出会い

 ビリーの背に乗って小一時間ほどすると、森の出口が見えてくる。

 

 速度を落とさずに、木々の間をすり抜け、岩を飛び越えてきたビリーたちの足が、ようやく止まった。


「ありがとう」


 シロンはビリーから降り、抱きつくようにして、その首筋を優しく撫でた。


 ビリーは振り返り、撫でるシロンの手を舐める。

 自分たちはこの先へは行けない。だからとても悲しい、とでも言うように。


「うん、僕も一緒に行けないのは、さみしいよ。でも」


 シロンは最後にビリーの頭を撫で、立ち上がる。


「諦めたくない夢があるんだ。だから行かなきゃ。それに、またすぐに帰って来られると思うよ」


 全寮制とはいえ、魔法学院も年中無休ではないはずだ。

 学期が終われば長期休暇もあるだろう。そのときに帰って来るつもりである。


「じゃ、またね」


 シロンが手を振り、森の出口へと歩き出すと、ビリーたちはきちんとして、遠吠えで別れを告げてくる。

 いってらっしゃい。すぐ帰って来てね。お土産よろしく。

 そんな風に聞こえてくるビリーたちの遠吠えにクスリと笑い、シロンは生まれて初めて森の外に出た。


「わぁっ!!」


 そこに広がっていたのは、なだらかな丘が幾つも連なる大平原であった。

 空は青く澄み渡っており、香り漂う新緑とのコントラストが絶妙である。


「……って、見とれてる場合じゃなかった」


 今日中に最寄りの町に辿り着けなければ、野宿である。

 経験もあり、一応、道具を持ってきているが、盗賊などに襲われる危険性を考えると、野宿は避けるべきであろう。


「確か、森を出てまっすぐ歩けば、街道に出るんだったよな」


 エリルに教えられた道順を思い出しながら、シロンは歩きだした。

 膝下まで伸びる草が絡みつき、地面はぬかるんでいて歩きづらいが、シロンは無意識に頬を緩ませてしまう。


 初めての外の世界ということもあるが、これから目にするであろうファンタジーな世界に心が躍る。

 前世の趣味はオートバイであったが、漫画やアニメ、ラノベなどのサブカルチャーもそれなりに嗜んでいた。


 森の中には魔物はいなかったし、エルフや獣人といった亜人もいなかった。

 前者はともかく、後者には是非お目にかかってみたいものだ。

 これから赴く王都――いや、王国を含めた三大国は、人族の国家であり、亜人の存在は確認されていない。

 

 ただ、伝承やおとぎ話には、それらの存在が必ずと言っていいほど出てくる。

 その舞台は、シロンが住んでいた森の西側――未開拓地域である。


 王国も七度ほど調査団を派遣したことがあるが、発見には至らなかった。

 調査団は、存在の可能性はあると主張し、調査団派遣の続行を訴えたが、成果のまったく上がらないものに王国民の血税を費やすわけにはいかないと、国王が打ち切りを公表したのである。


 もし、シロンが夢を叶えることができたなら、再度、調査団を派遣するかもしれない。そうなれば、調査団の一員として未開拓地域に行けるかもしれない。

 大航海時代、新大陸発見に思いを馳せていた探検家のように、シロンの夢は広がっていく。


 そんなことを考えていると、いつの間にか街道が見えてきた。

 緑一色の中に砂色のラインが一本横切っている。

 大型の馬車がすれ違うことができるくらいの幅はありそうだ。


 しかし、人っ子一人歩いていない。

 この時期、あまり人の動きがないのだろうか。シロンはがっかりした。

 第一村人ならぬ第一通行人に話しかけてみたかった。

 両親以外の人との交流という淡い願いはお預けとなってしまう。


「ま、そのうち会えるよね」


 シロンは気を取り直し、王都を目指すことにする。

 街道に入り、左へ。せっかく人や馬車がいないので、ど真ん中を歩く。


「このまま歩いて行けば、日暮れには最初の町に辿り着けそうだな」


 旅の行程はおおむね順調。

 

 ……かと思いきや、後方が何やら騒がしい。

 馬の蹄とガタガタと荒々しい音が近づいて来る。

 急いでいるのか、蹄のリズムは早い。シロンが振り返ってみると、一台の馬車が猛スピードでこちらに向かってくる。


「あれって、馬が暴走してるっ!?」


 二頭立ての馬車の御者台には、それらしき人はおらず、代わりにメイド服を着た女性と、制服姿の少女が、何やら言い合いながら、手綱を引っ張っている。

 そしてこちらに気づき、声を揃える。


「「そこの人(方)、どいて(くださいまし)っ!!」」


 馬が止まる気配はない。

 二人も馬を御すことはできないだろう。

 このままでは危ない。シロンは自らに迫る危険など、微塵も恐れず跳んだ。


「「えっ!?」」


 二人は呆気にとられた。

 ぶつかると思われたシロンが馬の頭を越え、さらに跳ぶ姿をあんぐり口を開けて、見上げるようにして追う。


「手綱を!」


 馬車の屋根に降りたシロンは、すぐに手を伸ばす。


「ちょっと、あんた! わたしが誰だか知って――」

「お嬢様、そんなことを言っている場合ではありませんっ!」


 キュッと眉根を寄せる、お嬢様と呼ばれた少女に構わず、メイドの女性がシロンに手綱を渡す。


「ちょ、エマ! なんで渡しちゃうのよっ!?」

「この状況を打破するために最善のことをしたまででございます」

「わたしに止められないとでも言うのっ!?」

「ええ、その通りでございます」

「わたしはまだ本気出してないだけよ! これからこのじゃじゃ馬を華麗に御してやる予定だったんだからっ!」

「ごめん! ちょっと静かにしてっ!」


 シロンは集中するため、一喝する。

 正直なことを言えば、シロンは馬に乗ったこともなければ、馬車を走らせたこともない。


 しかし、ビリーたちと心を通わせることはできた。

 知能の高いビリーたちと比較するのは間違っているかもしれないが、同じ生き物なら通じ合えるはずだ。


 お願いだ。止まってくれ。

 シロンは思いを託すように、手綱に力を込める。


 その思いに応えるように、手綱がシロンの持つ部分から薄く光り出す。

 光は徐々に馬側へと伝い、ハミに届く。

 すると、血走った目をし、興奮状態だった馬たちが、次第に落ち着いた表情になっていく。

 大きなストライドを描いていた馬の脚は、その歩幅を小さくし、ついには止まった。


「ありがとう」


 シロンは応えてくれた馬たちに礼を言い、小さく笑った。


 陽の光を背にしたその姿は、まるで一枚の絵画のようであった。

 エマとお嬢様の頬は、本人たちも自覚しないうちに、うっすらと赤く染まっていた。    

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