カークランド家の人々②

 オルグラント王国の西部を束ねるカークランド侯爵家。

 その本邸は領都フレイアードにある。

 しかし、式典や舞踏会など、王都に赴くことも少なくないため、王都に別邸を構えている。

 これはカークランド家に限った話ではない。上流階級であれば、誰もが持っているものであり、その財力や権力を誇示する、一種のステイタスでもあるのだ。

 

 そんなモノとは無縁に育ったシロンは、カークランド家当主の妻と膝を付き合わせていた。


「そう、学院長から直々に……」


 フワフワの扇子を広げ、鼻から下を隠し、クローディアはジッとシロンを見る。


 夕食を終え、改めてクローディアから礼を言われたシロンは、王都までの道中や、生い立ちに至るまでまで、根掘り葉掘り訊かれた。

 前世の記憶があることは秘密にし、他のことは分かる範囲で正直に答えた。

 クローディアもランドルフとエリルは知らなかったようだが、機会があれば一度会いたい、と非常に興味を持たれた。

 話題は尽きず、魔法学院の合否について話が及び、シロンは自身の夢のことを話した上で、悩んでいると相談を持ちかけたのである。


「ま、そうなるんじゃないかとは思っていたけどね」


 クローディアの隣に座っているレイラが嘆息した。

 母親と視線を合わせず、ずっと不機嫌そうにしている。

 レイラが一方的にシャットアウトしているようで、反抗期かもしれない。

 クローディアは気にした様子もなく続ける。


「悩む必要はないと思うわ。シロンさんは、ご自身の夢を叶えるために図書館で調べ物をしたいと、正直に言えばいいじゃない。その空いた時間を使って、教鞭を執るぐらい、我が儘でいいんじゃないかしら?」

「それはあまりにも勝手過ぎる気が……」


 シロンが唸ると、空いたカップにエマがお茶のおかわりを注ぐ。


「魔法学院には、非常勤の講師も在籍していると聞いております。特に問題ないかと」

「そうなんですかっ?」


 シロンが見上げると、エマは「はい」と笑顔で答える。


「そっか、それなら……いや、でも……」


 逡巡するシロンを見て、レイラが鼻を鳴らす。


「自信がないの? 笑わせないでよ! あんな魔法見せつけられた、わたしのほうが自信なくしてるってのに……」

 

 後半は俯いてしまうレイラに、シロンは何も言えなくなってしまう。


「私も報告でしか聞いてないけれど、自信を持っていいと思うわよ。学院長から直接誘いを受けて教師になった者は、数人しかいないと聞くし、それに」


 クローディアは、パチンと扇を閉じ、膝の上に置く。


「そのような些事を気にしていて、あなたの夢は叶えられるの?」

「っ!?」


 クローディアの言葉がシロンの胸に突き刺さる。

 言い換えれば、お前の夢はその程度のモノなのか、と訊かれているようなものだ。

 勿論、本気だ。

 あの時、ああしていれば、こうしていれば、と後悔する人生は、前世で懲りた。

 今生では悔いのない人生を送ると決めた。


「……やります! そして必ず夢を叶えます!」


 決意に満ちたシロンの瞳に輝きが宿る。

 頭を上げ、目を合わせたレイラが、何故か顔を赤らめて、また目をそらした。

 横でクローディアが扇で自身の膝を叩く。


「よく言ったわ! それでこそ男の子よ! では、待遇についての交渉は、私がお手伝いするわね。エマ」

「はい。すぐに学院側へ伝書鳩を飛ばします」

「え? あの、そこまでお願いするのは……」


 気が引けるシロンに、クローディアが首を横に振る。


「気にしないで。これも何かの縁でしょ? できる限り力になってあげたいの。それからレイラ」

「なによ」 

「生徒と講師という立場の違いはあるけれど、シロンさんをしっかり支えてあげなさいね?」

「い、言われなくたって、わかってるわよっ!」


 レイラはツンと顔をそらした後で、シロンに向き直る。


「か、勘違いするんじゃないわよ! あんたが魔法学院のことを知らないから、し、しかたなく、だからねっ!」

「うん、ありがとう! よろしくお願いするね、レイラ」

「ふ、ふん! わたしに任せとけば問題ないから、あ、安心するといいわっ!」


 何故か顔を真っ赤にしたまま、レイラはドヤ顔を決めた。



★★★



 その夜、クローディアは自室の机に向かっていた。

 目を通しているのはエマから送られた報告書である。

 傍らには、当の本人であるエマが控えている。


「確認するけど、ここに書かれてあるのは事実で間違いないわね?」

「はい」

「二人きりのときは昔の口調でいいのよ? 〝斬撃女王スラッシュ・クイーン〟様」

「……以前も申し上げましたとおり、その名は貴女様にお仕えするときに捨てましたので、〝火焔の戦乙女フレイム・ヴァルキリー〟様」


「あなたこそ、からかわないでよ……それに、あの子の前では霞んでしまう二つ名よ。無詠唱で二重障壁を展開だなんて、私には無理だもの……それで、本職から見て、剣の腕はどうなの?」

「かなりの腕前かと。実戦で斬れるかどうかはわかりませんが……」

「まだ十二歳だものね……」


 王国では未成年――十五歳以下の出兵は禁じられている。


「辺境伯からは、何もございませんでしたか?」

「何も。あちらも代替わりして、随分と大人しくなったけど、小競り合いだけは、定期的に続けているみたいよ」

「そうでございますか。もし、事を構えるとなれば、彼の力は必要となります」 

「そうね。厳重に保護しておかなければね。特に東の冷血一家には、気取られないよう、注意しておかないとね。レイラと同級生の子もいるし」

「はい。それにつきましては抜かりなく」

「お願いね」


 クローディアが告げると、エマは一礼し、部屋を辞した。


「うふふ、カークランド家うちも運が向いてきたわね。まさか、こんな逸材に出会えるなんて……」


 もう一度報告書に目を落とす。

 宝物を見つけた気分だ。

 彼が成長し、その夢を叶えたなら、必ず歴史に名を残すことになるだろう。

 その彼を支えていたのが、カークランド家というオマケ付きで。


 しかし、その予想が大きく裏切られることになるとは、今のクローディアには知るよしもなかった。

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