第二章 魔法学院

王都

 翌日、トルクエンを発ったシロンたちは、旅路を急いだ。

 魔法学院の入学式が迫っており、シロンのを聞いてもらうための猶予がなかったからだ。


 道中、暗殺者に襲われることはなかったが、立ち寄る予定の村を襲撃していた盗賊団を退治し、村人たちから歓待を受け、大雨で川が氾濫し、落ちた橋を架け直しては、近隣住民の歓待を受け、逃げた家畜を偶然捕まえては、探しに来た牧場主に歓待され、とことあるごとに足止めを食らった。


 そうして、カークランドの名を高める手助けをし、またその従者であるという誤解を広めてしまったシロンは、家を旅立ってから十四日後、十二歳の誕生日を迎えた日に王都オルグリアへと辿り着いた。


 入口で衛兵の検分を済ませると、街の景観を楽しむことなく、魔法学院を目指した。


 全寮制で六年制、満十歳以上であれば誰でも受験することができる魔法学院は、王都の東部に位置し、広大な敷地を有する。

 外壁は、創立時の五百年前から現存し、歴史的価値があるため、観光名所として、国内外の旅行客が訪れて賑わっていた。

 その一角には、外壁に負けず劣らず立派な正門が構えており、見るからに屈強な衛兵が二人、警備に当たっている。


「残念だが、それはできん決まりだ。十三歳での入学は、まだ遅くはない。来年、頑張れ」


 低音のすごく良い声で、無情にも言い渡されたシロンは、膝を衝いた。


「そんな……」

「だから来年までウチで面倒みてやるわよ。ね、エマ」

「はい。立派な執事になれるよう、わたくし自ら手取り足取りご指導致します」


 シロンの肩をポンと叩くレイラに、エマが瞳を妖しく輝かせて頷く。


「……やっぱりエマには任せられないわ」

「ど、どうしてでございますかっ!? 王立メイドアカデミー首席卒業にして、S級メイドの資格を持つわたくしに、なにかご不満でもございますかっ!?」

「むしろ不満しかないわ! はっきり言ってあげるけど、あんたのシロンを見る目は、変態のそれよっ!」

「なっ!? お嬢様とはいえ、今の発言は聞き捨てなりませんっ! 撤回を要求いたしますっ!」

「事実でしょっ!? 昨日だって、シロンが脱いだ服を洗濯してあげるとか言って、部屋に持ち帰って、一人でこっそり匂いを嗅いでいたでしょっ!?」

「な、なぜそれを……っ!? いえ、そういうお嬢様こそ、シロン様のお可愛い寝顔を堪能しようと、部屋に忍び込もうとしたではありませんかっ!?  ああ、なんとはしたないっ⁉︎」

「こ、侯爵令嬢のわたしが、そ、そそ、そんなこと、す、するわけないじゃないっ!! い、言いがかりはよしてよねっ!!」

「えっと……」


 落ち込んでいたシロンは、二人の会話を聞き、人間不信になりそうになり、さらに気分が下がる。

 衛兵たちも流石に口には出さないが「付き合う人間は選んだ方がいい」と、ドン引きな顔が物語っている。


 と、そこへ、

 

「何を騒いでいるんです?」


 数人の集団が、学院のほうから現われる。

 年齢はバラバラで性別も男女半々であるも、黒いローブと黒いとんがり帽子という、お揃いの格好をしていた。


「これは先生方。実は――」


 衛兵が会釈し、事情を説明し始める。


「なるほど。事情は理解しました」


 一人の妙齢の女性教師が、掛けている眼鏡を人差し指で押し上げながら、シロンに向き直る。


「ですが、当学院ではいかなる事情があろうとも、追試験は行っておりません。お引き取りを」

「そこをなんとか!」


 シロンは自然と土下座する形で頭を下げる。

 が、女性教師は首を横に振る。


「なりません。ここで特例を出しては、示しがつきませんし、そもそも、時間も守れない方は、当学院の生徒に相応しくありません」

「お願いします! このままでは、送り出してくれた両親に合わせる顔がありません! ほら、ここに推薦状だってあります! せめて受験だけでもっ!」


 取り付く島もない女性教師に、必死に食い下がるシロンは、肩下げ鞄から推薦状を取り出し、掲げて見せた。


「残念ですが、もう入学者の席は埋まっています。来年の受験をお待ち――」

「待ちなされ」


 女性教師を遮る声が、教師陣の奥から聞こえた。

 すぐに教師たちは左右に分かれ、声の主である老婆が、自身の背よりも高い樫の木の杖をついて、シロンの目の前までやって来る。


「そなた、もしや……っ!?」

「?」


 驚く老婆は、困惑するシロンの手にある推薦状をマジマジと見つめ、引ったくるように奪い、中を読んだ。


「……やはり、そうじゃったかっ!」


 得心する老婆はシロンをもう一度見て、女性教師に告げる。


「この者に試験を」

「が、学院長っ!? 何をおっしゃっているんですかっ!?」


 女性教師が声を荒げると、他の教師たちも狼狽し始める。


「いいから試験を受けさせい。でないと大変なことになるぞえ?」


 学院長は、とんがり帽子のひさしを持ち上げながら、そのしわだらけの顔のしわをさらに深めた。

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