やってみよう
授業は、シロンが実技試験を受けた訓練場へと場所を移した。
生徒たちは、動きやすい体操着などはなく、学院指定の制服のままであるが、杖を携帯している。
アルマは無表情なので気持ちを察することはできないが、他の生徒たちは、どこか必死な様子である。
見学の教師陣は興味津々でシロンの一挙手一投足に注目しているが、実際にシロンの魔法を見たことがあるグレースは、トラウマになっているのか、どことなく怯えているように見受けられる。
そして、レイラは不敵に微笑みながら準備体操をしている。やる気は十分なようだ。
シロンは生徒たちを見渡す。
「講義を始める前に一つだけ。正直、僕個人としては攻撃魔法の指導は、あまりしたくありません。この学院が魔法兵を育成する機関で、全員が魔法兵を目指すのなら別ですが、ご存じのとおり、そうではありません」
貴族の子女は、将来も貴族である。
家を継ぐ者もいれば、他家に嫁ぐ者もいる。嫡男や女子以外でも、宮廷に仕えたり、文官になる者もいる。
平民でも、軍に入る者は一部である。教職を志し、学院に残る者もいれば、家業を継いだり、一般の商会に就職したりする。
魔法が使えなくてもやっていける仕事に就くのが大半である。
例外といえば、回復魔法が使える者だ。
元々は戦場で負傷した兵を助けるために編み出されたものであるが、今日では普通に暮らす人々の治療を行う魔法医という職業が確立されている。
魔法医になるためには、学院を卒業後、別の魔法医の下で修行する必要がある。
大きな治療院であれば、そのまま勤める者もいるが、個人でやっているところなどでは、やがて自分の治療院を開くことを志す方が多い。
「ですが、皆さんに分かりやすく、理解してもらうには、攻撃魔法を用いる授業が最適だと考えています。さて、前置きはこの辺にして」
シロンは拝むように手を打つ。
「魔力制御についてですが、まずは皆さんが普段どうやって魔法を発動させているのか、実際に見せていただきたいと思います」
シロンは、すっかり元通りになった的を指し示す。
「とりあえず、得意な属性の下級魔法で、あの的を狙ってください。まずは……」
「わたしから行くわ」
レイラが腰に提げた杖を手にしながら、進み出てくる。
「じゃ、カークランドさんから」
「いつもどおりに呼びなさいよっ!」
「いや、だってお互いの立場ってものが……」
「あいつは名前で呼んでるのにぃ?」
レイラは杖でアルマを指す。
どうも目の敵にしているようだが、過去に何か因縁でもあるのだろうか。
ともあれ、お行儀が悪い。シロンはレイラの杖を手で押さえながら答える。
「わ、わかったよ……では、レイラさん、お願いします」
「ふん! 〝さん〟は余計だけど、大目にみてあげるわ」
レイラは的に向き直り、杖を構える。
そして、ブツブツと詠唱を始めた。
彼女の体の周りを魔力のモヤが覆い始め、杖を持つ右手に流れていくのがわかる。
やがて右手から杖の先端へと移り、ポッと火が付く。
火種ほどの小さな火は、少しずつ大きくなり、こぶし大の大きさとなり、さらにレイラの顔と同じくらいになる。
「――焼き尽くせ! ファイヤーボール!」
詠唱が終わると同時に、杖の先から放たれた火球は、放物線を描いて的のど真ん中に命中する。
ボッと全体に炎が燃え広がるが、すぐに消え、的は何事もなかったかのように佇んでいる。
アルマ以外の生徒たちが息を飲むのがわかった。羨望と嫉妬の入り交じった表情がシロンには印象深く感じられた。
「ま、ざっとこんなものね」
髪を払い、振り返ってドヤ顔を決めるレイラに、シロンは笑顔を向ける。
「すごい威力ですね。ファイヤーボールとは思えませんでした」
「でしょ!」
拍手するシロンに、気をよくしたレイラはさらにドヤ顔になる。
「詠唱での遅さは別として、魔力効率が悪いです。レイラさん、あなたは威力を高めようとして、通常のファイヤーボールより、多くの魔力を込めましたね?」
