進路
「こりゃ、ちょっと時間がかかりそうだな」
朝食を食べ終え、手作りのロッキングチェアでだらしなくくつろぐランドルフが、投げるように手にしていた羊皮紙を膝の上に置いた。
「どれぐらい?」
「行ってみないことにはわからないが……最低でも五年は……」
「五年っ!?」
シロンは目の前のテーブルに両手をついて、身を乗り出すようにして座っていたソファから尻を上げる。
人里離れた森の中。
自給自足で事足りる生活を送っているが、世捨て人というわけではない。
ランドルフとエリルは同じ仕事をしている。
その内容をシロンは知らない。聞いても絶対に教えてくれなかった。
二人が仕事に行く間、シロンは一人、この家に残される。
これまで長くても数ヶ月であったが、五年というのは初めてであった。
「流石にそれは僕も……」
待てない。独りぼっちは寂しい。
「だめだ。絶対にお前は連れていかない」
「でも――」
それ以上の反論は許さないとばかりにランドルフが首を横に振る。
シロンはソファに座り直し、俯いてしまう。
「それ、いつからなの?」
洗い物を終えたエリルがテーブルに三人分のお茶を置き、シロンの隣に腰掛けた。
ランドルフは今一度、羊皮紙を手に取った。
「至急、としか書かれてないな」
「そ。じゃ、明後日に出発ね」
素っ気なくエリルが決断するのがとても無慈悲に思えて、シロンは思わず振り向く。
五年も会えなくなるのに、せめて七日くらいは別れを惜しんでもバチは当たらないのではないか。
「そんな顔しないの。今生の別れって話じゃないんだから……それに」
エリルが慈しむようにシロンの頭を撫でながら続ける。
「ちゃんと考えてあるわよ」
「何を?」
シロンが聞き返すと、撫でる手を止めたエリルが居住まいを正す。
「シロン、学校へ行きなさい」
「へ?」
「あなたももうすぐ十二。そろそろ外の世界を見てもいいんじゃないかと思ってたのよね~。ほら、今の時期って進級や進学の季節でしょ? ちょうどよかったわ~」
エリルはどこからともなく取り出した羊皮紙に、これまたどこからともなく取り出した羽ペンで、何やらしたためはじめる。
確かに、常々、森の外へ行ってみたいという願望は抱いていたが、いくらなんでも急すぎる。まだなんの心の準備もできていない。
シロンはやんわりと断るために、少し遠回しに訊いてみる。
「ちなみに、どこの学校?」
「それはもちろん王都の魔法学院よ!」
推薦状を書き終わるからちょっと待ってね、とエリルは嬉しそうに羽ペンを走らせる。
彼女の言う「王都」とは、オルグラント王国の首都であり、シロンたちが住む森から東へずっと行った場所にある。
通称、「王国」と呼ばれ、ルカール帝国とウディンガム連邦と並ぶ、三大国の一つである。
エリルとの授業でそんなことを習ったな、と思い出していたシロンであるが、彼女の嬉々とした姿に諦観する。
これはどうあっても行かせる気だ。
しかし、それに待ったをかけたのがランドルフである。
「いやいや、シロンが行くべき学校は武芸学校だろう?」
武芸学校とは、文字通り、戦闘技能を教える学校である。
ありとあらゆる武器のエキスパートが教官として在籍し、基礎から徹底的に鍛えてくれるのである。
また、戦い方だけでなく、大規模戦闘における作戦立案の組み立て方といった、軍師になるには必要不可欠な座学もある。
成績優秀者は、平民であったとしても騎士の称号を得て、王立騎士団を除く、王国内の騎士団への入団が確約されるのである。
「なに言ってんのっ! 私の子であるシロンなら、魔法学院一択でしょっ!?」
「シロンは俺の子でもあるんだ! ここは武芸学校以外考えられんっ!」
「ちょっと、二人とも落ち着いて!」
テーブルを挟み、キスでもするくらいに顔を近づけて睨み合う両親を前に、シロンはオロオロしてしまう。
すると、二人同時にくわっと振り返ってくる。
「シロンは魔法学院のほうがいいわよね? 最近、魔法の練習が面白くなってきたって言ってたものね?」
「そんなことないだろう? 武芸のほうが楽しいよな? シロンは良い子だから、父さんの言うことを聞いてくれるよな?」
「え、えーっと……」
シロンが返答に窮していると、エリルが鼻を鳴らす。
「あら、そんな野蛮なものよりも知的な魔法のほうがいいに決まってるじゃない」
「野蛮とはなんだっ! 魔法なんて、魔力が切れたら終わりじゃないかっ!」
「そっちこそ、体力がなくなれば、おしまいでしょうにっ! その点、魔力はエーテルで補充できます~この脳筋」
「うるさい! とにかく大魔法をぶっ放すことしかできないくせに!」
「それのどこが悪いのよ! 楽でいいじゃないの!」
「巻き込まれるこっちの身を考えろって言ってるんだ!」
「躱せないあなたの実力不足ってことでしょっ! 悔しかったら鍛えて躱せるようになるか、魔法の一つでも覚えなさいよね」
「ぐっ、いいかシロン。魔法学院に行けば、こんないけ好かない女がゴロゴロいるんだ。悪いことは言わん、武芸学校で清々しい汗をかいてこい」
「だめよ、シロン。武芸学校に行ったら、あんな筋肉だけの生き物になってしまうのよ? ここは母さんの言うとおり、魔法学院にしておきなさい」
互いが互いをけなしあっていたかと思いきや、再びこちらに選択を迫ってくる。
「あー、あの、この場合、行かないという選択肢は――」
「「ないっ!」」
両親の息の合った返事に、シロンは顔を引きつらせた。
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