コミュ障を根底から治すオートコンプリート

ちびまるフォイ

よく使う言葉はよく使う

「よし、これで完璧……」


私は『サルでもできる! 友達ができる会話術』の本を閉じた。

まずは挨拶、そして何気ない会話。

意を決して教室の女子グループににじりよる。


「……っ」


「あ、佐藤さん。どうしたの?」


「あっ……えっと……」


「……?」


思わず逃げてしまった。

何を話していいのかわからなくなってしまった。


話しかける前にはちゃんと話題やシミュレーションもしていたのに。

いざ人の前に立つとすべて吹っ飛んでしまう。


「もう死にたい……」


同性に話しかけることすらできない私ごときが、

みんなのあこがれの先輩に告白するなんて不可能。


いつからこんな風になってしまったのか。


『落ち込むことはないポン』


「あ、あなたは?」


『私はスマホの妖精パケットぽん!

 人見知りさんな君に僕が力を貸してあげるポン!』


「あなた、男の子なの?」


『あ、そういう部分はグレーで』

「妖精設定めんどくせぇな」


パケットが魔法を唱えると、私の中でなにか変わった気がした。


『君にもオートコンプリート機能を貸してあげるポン!

 これで人見知りも直って勝ちまくりモテまくりポン!』


「おーとこぷりーと?」


『ちょっと"わ"だけ話してみるといいポン』


「わ……たし、佐藤カエデです。よろしくお願いします!?」


わ、だけ話そうとしたのに、続いて自然に言葉が出てきた。


『それがオートコンプリートポン。言い換えれば予測機能。

 君が普段使っている言葉を予測して話してくれるポン』


「すごい! でも、これがどう人見知りに使えるの?」


『少なくとも、人前で言葉に詰まることはなくなるポン♪』


「そっか! ありがとうパケット!」


『データ通信料はいただきます』

「たまに設定ブレるよね」


パケットのおかげでオートコンプリート機能を手に入れたことで、

なおいっそう、予測されやすいように会話問答集を読み込んだ。


「ご、ごきげんよう!」

「花粉が飛んでいやですね、あなたは花粉症?」

「ケンは日曜日に公園のベンチでテニスをします」

「私はサッカーボールではありません。それはケンです」


何度も復唱していくうちにオートコンプリートの辞書は充実し、

最初の一文字を話そうとするだけでいくつかの回答候補が浮かぶようになった。


「よし! これで完璧だ!」


今度は前のように失敗しない。

ふたたび不審がられている女子グループに近寄った。


「佐藤さん、どうしたの?」


「あっ……なんだか楽しそうに話してて、よかったら私も話にいれてくれない?」


「うんいいよ。佐藤さん、なんか雰囲気変わったね」


「そ――そうかな? 話しかける練習はちょっとしてたんだけど」


「え? 佐藤さん話しやすいし別にそんなことしなくていいのに」


「あ――あはは、そうかな? でもあなただって話やすいよ~~」


自分でも成果に驚いていた。

それ以上に普通に話せているこの時間が嬉しかった。


今まですぐに詰まっていたはずの言葉がスラスラと出てくる。


言おうと思って言いづらかった言葉も。

誰かが使っていた面白い言い回しも。


オートコンプリートで事前に準備しておけばすぐに出てくる。

私はあっという間に会話のエキスパートになれたんだ。


「今の私ならきっと告白できる……!」


今まで草葉の陰から見守るしかできなかった憧れの先輩。

でもオートコンプリートつきの私なら告白できるはず。


「せ――先輩! 今日の放課後、ちょっといいですか!?」


「えっ……いいけど」


先輩を体育館裏に呼びつけると、

私は準備していたオートコンプリートを炸裂させた。


はずが、まったく浮かんでこない。


(どうして!? さっきまでなんパターンもの言葉が浮かんでたのに!)


先輩も呼び出したまま無言の状況下に違和感を感じ始めている。


『ポン! しょうがないポン!』


(パケット! お願い、オートコンプリートが使えないの!)


『ポン……? ごめん、バッテリー切れぽん』


(それで使えないの!?)


無口な先輩も表情が曇り始めている。

これ以上引き止めてしまうほど告白の成功率は下がってしまう。


私はオートコンプリートを捨て、覚悟を決めた。


「せ、先輩! あ、ああ、あのっ……わ、わたし……」


言葉が出てこない。

頭が真っ白になってしまう。


「好きです!!」


やっと出てきた言葉は動詞だけのシンプルなものだった。

とたんに、恥ずかしさを紛らわせるように言葉が決壊する。


「あ、あの、私、前から部活している先輩を見てかっこいいなって思って

 それで声をかけようかと思ったんですけどやっぱりできなくて。

 私ほらあんまり明るいほうじゃないから先輩みたいな人に近寄っちゃいけないっていうか。

 それで、オートコンプリートでしゃべれるようになったんですけど

 急にバッテリー切れちゃって……うまく話せなくてごめんなさい」


とめどなく出てくる言葉は私の意志を離れ、

思いつくまま自分を悪く見せるような言葉が出てくる。


なんか泣けてくる。


「私なんて……暗くて、面白くなくて……。

 オートコンプリートなかったら、ろくに離せない陰キャなんです……」


「そんなこと――ねえよ」


「先輩……!」


「告白されたこと、すごく嬉しかった。付き合おう。

 俺が君にふさわしい男なら、だけど」


「いいんですか!!?」

「もちろん」


先輩はにこやかに白い歯を見せて笑った。


「それに、オートコンプリートがなくっても話せるじゃないか。

 自分の言葉で話すことのほうがきっと大事なんだよ」


「先輩――!」


私の好きゲージが今にも壊れそう。

最初に好きになった人が先輩で本当に良かった。


「あれ? そういえば……先輩、オートコンプリート知ってたんですね」


「ああ。今でこそ俺はこんなだけど、

 オートコンプリートがなかったら人とうまく話せないコミュ障なんだ。はは」


「私にだけ自分の弱い部分も見せてくれる先輩好きっ……!!」


今にも目がハートになりそう。


「先輩、私の名前……呼んでくれますか……?」


「もちろん、か――香織ちゃん君を愛している」


「私の名前カエデですけど……」


「ごめん、ちがうんっ……

 だ――黙ってついてこいよ、里美。お前だけを愛してい

 る――留守だから俺の部屋来ない

 か――彼女なんてその気になればいくらでもできっ……」



私のビンタが飛ぶと、先輩のオートコンプリート辞書はすべて吹っ飛んだ。

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