初めての授業

 翌日、シロンはクローディアとともに魔法学院に訪れ、学院長と待遇面について交渉した。


 シロンは、授業は週に一度、二時間だけ行い、必修科目ではなく希望者のみ参加できる選択授業のようなものを希望した。

 学院長は、正規の教師として迎え入れるつもりだったので、不服そうであったが、クローディアが、あまりにもかけ離れている授業をしては、他の教師との軋轢を生む可能性があると、もっともらしい理由を付けて認めさせた。

 給金については、新任の非常勤講師と同じで良かったのだが、クローディアがゴリ押しし、正規の教師と同額で落ち着いた。

 

 そして数日後、新学期が始まる。

 故郷から戻ってきた生徒たちは、お互いの休みの間の出来事の話で花が咲き、学院が若さ溢れる活気に満ちた。


 そんな中、耳が早い者がシロンの噂を披露する。

 新しい講師がやって来るらしい。

 まだ子どもだが、とんでもない魔法の使い手で、〝鉄壁の魔女〟を唸らせ、学院長自ら勧誘するほどであるようだ。

 なんでも、元はカークランド家の従者で、王都に来る途中、難事件や問題を解決したレイラ嬢の活躍に一役買っているらしい。


 一部、間違っているが、あっという間に生徒たちに広がり、彼らの興味を惹いた。

 だからであろうか、シロンの授業には、教室に入りきれないほどの希望者が殺到してしまった。

 最前列にはレイラの姿があるが、隣に座る銀髪の美少女を睨みつけることに執心しているようで、シロンには目もくれない。

 代わりにその銀髪の美少女が、ジッと凝視している。


 また教室の後ろには、他の教師たちが並ぶ。

 義務はなかったため、入学式にも出席せず、また職員室などは存在しないため、教師たちの前で自己紹介をする機会もなかったので、気になった教師たちが見学に来ているのだ。

 中央にはグレースと学院長もいる。お手並み拝見といったところか。


 シロンは緊張していた。

 数にして三百人以上はいる。前世でも、プレゼンなど人前で話すこともしばしばあったが、ここまでの人数を前にしたことはなかった。

 それでも自身の夢を思えば頑張れる。講師としてやるべきことをやるべく、シロンはざわつく教室で、人生初の授業を開始する。


「まずは自己紹介を。はじめまして、僕はシロンと言います。王国の西の外れ、皆さんが〝大樹海〟と呼んでいる森からやって来ました。どうぞよろ――」


 ざわめきが大きくなる。

 シロンもクローディアとの会話で最近知ったばかりであるが、大樹海は未開拓地域の入口であり、獰猛な獣たちがひしめき、とても人の住める場所ではないことで有名であった。

 シロンは自分を知ってもらうために正直に言っただけだが、信じる者は少ない。


「は? 大樹海? 何を言ってるんだ?」

「あんなところに人が住んでるわけないじゃない」

「冗談でも酷いわ……」

「……とてもまともな授業ができるとは思えないね」

「正直、がっかりさ」


 帰ろう、と口々につぶやき席を立つ生徒たち。

 教師の中にも退室しようとする者もいる。


「待ちなさいよっ!」


 レイラが勢いよく立ち上がる。


「まだ途中でしょっ! 話は最後まで聞きなさいよっ!」


 侯爵令嬢の言葉に逆らうのは躊躇われる。皆の動きが止まった。


「ありがとう」

 

 シロンはレイラに礼を言い、退室しようとする者たちへ告げる。


「でも、退室したい方はどうぞ退室してください。僕は授業を無理強いするつもりはありません」


 元々、希望者のみの参加である。去る者は追わない。

 シロンの言を受け、ぞろぞろと退室して行く。


「ちょっと、シロンっ!」

「いいんです。正直、あの人数は面倒みきれないですから」


 いいのか、と問うレイラに、シロンは肩をすくめてみせる。


「さて――」


 シロンは教室を見渡した。

 残ったのはレイラと銀髪の美少女を含め、六名。

 教師陣は、数名を除き、ほとんどが残った。


「続けますね……僕には夢があって、それを実現させるには魔法学院に行くのがいいと思って、先日、特別に受験をさせていただきました。生徒として通うつもりでしたが、学院長のご厚意で、こうして教壇に立っています」


