異世界の車窓から

 エマの心配を一蹴したレイラによって、シロンは魔法学院まで同行することになった。


 馬車の中、まるでお見合いでもするかのように、シロンとレイラは向かい合って座っている。


 流石は侯爵令嬢の乗る馬車というべきか、内装は豪奢だ。

 木目が美しく、落ち着いた色合いの内壁は、さりげないアクセントとして、金の縁取りがあしらわれており、広さも申し分なく、息苦しさはない。

 座席は、少しでも揺れの影響を緩和させようと、フカフカのクッションが効いている。壁と一体化した肘掛けもちょうどいい塩梅である。

 窓には、外から見えないよう、レースのカーテンがかかっており、眩しい陽光を柔らかいものへと変えている。


 場違いという言葉が脳裏に浮かんで落ち着かないのだが、目の前にいるレイラのほうがそわそわしているのが窺えた。


 俯きがちに手をモジモジさせ、時折、こちらをチラチラ見てくる。そして何かを話そうと口を開きかけるが、声を発することなくつぐんでしまう。


 こちらまで緊張してくるので、シロンは話を振ってみる。


「あのさ――」

「なに?」


 若干、喰い気味で聞き返してきたレイラに、ちょっとだけビクッとなったが、シロンは続けた。


「他の従者の人はいないの?」


 侯爵令嬢ならば、お付きの人がもっといてもいいはずだ。

 最低でも、馬車を動かす御者は必要だろう。

 現在、御者を務めているメイドのエマのみしか連れていないのは、少々、不用心ではないだろうか。


「……カークランド家うちは、少数精鋭が信条なのよ。ゾロゾロ引き連れるのは美学に反するわ。仮に、不貞な輩に襲撃されたとしても、このわたしが返り討ちにしてやるんだから!」


 想定していた質問とは違ったようで、落胆したレイラであったが、きちんと答えてくれた。


 カークランド家のことはよく知らないが、目の前のレイラはとても勝ち気だ。

 貴族という立場が、プライドを高くさせているのか、貴族の令嬢は、みんなお転婆である傾向が強いのか、判断に迷うところではある。


 それにしたって、付き人が一人というのは、やはり少なすぎる気がする。

 仮にエマが優秀だとしても、彼女も見目麗しい女性であり、悪漢に狙われる可能性は非常に高い。

 女性の二人旅は危険に満ちている。よく家の者が許したものである。


 逆を言えば、それだけカークランド家がエマを信頼しているか、レイラ自身の能力が高いかであろう。


 武器を所持している風には見えないし、その細腕から腕っ節が強いとも思えない。

 となれば、やはり魔法に自信があるのだろう。


 魔法は潜在的に能力があっても、努力を怠ってしまえば身にならない。

 シロンも最初はまったくダメだった。

 根気よく教えてくれたエリルのおかげで、形にはなったと自分では思っている。


 レイラも血の滲むような努力を積み重ねたのだろうか。いや、彼女の家は侯爵だ。きっと優秀な魔法使いや魔女の教師を付けていたに違いない。


 あるいは、魔法学院に通ったおかげなのだろうか。

 気になったシロンは再び訊いてみる。


「魔法学院ってどんなところ?」

「え? あー、うん……退屈なところよ」

「退屈?」


 シロンが訊き返すと、レイラは溜め息を吐いた。


「魔法の勉強はそれなりに楽しいけど、教師はカークランド家の名前にビビっちゃって、わたしのことを腫れ物扱いするし、生徒はほとんど近寄って来ないし、来ても、こびへつらってくる連中とかばっかりでうんざりするわ……」


 上級貴族ゆえの悩みだろう。

 真に友人と呼べる存在がいないレイラに、シロンは同情を禁じ得ない。

 

「でも」


 レイラが再びそわそわし始める。

 

「あ、あんたが来るんなら、ちょ、ちょっとは楽しくなるかもねっ! あ、そうだわっ! な、何も知らないあんたのために、わたしが直々に学院を案内してやるわっ! こ、光栄に思いなさいよっ!」

「うん、そのときはよろしくね」

「ふ、ふん! 首を洗って待っているといいわっ!」


 物騒なことを口にしたレイラは、ぷいっと顔を逸らした。

 首を長くして待て、と言いたかったのは理解できたが、万が一でも討ち取られたくないシロンは、話を逸らすことにする。


「そろそろ、お昼だよね?」

「そういえば、そんな時間かしら? それがどうかしたの?」

「いや、お腹すいてないかなって」


 シロンは傍らにあった肩下げ鞄から、布にくるまれた弁当を取り出す。

 丁寧に布から取り出したそれは、ブルガドという食べ物であった。

 揚げたパンの中に様々な具材を入れるエリルの故郷の料理だ。


「なにそれっ!? 美味しそうっ!?」


 冷めても香ばしい匂いが漂い、レイラの顔も綻んでしまう。


「好きなのをどうぞ……あ、エマさんにもあげないと」

 

 シロンが振り返り、御者席に座るエマに声をかけようとすると、レイラが「ダメよっ!」と鋭く叫ぶ。


「え? でも、エマさんもお腹すいてるだろうし」

「エマに見つかったら、わたしが食べられないじゃないでしょっ!」

「そういうことか」


 侯爵令嬢の口には、下々が食べるモノを入れてはならないという決まりでもあるのだろう。シロンは勝手に納得した。


「あ、ちなみにこれは僕が作ったモノだから、できれば他のモノにって、あ!」


 前世の記憶を頼りに、なんちゃってカレーパンを作ってみたが、スパイスが足りず、味が今一つだったので遠慮してもらおうとしたら、レイラがひょいっと掴んで、そのまま頬張った。


 モグモグと咀嚼するレイラの目が見開かれる。


「なにこれっ!? 美味しいっ!?」

「お口に合ってよかったよ」


 シロンが胸をなで下ろすのも束の間、レイラはカレーパンもどきをペロリと平らげた。


「はぁ~! 美味しかったぁ……!」

「よかったらもう一つ、いる?」

「いいのっ!?」


 好きな食べ物の前ではツンデレもナリを潜めてしまうのか、レイラが素直に食いついてくる。


「どうぞ。僕はコレだけもらえればいいから」


 シロンは一つだけ取り、残りをレイラに差しだした。


「あとで返せって言っても、返さないんだからねっ!」 


 ブルガドを大事そうに抱えるレイラに、シロンは苦笑を禁じ得なかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る