カークランド家の人々
学院長との話を終えたシロンは学院を後にする。
ゆっくり考える時間が欲しいため、どこかの宿を取ろうと、王都を散策するつもりであったが、正門に馬車をベタ付けしていたレイラとエマに、半ば拉致される形で連れて行かれてしまう。
確かに、ここまで連れてきてもらって、礼の一つもなしでは悪い。シロンは二人に軽食を奢ると申し出るが、二人は聞き入れなかった。
すでに行き先は決まっているようで、手綱を握るエマは、迷うことなく馬車を走らせる。
人が行き交い、賑やかだった通りは一変し、高そうなお屋敷が建ち並ぶ。
王都の北側にある貴族街である。
トルクエンでもそうだったが、貴族の住まう場所は、平民たちとは別にされている。
無用な諍いや事件を避けるための措置だ。
許可なく立ち入れないよう、関所のような区画の入口には門番も配置され、騎兵なども巡回していることから、厳重な警戒態勢が敷かれていることが窺えた。
(まぁ、王都だしなあ)
王国の中心地、その中でもやんごとなき人々が住むところなのだ。やりすぎることはない。そうシロンは得心するも、あることに気づいた。
王都までの道中と同じく、向かいに座るレイラが静かなのだ。
トルクエンでの夜以降、彼女とはそれなりに打ち解けた。車中ではたわいのない話や試験や学院に関する話をしてきた。
そんな彼女が、試験の結果も訊かず、だんまりと窓の外を見ている。
何かあったのだろうか。
「ねぇ」
「なに?」
「い、いや、なんでもない……」
「そ」
どうやら機嫌が悪いらしい。声を掛けても窓から視線を離さない。いつもなら「なによ、気になるじゃない」と食いついてくるはずだ。
なんとなく車内の空気が重く感じられたシロンは、何か話を振るのを躊躇った。
そうして無言のまま十五分ほど経過すると、馬車は目的地へと到着した。
地味な外壁に囲まれた、飾り気のない屋敷である。
庭には手入れの行き届いた草木がさりげなく生え、どこか隠れ家的な雰囲気もある。
「っ!?」
門の外で馬車を降りたシロンは、ビクッとなる。
門から玄関まで続く小道の両サイドに、メイドや執事たちが直立不動で並んでいた。
「なにボサッとしてんのよ。さっさと行くわよ」
後から降りてきたレイラがシロンを追い抜いて先を行くと、
「「「「「「「「「「「「「「お帰りなさいませ、お嬢様」」」」」」」」」」」」」」
メイドと執事たちが声を揃えてお辞儀する。
「ふん、別に来たくて来たんじゃないわ」
レイラはツンと明後日の方向を向きながら、歩を進める。
シロンは「ささ、お入りください」と馬車を別のメイドに任せたエマに促され、後に続く。
「あら、相変わらずなのね」
シロンがレイラに追いつくと、玄関の扉が開かれた。
現われたのは、美女である。
長い金髪を流し、右手には柔らかそうな羽でできた扇を持ち、真っ赤なドレスを身につけ、やや尊大な態度で見下ろしてくる。
レイラの姉であろうか。シロンには、彼女がレイラの数年後の姿を体現しているように思えた。
「誰の所為よ! 誰のっ!!」
「実の母親に対して、その言い方はないんじゃなくて?」
「ええ~っ!?」
思わず声を上げるシロンへ、二人の視線が向く。
「いきなり大声出さないでよっ! びっくりするじゃないのっ!!」
「だって、お姉さんじゃなくて、お母さんってっ! 若すぎるっ!?」
レイラに反論するシロン。
レイラの母はみるみる上機嫌になる。
「あらあら、そんな、気を遣ってもらわなくてもいいのよ?」
「い、いえ、本当にすごく……お若くて、お綺麗です……」
「まぁ!」
満面の笑みを浮かべたレイラの母は、扇をパチンと閉じ、シロンを抱きしめてしまう。
「っ!?」
「ちょっと、なにやってるのよっ!?」
硬直するシロンから、レイラは母を引きはがそうとするが、意外と力があるのか、なかなか離れない。
「あなたもとても素敵よ、シロンさん」
「あ、ありがとうございます……というか、どうして僕の名前をっ?」
シロンからは離れたレイラの母は、にっこりと微笑む。
「ご挨拶が遅れましたね。レイラの母、クローディア・フレイ・カークランドでございます。この度は、娘を助けていただきありがとう。シロンさん、あなたのことは、エマからよく聞いておりますわ」
クローディアは扇を持つ手で胸元を押さえ、深々と頭を下げる。
シロンは振り返り、エマを見る。
「失礼かと思いましたが、伝書鳩にて奥様にご報告させていただきました。すべてはレイラお嬢様の身を案じてのことでございます。何卒、ご容赦を」
「謝らないでください。僕がエマさんの立場でも、きっと同じことをしたでしょうし」
大事な大事な侯爵令嬢に悪い虫が付いてはいけない。職務に忠実なるエマを責めることはできない。
「ありがとうございます」
エマも一礼する。
そこでクローディアがパンと両手を叩いた。
「さ、立ち話もなんですから、中へどうぞ。お腹も空いたでしょうから、夕食を摂りながら、色々とお話を聞かせてください」
「あ、でも、僕はこれから宿を探さないと……」
「あら、そうなんですの? だったら、ウチに泊まっていかれたらいいじゃない」
「いや、ご迷惑になるでしょうから……」
「そんなことないわよ。ねえ、レイラ?」
クローディアがこれまで黙っていたレイラに向き直る。
「わ、わたしも、べ、別に、か、構わないわっ!」
ぷいっと顔を背けるレイラであったが、その横顔は、どことなく嬉しそうであった。
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