夏の終わりの蝉のように

UMI(うみ)

夏の終わりの蝉のように

「それでは事故等に気を付けて、良い夏休みを。一回りも二回りも成長した皆さんにお会いできるのを楽しみにしています」

 先生がそう言い終わると、キンコンカンと鐘が鳴った。その途端に教室中にわっと歓声が沸き起こる。両手を上げてガッツポーズを取る奴、鞄を放り投げる奴。そう明日からは皆が待ちに待った夏休みなのだ。ただし私は除く。どうしてかっていうと……

「夏樹、帰ろう」

 親友の瞳が私に声をかけた。

「うん、帰ろう」

 私は鞄を手にして立ち上がった。私が夏休みを嬉しく思わない理由はこの瞳が原因だった。夏休みに入ったら瞳に会えなくなるのだ。私の家では夏休み中は祖母の家に行くのが習わしだった。楽しみにしてくれている祖母には悪いけど、行きたくないと思ってしまう。毎日のように話をして遊んでいる瞳と会えないのはこの上なくつまらない。そして寂しい。私が瞳に気付かれないように小さくため息をつくと、誰かが私たちをはやし立てた。

「仲いいなあ、お前ら」

「また二人で帰るのかよ」

「デキてんだろ、やっぱり」

「レズかよ」

 その言葉に思わずカッとなった。いつもならスルーするけど、明日から夏休みという最悪に憂鬱だったこともあって思わず怒鳴りつけようとした時だった。瞳がくいっと私の袖を引いた。

「かえろ」

 瞳だって聞いていたはずなのに、柔らかく微笑む彼女を見ると喉元まで出かかっていた言葉がすとんと胃に落ちてしまった。

「う、うん」

 私は頷くと瞳に引かれるままに教室を出たのだった。


「言いたい奴には言わせておけばいいんだよ」

 瞳は涼し気な顔でそう言う。空からはギラギラの太陽の日差しが槍のように降り注いでいるけど、なんのそのだ。

「でも腹立たない?」

「全然」

 瞳はいっそ晴れ晴れとした顔で言った。

「だって、ただのやっかみだよ。私たちが本当に仲がいいから羨ましいのよ」

 そんなことよりも、と瞳は話を終わらせてしまった。

「どこ行こうか?久々にタピオカでも飲もうか」

「あ、そうだね」

 なにか喉元に引っかかるモノがあったけど、私は瞳の提案に頷いた。


 商店街のタピオカ屋には並ばずに済んだ。

「ちょっと前は凄く並んだのにね」

「そうだね。さすがにブームも終わりなんじゃない?」

「だよね」

 私はちゅうちゅうとミルクティーを啜り、もちもちとタピオカを食んだ。冷たいミルクティーが火照った体に心地よく染み渡る。暑いのは変わらないけどほっと一息付けた気分だった。

 私は後ろ目にタピオカ屋を見ながらふと思った。他のブームに乗っては消え去ったお店と同じように、このタピオカ屋も近いうちに消えるんだろうなあと思いながら。

「このタピオカ屋、夏休みが終わってもあるかなあ」

 瞳がぽつりと呟いた。どうやら考えていることは一緒だったらしい。

「うん、私も似たようなこと考えていた」

「あ、夏樹も!?私たちやっぱり気が合うね」

「そだねー」

 私たちは顔を見合わせてくすくすと笑い合った。ひとしきり笑うと、瞳はふと思い出したように言った。

「あ、そうだ。私夏樹に言わなくちゃならないことがあったの」

「ん?なに」

 私は残ったタピオカを吸い上げながら訊いた。

「私、好きな人がいるんだ」

 瞳は学食メニューを読み上げるような口調でそう言った。しばらく私は瞳の言葉を脳内で反芻した。好きな人、好きな人。だけどどんなに反芻してもその意味するところは一つしかない。