「そ、そうよ! それが悪いっていうのっ!?」
図星を突かれ、不機嫌になるレイラを宥めながら、シロンは他の生徒たちに向き直る。
「確かに、魔力を多めに込めると威力が上がります。これは最も簡単な方法なので、やっている方も結構いると思うんですが、はっきり言って非効率的です。先ほどの話と繋がりますが、頭の中でしっかりと思い描くことができれば、本来の必要魔力以下でも威力をあげることができます。このように」
シロンは的に右手だけを向け、ファイヤーボールを放つ。
また的を壊すわけにはいかないので、威力は十二分に落としているが、レイラのそれに比べると大きく、軌道も直線的で速い。
シュッ、ボンと間髪入れずに的に命中し、レイラの時よりも大きく燃え上がり、鎮火した。
アルマは少しだけ目を見開いたが、他の生徒はあんぐりと口を開いて固まった。
教師たちも愕然としているも、学院長はニヤリとほくそ笑んでいる。
そしてレイラは悔しそうにし、グレースは頬をヒクつかせながら半笑いになる。
シロンは皆の反応を気にせず、人差し指を立てる。
「何度でも言いますが、大事なのは想像力です。想像力さえあれば、魔力の消費を抑えることができます。では次、誰かやってみたいという人は?」
生徒たちは尻込みする。
今のを見せられては、行こうと思わないのが普通だ。
しかし、普通ではない人物がいた。
アルマだ。
先ほど質問したときと同じように挙手し、ジッとシロンを見つめている。
「では、アルマさん」
シロンに促され、アルマは前に出る。
そして杖を構え、詠唱を始めた。
レイラの時よりも早く、正確な詠唱により、彼女の魔力が杖に集まる。
具現化されたのは氷系の下級魔法アイスニードルである。
「――貫いて、アイスニードル」
詠唱が完了し、放たれたアイスニードルは通常のサイズであった。
しかし、アルマが杖を振ると、五つに分裂し、ダダダダダと的に刺さる。
瞬間、教師陣から感嘆の声が漏れる。
「あそこで散弾させるとは」
「流石は学年首席ですな」
「ですが、威力が落ちてしまうのでは?」
「確実にダメージを与えるのであれば、アリかと思いますよ」
「とはいえ下級魔法ですからね。たかがしれているでしょう?」
「いやいや、直撃直前なら敵も動揺しますよ」
「しかしですね……」
勝手に議論が白熱し始めてしまう。
シロンはレイラの時と同様に拍手でアルマを褒める。
「発想が素晴らしいですね。びっくりしました」
「……普通にやってもつまらないから」
言葉とは裏腹に、アルマは少しだけ嬉しそうだ。
「そうですね。そういった発想は大事にするべきです。固定観念に囚われてしまっては進歩がありません」
シロンは、アルマ以外の生徒たちに向き直る。
「でも基本をしっかり抑えておかないと、中途半端に終わります。そこは注意しなければなりません」
「いいかしら」
アルマがまた挙手をする。
「なんでしょう?」
「あなたなら、どう〝アイスニードル〟を撃つの?」
アルマには挑発の意図はなく、単純に興味があるだけだ。
瞳に宿る輝きが「実演してみせて」と物語っている。
「そうですね、僕なら……」
シロンは的に向かって右手を向け、アイスニードルを放つ。
それも二連射した後で、左手を突き出し、両手で同時に撃つ。
大きさはアルマの比ではない。
合計四発のアイスニードルは、同じ的に命中し、的全体を凍らしては、消えていく。
「連射か同時に放ちます。散弾はもっと数があったほうが効果的ですが、やはり威力が低下するところがいただけません。中級のアイスレインか、可能であれば上級のブリザードを使ったほうが無難でしょうね」
先ほどと同じように、一同が驚愕する中、アルマは頷いた。
「……勉強になった」
「それはよかった」
「……」
微笑むシロンを見つめるアルマの頬はほんのりと染まっていた。
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