試験
学院長のはからいで、入学試験を受けることになったシロンは、一人、空き教室へと案内された。
やや湾曲気味の大きな黒板を、階段状になった座席が見下ろす。
その一番前に座り、一人の人物から試験についての説明を受けていた。
「ただいまより筆記試験を始めます。制限時間は六十分です。気分が悪くなったり、お手洗いに行きたい場合、または何か問題が発生した場合は挙手を。質問はありませんか?」
先ほどシロンを門前払いにしようとした女性教師――グレース・ギビンズが試験官である。
彼女は規則や秩序を重んじるタイプなのだろう。今回の試験は大変不本意だ、と表情に滲み出ている。
「ありません」
「では答案用紙と問題用紙を配ります。私が『始め』と言うまで触れないでください」
シロンは膝の上に両手を置き、触らないと意思表示をしながら頷く。
グレースは手際よく用紙を裏面に向けたまま配った。
「では……始め」
グーレスの合図と同時にシロンが用紙をめくる音が響いた。
(えっと、属性の
魔法学院は完全実力主義で知られている。
互いの身分に囚われずに学院内では接するよう、生徒たちは指導されており、学年内の序列も貴族の子女などへの忖度は一切なく、百パーセント成績で決定される。
その徹底ぶりは入学試験にも反映されており、先に行われる筆記試験の結果次第では、後の実技試験を受けられず、不合格となってしまうのだ。
受験者の半数が落ちるとされる筆記試験が、こんなにも簡単であったとは。
確かに、エリルに王宮魔法士でも即採用レベルと言われたが、それは実技に関してだけだと思っていただけに、シロンはがっかりした。
王立魔導図書館に立ち入ることが目的であるが、外の世界の魔法から何か得るモノがあればと期待していた。
しかし、それは無理そうだ。男女のそれではなく、交友関係でいい出会いがあることに賭けるしかない。そんな雑念混じりのシロンであったが、淀みなく回答欄を埋めていく。
そして十分後。
「あの」
「どうしました?」
挙手するシロンにグレースが怪訝そうな目を向ける。
「終わったので、退室してもいいですか?」
「は? もうですか? まだ十分しか経っていませんよ?」
何をふざけたことを言っているんだ、とグレースがシロンの答案用紙を手に取る。
「……嘘っ!?」
グレースの眼鏡がズレ落ちそうになる。
答案用紙を握りしめたまま、小刻みに震えだした。
「あ、あの……?」
「……すぐに戻ってきますので、あなたはここで待っていてください。一歩も動いてはいけませんよ? いいですね?」
「は、はい」
厳重に念を押したグレースは、シロンが頷くと、すぐに教室を出た。
そして五分くらいして戻ってくる。
肩で息をするグレースは、シロンの机にダンと用紙を置いた。
「はぁはぁ、も、もう一度、筆記試験を実施します」
「え? でも――」
「実施します!」
「……わかりました」
「では、始め!」
まさかの再試験にシロンは不服であったが、聞き入れてもらえる雰囲気ではなかったので、渋々、従う。
(お? 今度は少し難易度が上がったみたいだな)
問題用紙を眺めたシロンは、問題を解くことに集中する。
そして二十分後。
「できました」
「もうですかっ!?」
今度は眼鏡のレンズを突き破りそうなほど目を丸くするグレースが、恐る恐るシロンの答案用紙を手に取る。
「……っ!? す、すぐに採点を行います。それまでこの教室で待機するように。何かあれば係の者に言ってください」
再度、グレースは教室を出た。
入れ替わるように、係の者が入ってくる。
(なんで二回も筆記試験させられたんだろう?)
採点が終わるまで、シロンは悶々とした。
★★★
結果だけ言うと、シロンは筆記試験をパスした。
得点は公表されないため、どれぐらい出来たかはわからないが、自己採点では百点に近い出来だったはずである。
ともあれ、実技試験に駒を進めたシロンは、屋外の実技訓練場にやって来た。
通常であれば、学院側は多くの受験者の筆記試験の採点に追われるため、実技試験は翌日行われるが、今回はシロン一人であるため、その日の内に実施される。
縦長の敷地に、一辺の端に直径一メートル的がズラリと並ぶ、弓道場かアーチェリーの競技会場のような場所である。
「次は実技試験です」
引き続き、試験官はグレースが務める。
「あの的へ攻撃魔法を撃ってもらいます。的の中心に近ければ近いほど点数が高くなります。撃てる回数は三回で、その総得点で合否を判断します。属性は問いません。ただし、この線から体の一部が出てしまうと減点です。ここまでで質問は?」
「的の強度はどれくらいですか?」
「王宮魔法士の上級魔法にも耐えられる作りになっていますが、どうしてそのようなことを訊くのですか?」
「いや、その、加減しないと壊してしまいそうで……」
シロンが控えめに答えると、グレースは短く溜め息を吐く。
「現時点での実力を見せてもらわなければ、私たちも正しい採点ができません。全力でやってください」
「え? いいんですか? それだと的だけじゃなくて、この訓練場も――」
「つべこべ言わずにおやりなさいっ! 筆記試験が満点だからといって、調子に乗らないことですっ!!」
「は、はいっ!」
言ってはいけないはずの筆記試験の採点結果を口にしてしまう辺り、彼女は相当頭に来ているようだ。
正規の入学試験に間に合っていれば、ここまで彼女は怒ることもなかっただろう。
そもそもこの試験自体がイレギュラーなのだ。シロンはグレースに余計な仕事をさせてしまっている申し訳なさと、早く終わらせて楽にさせてあげようという気持ちで、的に向く。
そして、右手を突き出して、火属性の下級魔法『ファイヤーボール』を無詠唱で放つ。
グレースは全力でと言ったが、本気を出せば、実技訓練場を破壊しかねないので、のちのちの面倒さを考えて加減したのである。
それでも、ファイヤーボールという名に似つかわしくない、的の二倍はある巨大な火球が、正面の的を飲み込み、激しく燃え、両隣の的にも燃え移る。
燃えさかる炎の勢いは止まらない。このままでは火災に発展してしまう。
しかし、そうはならない。右手を突き出したままのシロンは、すぐに次の魔法を放つ。
水属性の下級魔法『ウォーターバレット』だ。
やはり弾というには大きすぎる水の塊が、赤々と燃えていた的を包み込み、押し流すように潰れて、他の的や地面を濡らした。
一瞬にして鎮火した的は、黒く炭化してしまい、今にも崩れ落ちそうになっている。
案の定、耐えられなかったか。シロンは小さく嘆息して、最後の魔法を放つ。
風属性の下級魔法『ウインドシュート』である。
球技漫画の必殺技のように聞こえるが、前の二つに比べて大人しい威力であった。
燃えた的は風圧で崩れてしまったが、周囲の濡れた部分は動じず、それどころか完全に乾いてしまった。
これは『ウィンドシュート』に火属性を少し混ぜたもので、髪を乾かすときに使うドライヤーを知る、シロンのオリジナル魔法である。
「すいません。やっぱり壊してしまいました」
三発撃ち終え、シロンはグレースに向き直り頭を下げた。
が、反応がないので上目遣いになる。
「…………な……なん、何なのですかっ!? あなたはっ!?」
ようやくそれだけ絞り出せたといった
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