「あー、そうなんだ」

 私は内心の動揺を隠してストローから口を離してようやくそれだけ言った。

「えーと、私の知っている人?」

「うん」

 にこっと瞳は笑って頷いた。

「……誰?」

「秘密。でもこの夏休みに告白しようと思っているんだ」

 瞳は口元に指を当ててウインクした。それは初めての瞳の隠し事だった。蝉の鳴き声がどこか遠くから聞こえたような気がした。



 笹原瞳と私、山瀬夏樹が出会ったのは小学校の頃だ。大人しくてクラスの子と馴染めなかった瞳はいじめの標的にされた。それが出会うきっかけだった。私は子供の頃から感情的に行動する人間だった。瞳をいじめている奴らが不愉快だった。体格の良かった私はそいつらをぼこぼこにしてやった。先生が止めても止めなかった。親が学校に呼ばれ程だった。

 それから瞳は私に懐くようになった。一緒に行動するようになるのに時間はかからなかった。徐々に内気だった瞳は明るく社交的になっていった。瞳は贔屓目に見ても可愛くてほっそりしているから妖精みたいだ。そんな瞳だから性格が明るくなった途端、クラスの人気者になった。ファッション雑誌のモデルまでするようになった。

 それでも瞳は私から離れることはなかった。私はそんな瞳が好きになっていった。私にとってそれはとても自然なことのように思えた。瞳を好きになることに嫌悪感はなかった。


 でも、やっぱり私たちは女同士だ。


 私に嫌悪感はない。けれど翻って瞳はどうだろう。彼女はきっと私に対して親友以上の感情は抱いていないに違いない。だから告白することは最初から考えたこともなかった。告白したところで結果は目に見えている。百合漫画のようなファンタジーが現実に起きることなどないことぐらい私にもわかっていた。それなら親友でいる方がずっといいに決まっている。

 そしてこの答えは正解だった。瞳に好きな人ができた。本当に告白なんて馬鹿なことをしなくて良かったと心底そう思った。

 あの可愛い瞳の告白を断る男がいるとは思えない。もう一緒に商店街をぶらぶらして買い食いしたり、クラスメイトから揶揄われたりすることもなくなるのだろうか。それは、寂しいなと私は思った。

 でもゼロになるわけじゃない。私はそう自分に言い聞かせた。親友の地位さえ守ることさえできれば瞳と過ごす時間がなくなるわけじゃない。瞳にとって自分は二番目の存在になるかもしれないけれど、それは少しばかり辛いけど。

 そうやってぐるぐる考えているうちに夏休みも終わりに差し掛かっていた。瞳はもう自分の恋心を告げているのだろうか。


 「あー、暑い」

 私は額の汗を滲んできた涙と共にタオルで拭った。タオルは泥と私の汗でぐちゃぐちゃだった。祖母の家に来て夏休みにやることは畑の手伝いだった。子供の頃は楽しかった農作業もこの歳になると苦行でしかない。祖母は家庭菜園とか言っているけど、都会育ちの私にはどう考えてもそうとは思えないレベルだった。

 私の格好はとてもじゃないがクラスメイトには見せられないものだ。ほっかむりの上に麦わら帽子。着古したブラウスに軍手を嵌めてモンペに長靴だ。どんなに日焼け止めを塗りたくっても日に焼けるのも辛いことだった。

 夏の畑は戦争だ。とにかく雑草の伸びが凄い。むしってもむしっても伸びてくる。でもこれを引っこ抜いてやらなければ野菜は育たない。雑草が土の栄養を奪ってしまうからだ。

「クソ、全部残らず駆除してやるからな!」

 私はこの夏、やけくそのように雑草を抜きまくっていた。出来るだけ瞳のことは考えたくなかったからだ。それでもさっきのようにふと考えて涙が滲んできてしまう時がある。そんな時は汗だと自分に言って誤魔化す。夏で良かったのかもしれない。

