらえない。

 あと二年で卒業するダニーが成績優秀者になるのは、まさに雲を掴むような話である。


 諦めかけていたときだった。

 劣等生の烙印を押され、クラス内でも居場所のなかったダニーは、新しい教師の噂を耳にした。

 鉄壁の魔女グレースを唸らせ、学院長が口説き落とした逸材らしい。


 これだ。その教師に教えてもらえば、うだつの上がらない自分の成績も良くなるかもしれない。


 藁にも縋る思いで、その授業に出た。

 教師が弟と同じくらいの子どもだったことにも驚いたが、出身が大樹海だという大ボラには我慢しかねた。

 由緒正しい魔法学院の教師たる者が、そんな幼子でも見破れる嘘を吐くとは、ふざけているとしか思えなかったし、その場にいる者たち全てをバカにしているとも思った。


 だが、他の者たちと同様に席を立つことはなかった。

 レイラとアルマが退室しなかったからだ。

 二人とも同じ学年で、成績優秀者だ。特にアルマは学年主席でもある。

 その二人とになれば、魔法を教えてもらえるかもしれない。勿論、周囲からのやっかみや妨害、迫害はあるだろう。生徒間の平等が謳われていても、建前であることは理解している。

 それでもダニーにも後はないのだ。元々、クラスの鼻つまみ者として、酷い扱いには慣れている。


 そんな決死の覚悟で授業に臨む者は、他にもいた。名前と顔は知らないので、他の学年だろうが、自分と同じのする者たちだった。


 だからだろうか、授業を終えたあと、声をかけた。


「なぁ、少しいいか?」


 正直、授業の内容は理解できなかったし、レイラとアルマの凄さは実感した。


 それ以上にシロンという教師に好感が持てた。

 二人の侯爵令嬢が霞んでしまうほどの実力はもちろんのこと、身分に関係なく、生徒に接している姿は、これまで教わった教師と違った。


 彼に付いていけば、成績優秀者になるのも夢じゃない。

 希望の光が差し込んできた気分だ。

 きっとそれは、授業を受けた者たちも一緒のはずだ。


「恥ずかしながら、さっきの授業、さっぱりわからなかった。よかったら、授業の復習を一緒にやってくれないか?」


 声をかけられ、三人は怪訝な顔をしていたが、ダニーの申し出を聞くと、一様に頷く。

 その瞳には、不退転の意志が力強く宿っていた。


 こうして彼らは同志となる。

 一歩でも、半歩でも、少しずつでも前に進むために。

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