襲撃
シロンとレイラのモグモグタイムが終了すると、ほどなくして馬車は止まった。
平原のど真ん中。まだ町までは距離がある。
「エマ、どうかしたの?」
プライバシー保護のため、馬車内には防音魔法が施されており、たとえ御者台に乗っていたとしても、中の会話は聞こえない。
ゆえに、声をかけるためにレイラは扉を開ける必要があった。
「少々、問題が発生しました。少し離れますので、その間、シロン様をお願いします。それから、先ほどお召し上がりになったシロン様のご昼食について、ご釈明があれば、わたくしが戻ってきてから伺います」
ギロリと振り返るエマに、レイラが小さく悲鳴を上げる。
御者台からは中の様子が見えない作りになっている。
「すごい! どうしてわかったんだろう……?」
素直に驚嘆するシロンが顔を覗かせると、エマはにっこりと笑う。
「メイドの秘密にございます」
彼女の瞳の奥は笑ってはいなかった。
あまり深く突っ込んではいけない。シロンは直感する。
シロンが口をつぐむと、エマはレイラに視線を向ける。
「では、お嬢様」
「わかったわ。エマも気をつけなさいね」
「はい」
返事をしたエマが御者台から降りると、周囲を取り囲むようにして、怪しげな連中が姿を現す。
揃いの黒いローブに身を包み、フードですっぽり覆っているため顔は見えない。
手には武器を持っており、交戦の意志をありありと示している。
構えに隙はなく、手慣れている雰囲気から、プロの暗殺者と窺えた。
「よくいるのよ、この手の輩は。どうせどっかの三下貴族にでも雇われたんでしょ」
吐き捨てるレイラが、馬車の扉を閉め、ドッカと座った。
「この数は、エマさん一人じゃ無理だよ! 僕も――」
「大丈夫よ。エマならこの三倍の人数だって相手にできるわ」
「いや、それでも僕もいく」
女性一人に任せて、自分は馬車の中から傍観できるほど、シロンは臆病ではなかった。
「あ、ちょっとっ!?」
レイラの制止を振り切り、馬車から出ると、腰の短剣を引き抜く。
そして扉を閉め、馬車全体に防護障壁を張る。
物理と魔法の二重。それを詠唱もなしにやってのける。
エリルはきっと優秀な魔女なのだろう。教え子であるシロンにとっては、これぐらい普通のことであるが、レイラが馬車の窓にビタッと張り付いて驚愕していた。
「えっ!? シロン様っ!?」
どこに忍ばせてあったのか、両手にロングソードを構えるエマが二度見してくる。
「加勢に来ました」
「ですが――」
「僕は左、エマさんは右側をお願いします」
有無は言わさない。シロンはすぐに暗殺者たちに向かっていく。
一番近くにいた一人が攻撃の態勢に入るが、
「遅いっ!」
シロンの放つ一閃が直撃し、呻きながら倒れる。
地面に伏す暗殺者は、ビクンと身を震わせて動かなくなった。
殺しはしない。たとえ極悪人であっても命まで奪うことは、前世の記憶を持つシロンの倫理に反する。
ゆえに、短剣に雷の魔法を帯びさせ、スタンガンの要領で気絶させたのだ。
仲間が倒れても戦意を失わない暗殺者たちは、押し寄せる波のごとく、次々と襲いかかってくる。
しかし、シロンは一切触れさせない。攻撃を躱しては、帯電した短剣を叩き込む。
まるでワルツでも踊るかのように、無駄のない洗練された動きだ。
黒髪の少年は危険だ。アイコンタクトで意志疎通をさせた暗殺者たちは、狙いを侯爵令嬢に絞ろうと、馬車に向かうが、その攻撃は防護障壁に全て阻まれる。
べー、と窓から侯爵令嬢本人が舌を出すので、腹立たしいことこの上ない。
そして手をこまねいていると、
「背中がお留守でございますよ」
エマが両手のロングソードでバッサリである。
彼女もシロンと同じく殺してはいない。が、無事では済まされない傷を与えるところは、情け容赦がない。
エマは続けざまに七人を斬り伏せる。
その手際に暗殺者たちにも動揺が走った。
「やはり腐っても〝
「しかし、伝説の女傭兵が、なぜメイドなんかに……?」
「それよりも、あの黒髪のガキをなんとかしろ! あの歳で魔法剣の使い手とか、ふざけろよ!」
誰かが叫ぶと、バサバサバサと人が倒れる音が聞こえる。
エマ以上に倒しているシロン。
その姿に、とうとう暗殺者たちの心が折れた。
「撤退だ!」
「あ、待て! 先に逃げんなっ!」
「ひー! 殺されるーっ!」
倒れた仲間を見捨て、残りの暗殺者たちが駆け出した。
そして、あっという間に姿が見えなくなった。
「……この人たち、どうします?」
短剣を収めるシロンが、エマの隣に立つ。
「そうでございますねえ」
手品のようにロングソードを消し、顎に指を添えて思案するエマの後ろで、馬車の扉を開けるレイラ。
「とりあえず、逃げられないように縛っとけばいいんじゃない……そんなことよりも!」
階段を使わずに地面に跳び降り、ツカツカとシロンの前に立つ。
「あんた、誰に魔法習ったのっ?」
「母さんからだけど?」
「母親の名前はっ?」
「エリル」
「……どこかで聞いたことがあるような……ないような……」
「それはそうとお嬢様。シロン様からいただいた、ご昼食について、お話があるのですが」
「えっ!? あ、あれは、アレよ! そう、アレなのよっ!」
「そのアレとは、なんのことでございましょうか? 詳しくお聞かせくださいまし」
エマの圧の強さに、レイラはたじろいでしまうのであった。
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