「あー、蝉もうるさい!」

 ミーンミーン、ジワジワと蝉の大合唱が耳をつんざく。

「うるせえよ!てめえら!」

 どこにいるかもわからない蝉どもに私は怒鳴りつけた。勿論私の怒声など蝉に届くわけもなく、相変わらずミーンミーン、ジワジワだ。

「もう、夏も終わりなのに。馬鹿じゃないの」

 私は悪態をついた。蝉にもうっかり馬鹿な奴らがいて、今頃になってノコノコ地上に出てくる。こんな時期外れに雌を捕まえられるものなのだろうか。

「ほんとに馬鹿」

 必死になって片割れを求める蝉が私には酷く滑稽に思えた。私は一度草むしりを止めてよろよろと納屋の方に向かった。

「はあ、暑い」

 クーラーボックスにある冷えたペットボトルを手に取り、一気に半分くらいまでごくごくと胃に送り込む。ペットボトルを手にしたまま納屋の横にどっかりと座り込んだ。おばさんみたいだなあと自分でも思うけど、見る人もいない。暑いことに変わりはないけど、日陰になっているだけマシだった。

 ミーンミーン、ジワジワ。ミーンミーン、ジワジワ。哀れな蝉の鳴き声を聞きながら夏を噛み締めた。夏が終わらなければいいのになあと思う。夏が終われば瞳との関係も変わってしまう。目尻にまた滲んできた涙を私は拭った。これは汗だと言い聞かせながら。

 鼻を啜って少し顔を上げれば山の向こうからもくもくと入道雲が盛り上がって来るのが見える。一雨来るなと私は思いペットボトルに残ったお茶を全部飲み干した。


「ただいまー」

 私はクーラーボックス片手に祖母の家に帰って来た。古めかしい昔ながらの平屋だ。祖母はここで祖父が死んでから一人暮らしをしている。

「お帰り」

 祖母がゆっくりと和室の襖から顔を出した。

「お疲れ様、ありがとうね」

「ん」

 私は玄関で裸になると風呂場に向かった。玄関で脱ぐのは服が泥だらけだからだ。因みに両親は仕事なのでお盆しか来られなかった。昔は従妹たちも来ていたけど、いつの間にか祖母の家に来るのはうちくらいになっていた。

 自分も後どれくらい祖母の家に来られるのだろうか。祖母だっていつまで元気でいられるのかもわからない。時折両親が祖母を施設に入れようと話をしているのを思い出した。

嫁いでからずっと暮らしてきたこの家から祖母が離れたくないと思っているのを私は知っている。かといって祖母を引き取って介護を申し出る親戚がいないこともまた事実だ。祖母が一人暮らしをできているうちはいいが、できなくなったらどうなるのだろうか。

 私はそんなことをどこか他人事もように考えながら、冷たいシャワーを浴びた。熱を帯びた体が急速に冷えていくのが心地いい。瞳への想いもこんな風に簡単に冷やしてしまうことができたらいいのに。


 私がシャワーを浴び終わると、空は雨雲で真っ暗だった。祖母が用意してくれた麦茶と羊羹を縁側で食べていると、ぽつぽつと雨が降ってきた。それはあっという間にバケツをひっくり返したような豪雨となった。

 夕立っていうレベルじゃないなあと思いながら、私は最後の羊羹を口に放り込む。雨の音でなにも聞こえない。雨のカーテンのせいで外の風景も煙ってなにも見えない。まるで世界にたった一人になった気分だった。ふとあの蝉たちはどうしているのだろうと、そんなどうでもいいことを考えた。そうこうしているうちにゴロゴロと雷鳴まで聞こえてきた。近いな、そう思った瞬間、ビシャーンと頭上で光った。

「わっ!」

 耳をつんざくようなその音に私は思わず耳を覆った。さすがに縁側にいるのは怖くなって、お盆と手元に置いてあった携帯を手に取って部屋へと戻り、障子を閉めた。

 田舎の雷は都会とはわけが違う。鼓膜がビリビリする。鼓膜だけじゃなくて空気まで揺るがすような雷だ。

「あー、びっくりした」

 私は畳の上にお盆を置いて、寝転がりゲームでもして遊ぼうと携帯を開いた。

「うん?」

 その時、着信があったことに気付いた。家族ではない。瞳だった。

「なんだろう……」

 ラインではなく電話なのが珍しい。私もそうだけど、瞳もよほどのことがない限り電話はしてこない。

「告白、の件かな……」

 それぐらいしか思い当たることがなかった。無視したいと思ったけど、それも結局は時間稼ぎにしかならないことに気付いた。どうせ学校が始まれば否応なしに報告を受けるのだ。まあ、聞くまでもないといえばそれまでなんだけど。

