第二話 其の一 ワードサラダは健康的なのか
私は最近、レタスとパプリカばかり食べている。別にサラダにするわけではない。レタスの芯をグーパンチでくり抜き、適当に水洗いをする。パプリカはヘタをむしり取り、縦に割いて種を取り除く。
それから、そのまま口に放り込むのである。それから、サラダ油と食酢、レモン汁をそれぞれさじに注ぎ、次々に口の中に放り込んでやる。
そして、お口くちゅくちゅモンダミンよろしく、口の中で自家製ドレッシングのサラダを醸成し、酸っぱさと脂っこさを堪能するのだ。
こんな
ふと、レジ前の揚げ物コーナーに目移りする。
「あ、唐揚げクン1つ。あと、肉まんを2つ」
そんな私の体形は、依然としてふとましいのであった__
__さて、最近妙に暑くなってきた。空は梅雨も明けて入道雲が立ち込めており、すっかり夏模様である。高くそびえるビルの窓が照り返す光が眩しい。
昼下がりの歓楽街は誰もいない。足元には真夏の太陽でギラついたアスファルトが一面に広がっているだけである。
なんのことはない。今日はごく普通の夜勤明けである__
そんなことを考えながらほっつき歩いているうちに、唐揚げクンと肉まんを平らげてしまった。
ふと、道端に目をやると、そこには一匹の野良猫がいて、今にもくたばりそうになっていた。やれやれ、この天気で逝かれちまったか。と、飲みかけの水をかけてやった。すると突然その猫は翻り、突如私の手に猫パンチを食らわせてきた。
「いてぇっ」
うかつであった。急にとびかかるとは思いもしなかったので爪をまともに食らった。突如、手に伝わる鋭い痛みに思わず手に持っていたペットボトルを落としてしまった。そのうちに、さっきの恩知らずはどこかに逃げ去ってしまったようだ。
「ちぇっ、骨折り損のくたびれ儲けかよ……」
手に滴った血を舐めとり、道路わきの側溝へ吐いた。
この胸が焼けるような臭い。私にとってはごくありふれた気味の悪さである。否が応でも、二週間に一度はやってくるからである。
奴のパンチは思ったより強烈であったようだ。いささかの痛みをこらえながら落としたペットボトルをとろうとした__
と、その瞬間。何者かに手を踏みつけられた。
「ぎゃっ!?」
先のそれよりも何十倍もの痛みが手に走る。引き抜こうとするも、痛みが増すばかりで全く力が入らない。
ふと見上げると、そこには猫の顔をした奴が二本足で立っていた。手の痛みも相まって、私は何が起きているのか全く理解できない。
それもそのはずである。足の先に生えている爪がぐっさりと私の手の甲に刺さり血しぶきをあげているのだ。
「いやいやいや、なんで猫が立ってんの?!」
「にゃはあ?突っ込むところそこかよ」
私の手を
「なにいってんだおみゃえ!ふざけんにゃよ」
「ぐっ、強烈な猫言葉……ていうか、痛てぇよ!!早く脚をはなせっ」
私の一言でさらに怒りを増したのか、俺の手を踏みつけている足をぐりぐりと押し付けてくる。
「ぐああああっ!!やめろぉおっ」
血の噴水が勢いを増して、こんどは血の激流と化しているにもかかわらず、相手は一層の気迫をたたえて私をにらみつけてきた。
「ぬっころすぞこんにゃろめ」
その顔は茶トラの毛むくじゃらである。だがしかし、体格は人間のそれであり、全く可愛げはない。おまけに鼻にはしわが寄り、牙をむいた口元はむしろ化け物の様相である。
さて、ひととおり相手の観察を終えたところで。
「ぎぇあああああっ」
まるで何かの映画かのように痛みに任せて叫んでみたが、ただ相手の感情を逆なでただけであったようだ。
「ひぎぃっ?!」
奴は踏みつけた足をはなす。
ぐしゃぁっ、という生々しい音とともに血液がほとばしる。
私はよろめきながらも体勢を立て直した。
奴は、フンっと鼻を鳴らすと、舌がもつれたような口調で啖呵を切る。
「こぉのにゃんぽんたんが!せっかくいい気分で寝てたってのによぉ。よくも水をぶっかけやがったにゃあ?」
「な、なんなのよ!あんたがくたばってないか心配で水をかけてやったんじゃないか」
「にゃぁ?!うっせぇ!くそぉ腹が減って苛立ってきたにゃぁ。おいこのたこ、えさよこせにゃ」
「は、はぁ?そんなもんねぇよ__」
といい終えないうちに、奴は身を翻し私の懐に入る。突如、腹のあたりに衝撃をうける。
倒れた私を、今度は胸倉をつかみ持ち上げた。
私は勢いに耐え切れず、手に持っていた買い物袋を地面に落としてしまった。
それに気が付いたのか、奴は私を突き放すと買い物袋を物色し始めた。
「お、おまえかいものがえりかにゃ。どれどれ」
その隙に、私は身を翻し、命からがらに逃げた。
もはや奴のおかしな咆哮など気にも留めなかった。
どうせ買い物袋の中には野菜と食べかすしかはいっていないんだ。命に比べれば安いもんだ!
逃げて、逃げて、逃げまくった。
そして命からがら
自宅のアパートまでたどり着いた。
「はぁ、はぁ……まったく、なんて奴だ!」
左手から垂れる血を気にしつつ部屋のカギを開ける。
やっとの思いで中に入り、もたつく右手で鍵を閉め、ドアのチェーンを掛けた。
これで奴に襲われることはなくなった。
安堵の思いから足の力が緩み、その場で崩れこんでしまった。
しかし、その時は思いもしなかった。
ここからが悪夢の始まりなのだと。
「おいおまえ、いいもんもってんじゃにゃいか。むしゃむしゃ」
私は愕然とした。
当然のように奴はそこにいた。
そして、冷蔵庫の中に入れていた鶏肉を頬張りながら奴はこうのたまいやがったのだ。
「おまえ、おれのかいぬしににゃれ!」
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