 残った生徒たちは皆、真剣にシロンの話を聞いている。


「魔法は母に習いました。息子の僕が言うのもなんですが、母は物凄い使い手のようです。ですが、母も戦闘に関する魔法しか知りませんでした。それはすごく勿体ないと思います」


「もったいないってどういうこと?」


 レイラが訊いてくるが、シロンは笑みを返すだけで、すぐに皆に向き直る。


「魔法は使い方次第では、とても便利です。生活を豊かにするために、もっと広く、身分に関係なく使われるべきだと思います。それを戦闘に関することだけに限定するのは、勿体ないと言ったまでです」


 これには教師陣が「生活に魔法だとっ?」「その考えは斬新だなっ!?」と反応した。

 彼らが日々研究しているのは、細かく言えば異なるが、おおむね戦闘用の魔法ばかりだ。

 シロンからすれば、どうして今まで偏った魔法の研究しかしてこなかったのか不思議でならない。


「魔法の新しい使い方については、この授業でも希望があれば、やっていこうとは思いますが、まずは基本的なところから」


 シロンは振り返り、黒板に文字を書き出す。

 しばしの間、チョークの音だけが響く。


「前提として、これは僕の考え、やり方です。これが正解ではないと思います。皆さんには皆さんに合ったやり方があると思います。ただ、やり方を模索していたり、もっと楽に効率よく魔法を発現させたいと思っている方に、少しでも参考になればと思います」


 シロンは自分の腕ほどの長さの杖で黒板を指し示す。


「魔法を使うにあたり、最も重要なことは二つです。想像力と魔力制御です。まず想像力についてですが、たとえば炎を発現させたいとするなら、その炎の色だったり、形、揺らめき方など、細部にわたって頭の中で思い描くことで、より具現化された炎を作り出すことができます」


 そこで銀髪の美少女が挙手する。


「はい、えっと……」

「アルマ・シーズ・チェイシー」

「チェイシーさんですね」

「アルマでいい」

「いや、でも」


 初対面で、しかも授業中である。教師が生徒のファーストネームで呼ぶのは問題があるのではないかと、シロンは躊躇する。

 しかし、アルマは呼んでくれるまで退かないつもりだ。


「……では、アルマさん。質問をどうぞ」


 折れたシロンが促すと、アルマは心なしか嬉しそうに「ん」と頷く。


「詠唱は、必要ない?」


 通常、魔法を発現させるためには、詠唱は必要不可欠である。

 詠唱を紡ぐことで、発現の下準備である、魔力の活性化を促すのだ。

 また、同系統の魔法でも、その文言により、等級が変わり、威力も異なってくる。

 詠唱さえしっかり出来ていれば、魔法は発現するとも言われ、重要視されているのである。

 しかし、シロンは違う。


「ええ、僕は詠唱を使いません」

「なぜ?」

「時間がかかりすぎるからです。想像してください、アルマさん。あなたは今、戦場にいます。守ってくれる騎士もおらず、敵に囲まれた絶体絶命の状況です。相手を倒すにせよ、目眩ましをして逃げるにせよ魔法を使う必要がある。でも敵は待ってはくれない。そんな時に詠唱をしている暇があると思いますか?」

「……ない」


 アルマは少しだけシュンとする。


「まぁ、これはたとえ話です。あと別に僕は詠唱を否定するつもりはありません。複数の人間で一つの魔法を使う場合――強力な攻撃魔法などですね。そういったときは、他の魔法使いたちと呼吸を合わせるためには、詠唱はとても良いと思います」


 シロンはもう一度杖で〝想像力〟の文字を指し示す。


「切迫した状況では、やはり無詠唱での魔法が良いでしょう。無詠唱をするためには想像力が必要不可欠です。これは慣れていなければ難しいです。今日、帰ってからでも頭の中で思い描く練習をしてみてください。それから魔力制御についてですが」


 教室の窓の外、実技訓練場を見る。


「百聞は一見にしかずです。実際にやってみましょう」

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