 私は雷が少し遠ざかるのを待って、瞳に電話をかけた。けれど瞳は中々出ない。ラインを送っておこうかと思ったところで電話が通じた。

 けれど相手は瞳じゃなかった。「笹原です」と相手は名乗った。聞いたことのあるような、ないような男の声だった。私が面食らってなんと言えばいいのかあわあわしていると、相手は言い直した

「すみません、瞳の兄です」

「え、お兄さん?」

「はい、そうです」

 どうして彼が瞳の携帯を使っているのだろうか。それにどうして私に電話を?そんな疑問を投げかける前に瞳のお兄さんが話し始めた。

「瞳の友人の山瀬さんにはお伝えしておこうかと思いまして。瞳の携帯を使いました」

 抑揚のない淡々とした口調だった。そしてこう言った。

「瞳が死にました。自殺でした。学校の屋上から飛び降りました」

「……え?」

 瞳のお兄さんが何を言っているのかよくわからなかった。

「葬儀は身内だけで執り行いました」

 全然理解出来なかった。脳の細胞が一時的に全部全部死滅したみたいな感覚だった。通話が終わった後も私は携帯を握り締めたまま部屋の壁をぼーっと見つめていた。

 ミーンミーン、ジワジワ。ミーンミーン、ジワジワ。どこかで蝉が鳴いている。夕立は過ぎ去ったらしい。誰もいない部屋で私はただ鳴き疲れたような蝉の声をいつまでも聞いていた。



 夏休みが終わる少し前に私は街に帰ってきた。真っ先に向かった先は瞳の家だった。お線香を上げて仏壇に置かれた瞳の骨壺を見てもなんの実感もない。だからだろうか。悲しいという感情すら起きない。本当にこの小さな骨壺の中に瞳の骨が入っているんだろうか。信じられなくてただただ私は瞳の骨壺を見つめる他はなかった。

「山瀬さん」

「は、はい!」

 突然声をかけられて心臓が十センチくらい浮き上がった気がした。慌てて振り返ると瞳のお兄さんが立っていた。もしかしたら私が気付かなかっただけで、大分前からそこにいたのかもしれない。

「あの、なにか?」

 もうお悔やみの言葉は述べたし、彼とは数えるほどしか会ったことがないからこれ以上私には話すべきことがなかった。長居し過ぎたのかもしれない。もう帰れってことなのかなあと思って、もじもじと気まずい思いをしていると、私の前にすっと一通の封筒が差し出された。なんだろうと受け取るのも忘れてそれを見ていると彼が言った。

「山瀬さん宛の瞳の手紙です」

 はっとして顔を上げると彼と目が合った。瞳のお兄さんは穏やかに微笑んでいた。だがその目にはどうしようもないほどの悲しみが深く沈んでいた。きっと彼は今自分が笑っていることさえ気付いてないに違いない。人は笑いながら泣くことが出来る器用な生物なのだとその時私は知った。

「これは瞳の遺書です。中身は見ていませんので安心して下さい」

 なんと言えばわからず私はただ黙って彼の話を聞いていた。

「私たち家族にも遺書が残されていました。家族以外ではあなただけに書かれていました。どうぞ受け取って下さい」

 受け取らないという選択肢が私にあろうはずもなかった。


 私は瞳の遺書を握り締めたままてくてくと住宅街をさまよっていた。瞳が私に最後何を伝えたかったのか知りたい。でも怖い。四十度近い猛暑なのに身体の芯は酷く冷たく感じた。身体の表面は火であぶられた鉄板のように熱を持っているのに。頭上からの容赦ない日差しと足元のアスファルトからの照り返しで、焼き豚状態だ。それなのに身体ががくがく震える。

 当てもなく歩いていると一瞬くらりと意識が飛んだ。あ、これはヤバい奴だ。言うまでもなく熱中症の予兆だ。私は慌てて目についた小さな公園に駆け込んだ。

 自販機でスポーツドリンクを買って、木陰になっているベンチに腰を下ろした。暑いことには変わらないが、日差しを避けられているだけでも随分マシになった。スポーツドリンクを思い切り飲み干して、ハンドタオルで顔の汗を拭った。それから膝の上に置いた瞳の遺書に目を落とす。

