旅は道連れ

 馬車を止めたところで事情を聞く前に、とりあえずお互いの自己紹介をすることになった。


「こちら、カークランド侯爵のご令嬢であらせられます、レイラ・フレイ・カークランド様にございます」


 エマの紹介を受け、お嬢様ことレイラは、何故かドヤ顔を決めて見下ろしてくる。


 改めて見ると、彼女はかなりの美少女である。

 後ろで結い上げられた艶やかな金髪。

 白い肌に大きな青い瞳が映える。

 手足はスラリと伸び、成長の途上にあるものの、女性らしいラインが、ブレザーの制服越しに窺える。


「……なによ。なにか文句あんの?」


 レイラが訝しんでくるので、シロンは慌てた。


「い、いや、その……ごめんなさい。思わず見とれてしまいました……」

「ふぁっ!?」


 思ってることを素直に口にしてしまったシロンを前に、今度はレイラが挙動不審になる。


「だ、誰に断って、み、みみ、見とれてしまったりしちゃったのかしらっ!? ほ、ほんと、失礼な奴ねっ! で、でも、あ、あああ、あんたも、それなりに、か、可愛いと思うわよっ!」


 可愛いと言われてシロンは落ち込む。

 男子に可愛いは禁句だろう。確かに、彼女のほうが年上であるようだが、社交辞令でも、もっと言い方があるのではなかろうか。


「な、なんでションボリしてんのよっ! このわたしが褒めてあげてんのにっ!」

「まぁまぁ、お嬢様。そのようにムキになってしまわれると、照れ隠しだということが気づかれてしまいますよ?」

「んなっ!? なな、なに言ってんのかしらっ!? あ、あんたも真に受けちゃだめよっ!? そ、そんなわけ、ないんだからねっ!?」


 明らかに動揺しているレイラのツンデレっぷりに、シロンはびっくりした。

 前世も含め、初めて見る生ツンデレである。ある種の感動を覚え、可愛いと言われたショックをかき消してしまう。


「はいはい、お嬢様は可愛い可愛い」

「か、可愛くないもんっ!!」


 いじける幼児のごとく、ぷいっと顔を背けてしまうレイラを、生暖かい目で見ていたエマがシロンに向き直る。


「おっほん、そしてわたくしは、この可愛いレイラお嬢様付きのメイド、エマ・スーザンと申します。以後、お見知りおきを」

「は、はい、よ、よろしくおねがいします……」


 メイド服である黒いワンピースのスカートの端をつまみ上げ、優雅にお辞儀をする栗色の髪のエマの圧が何故か強い。

 具体的に言うと、シロンの目線に合わせるように、その開いた胸元をちらつかせる辺りである。

 十一歳の少年に対し、大人の色香を前面に出してくるエマは、その手ショタの趣味があると思われても仕方がない。


 しかし、シロンの精神年齢は、前世の記憶を取り戻した影響で高くなってしまっている。

 なので、婚活パーティーや合コンに勤しむも成果はあげられず、ついには取引先のイケメンに対しても必死にアピールしていた先輩女子社員を彷彿とさせるエマに、割と引いてしまっている。


「で? あんた何者よっ?」


 エマの思惑を察知したわけではないだろうが、結果的にレイラの質問が、シロンの気を取り直させた。


「あ、僕はシロンといいます」

「ふ、ふーん、シロンって言うのね……それで、こんな辺鄙なところでなにをしていたのかしら?」

「えっと、今度、魔法学院に通うことになったので、王都を向かっているところでした」

「えっ!? あんた、今年の新入生なのっ!?」

「たぶん、そうなるかと思いますけど……?」


 レイラが何故驚いているのかわからず、シロンは首を傾げた。


「そ、そうなんだっ! だったらわたしの後輩になるわけねっ!」

「え? じゃあ、レイラさん……じゃなかった、レイラ様は魔法学院の生徒さんなんですかっ?」

「今度、五年生になるわ。っていうか、様付けはやめてよね! あと口調も敬語じゃなくて普通に話しなさいよっ!」

「でも、僕は平民なので……」

「こ、これから先輩と後輩になるんだから、こ、細かいことは気にしてはいけないわっ!」


 むしろ気にすべきところではないだろうか。シロンはレイラの意味不明な理由に、再び首を傾げた。


「と、とにかく、わたしがいいって言ってるんだから、いいのっ! わかったっ!?」

「は、はい……」

「じゃ、行くわよ! 早く乗りなさい!」

「へ?」

「どうせ目的地は同じなんだから、連れて行ってあげるって言ってんの!」

「え? いいんですか?」

「お嬢様、流石にそれは……」


 自己紹介が終わってから静かだったエマが、すかさず割って入る。

 どこの世界に初対面の平民を自分の馬車に乗せる侯爵令嬢がいるのか。

 もっと言えば、年端もいかないとはいえ、シロンは男だ。

 あらぬ噂が立たないよう、特に注意を払わなければならない立場にあるレイラにとって、一番相応しくない相手と言えよう。


「か、勘違いしないでよねっ! これはただの善意なんだからっ! 変な気とか、起こすんじゃないわよっ!!」


 顔を真っ赤にして人差し指を突きつけるレイラの声は上擦っていた。

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