 真っ白な封筒には「夏樹へ」とだけ書かれていた。読むのが怖い。これが正直な感想だった。読まずにこのまま捨ててしまうということだってできる。でもそれ以上に知りたかった。瞳が最後に私に残してくれたものだ。無下にできるわけがない。なによりもここに瞳の死の真相が書かれているかもしれない。好奇心が恐怖に優っていた。私の手汗のせいで少しだけくたっていたそれを私は震える指先で封を切った。



「夏樹へ



 突然のこと、びっくりしていると思う。ごめんなさい。

 まず最初に夏樹にはお礼を言わせてね。ありがとう。

 昔、夏樹が私をいじめっ子から助けてくれた時のことは昨日のように覚えているよ。

 夏樹は絵本の王子様みたいだった。王子様って本当にいるんだと思った。

 つきまとう私に優しくしてくれてすっごく嬉しかった。

 頭の良い夏樹は宿題も一緒にやってくれたね。

 商店街での夏樹との買い食いは一日で一番楽しい時間だったよ。

 だって瞳を独り占めできる時間だもんね。

 実はね、ファッションモデルになったのも瞳と釣り合う女の子になりたかったからなんだ。

 だって夏樹は頭も良くて格好いいから。

 一緒にいて恥ずかしいなんて思われたくなかったんだ。

 今だから言えるけど、私は夏樹のことがずっと好きだった。

 いつの間にか好きになっていたの。

 本当に大好きだった。

 でも言えなかった。

 ずっとずっと一緒にいたかったから、言えなかった。

 だって夏樹に気色悪いとか言われたら立ち直れないもん。

 だから告白してきた家庭教師の先生と付き合い始めたんだ。

 別に好きでもなかったけど。

 うん、自分でもわかってる。これは逃げだって。

 その結果妊娠しちゃった。

 それを告げたら先生は大学まで止めて実家に帰ったよ。

 仕方ないね、自分が選んだ結果だもん。

 これは罰だって思ってる

 夏樹と夏樹への気持ちから逃げた私への罰。

 勇気のなかった私への罰。

 最後にもう一度言わせて。

 夏樹、大好き。本当に好き。

 愛してる。なんちゃって。

 


 意気地なしの瞳より、最愛の夏樹へ」

 


 どこをどう歩いたのか。走ったのか。覚えていない。誰が悪かったんだろう。逃げた瞳?違う、逃げていたのは私だ。瞳と離れたくないからといって誤魔化し続けたのは私だ。勇気がなかったのは私。意気地なしだったのは私。私は瞳の王子様なんかじゃなかった。自分が傷つくのが怖くて想いを告げられなかった私は瞳の王子様じゃない。

 瞳が死んだのは私のせいだ。気付かないうちに瞳を私は追い込んでいたのだ。



 私は瞳を救えなかった。


 

 その事実に私は打ちのめされていた。

 よろめきながらやって来たのは学校の校庭だった。夏休み中なので誰もいない。何度も転びかけながら私は校庭の真ん中で立ち止まった。空を見上げると真っ青な空がどこまでも高く広がっている。太陽は無情にも焼き殺さんばかりに照り付けていた。

 ミーンミーン、ジワジワ。ミーンミーン、ジワジワ。蝉たちがそれでも最後の力を振り絞って鳴いている。

「あ、あ、あああ」

 それに突き動かされるように私は声を上げた。額から滴り落ちる汗もそのままに私は叫んだ。

「うわあああああああああああ!」

 髪を振り乱しながら、腹の底から喉も裂けんばかりに叫んだ。

「あああああああーーーーーー!」

 もう会うことのできない片割れを呼ぶように私は絶叫した。私の叫び声は蝉の鳴き声と共に空に吸い込まれて霧散していく。それでも私はいつまでも声にならない声を上げ続けた。


 まるで夏の終わりの蝉のように。

 







 





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