パナシのゲン

権俵権助(ごんだわら ごんすけ)

パナシのゲン

 2020年、夏。都内某所。


 津賀本和博、プロゲーマーライセンス取得記念インタビュー


(津賀本)

 プロゲーマーになった感想? んー、実感ないっていうか、別にプロでもアマでも格ゲーやらない人生って考えられねェし。そこは何も変わんないね。まあ、でも、人様に見られて恥ずかしい試合はできねェな、って意識は強くなったよ。……え? 恥ずかしいって、どういうプレイかって? そーだなァ、たとえば「パナシ」だよな。パナシっつうのは、ハイリスク・ハイリターンな技を一か八かで「ぶっ放し」てくることだよ。ああいうのは、駆け引きとは言わないからね。……ああ、変なこと思い出した。昔、いたんだよ。とにかくパナすことだけに命賭けてた野郎が。周りからは「パナシのゲン」って呼ばれてたよ。


※ ※ ※


同月、広島県某所。

パナシのゲン、インタビュー。


(ゲン)

 妖精がな、頭に住んどるンじゃ。パナシの妖精。そいつが囁くわけ。「今じゃ撃て!」「当たったらサイコーに気持ちええぞ!」って。なんでゲームやってるかっちゅうたら、極論、自分が気持ちよくなるためじゃ。ほな、自分が一番気持ちよくなる瞬間にパナすの、当たり前じゃろ。


※ ※ ※


(津賀本)

 アイツのはマトモなパナシじゃないんだよ。普通はさ、コンボやら投げやら決められて画面端に追い込まれて、もうダメだ、神様お願い〜!って祈りながらパナすわけだよ。だから、攻めてる側からしても「コイツ、そろそろパナしてきそうだな」って、予想ができる。で、パナした技をガードする。つまり、そこにはキチンと駆け引きが生じてるワケ。けど、あいつのは違う。たとえば、飛び道具の撃ち合いしてる最中に、いきなり対空撃ってくる。むちゃくちゃだよ。試合の流れとか、それまでの布石とか、そういう文脈が介在しない、ただただ純粋な「パナシ」。だから、怖いんだよ。


※ ※ ※


(ゲン)

 相手がブチギレて胸ぐら掴んできた時、ああ〜パナしてよかったぁ〜ってサイコーの気持ちンなる。お前ぇのは読み合いじゃねえとかなんとか叫んどるけど、いや当たっとるやん、当たったってことは、それが正解じゃったってことやろって。それ聞いて悔しそうな顔しとるの見たら、もう笑いが止まらへん。ほんまに最高の気分じゃ。


※ ※ ※


(津賀本)

 読み合いっていうのは「会話」なんだよね。転ばせて、さぁ起き上がりに投げを重ねるか、それとも打撃か、はたまた投げ返しをスカらせるのか。一見、ただ運頼みの「択」に見えるけど、違う。さっきは投げが決まったからもう一回やってみようかな、とか、コイツ前の試合ではよく暴れてたよな、とか、今までお互いに何を「喋ったか」で、次の「言葉」が決まる。相手の言葉を聞いて、返す言葉を決める。だから、会話。けど、アイツのは独り言だから。こっちの話なんて聞いちゃいない。単に自分の喋りたいことを喋ってるだけ。


※ ※ ※


(ゲン)

 会話になってへんって? ああ、むかし腐るほど聞いたわ。けど、ワシから言わせてもろたらそれは違う。まず一回パナしたる。そしたら次に戦う時、相手は「こいつはリスクを恐れずにパナす奴や」と思う。つまり、その時点でワシの「択」は増えとるんや。打撃か、投げか、それとも「パナす」か。ワシの独り言を聞いた時点で、もう会話は成立しとる。聞いてへんフリして、ちゃんとワシの言葉を聞いとる……それが分かった時は嬉しいのう。こいつはワシの「パナし相手」になってくれる奴や、ってな。


※ ※ ※


(津賀本)

 まあ、屁理屈だよね。確かにゲンのパナシは異様によく当たったよ。けど、それは単純に運がいいってだけだし、必ず当たるわけじゃない。一回、アイツのパナシをガードしてボッコボコにカウンター決めて勝った後、詰めてやったことがあったんだよ。「てめえ、真面目にやる気あんのか。一人用じゃねえんだぞ」って。だってアイツ、体力ゲージ見ないで超必ゲージばっか見てんだぜ。


※ ※ ※


(ゲン)

 せやから言うたった。おどれも読み負けることくらいあるじゃろ。択が100パー通ったらそのゲームは終わりじゃ、て。そっからはもう、怒鳴り合いじゃ。ワシにはアイツの言葉が分かる。せやけど、アイツにはワシの言葉が通じん。そらぁ、噛み合うはずないで。


※ ※ ※


(津賀本)

 興奮してたのか、お互いよっぽどデカい声だったんだろうなァ。すぐに店員がすっ飛んできて喧嘩両成敗だよ。二人とも一ヶ月くらい出禁になって。また戻ってきたはいいけど、いない間によっぽど悪評が広がってたんだろうね。その頃には、みんなゲンを避けるようになってたよ。だから、それ以来アイツとは対戦してねェよ。……え? それからゲンはどうしたって? 誰とも対戦できねェから、店の隅っこにある一人用の台でずっとシコシコCOMと戦ってたよ。……いや、あれは戦ってすらもいねェ。延々と飛び道具を連射して、ゲージが溜まったらパナす。また連射して、溜まったらパナす。レバーをしばらく後ろに引いて、前と同時にパンチボタン。後ろに引いて、前とボタン。後ろ、前とボタン。後ろ、前とボタン。ありゃもうゲームじゃなくて作業だよ。オレが対戦してる後ろで、アイツが出す技のボイスが一定のリズムで聞こえてくる。正直、鬱陶しいことこの上なかったよ。それからすぐだったね、アイツが格ゲーを引退したのは。


※ ※ ※


(ゲン)

 そらそうや。格ゲーちゅうのは相手がおらなおもろないし、上達もせん。いくらCOM相手にパナしたかて、そんなもんは壁打ちじゃ。感情があるからこそ、パナシが決まった時には嬉しいんじゃ。感情があるからこそ、パナシを食らった時には悔しいんじゃ。ワシにとって、パナシは相手のホンマの感情を引き出す、最上のコミュニケーションなんじゃ。


※ ※ ※


(津賀本)

 ゲンが居なくなったのはしょうがねェよ。使ってた「言語」が違った。それだけの話だよ。ただ……今のeスポーツ界でアイツのパナシがどこまで通用したのか。それを見てみたかったってのは本音だね。けど、現実には今のオレたちを「見てる」のはアイツの方だってんだから皮肉なもんだよな、まったく。……え? ゲンが今何をしてるのかって?


※ ※ ※


(ゲン)

 それまで格ゲーにつぎ込んでた金なんじゃが、急に使い道が無くなってもうたからのう。テキトーに投資やら株やらに突っ込んだんじゃ。


※ ※ ※


(津賀本)

 あれだけ脈略の無いパナシを当てるってのは、つまりカンが鋭いってことなんだろうね。だからって、稼いだ金であんなデカい会社を作るとは思わなかったよなァ。そうだよ、今や社長だよ。しかもオレのスポンサー企業。まあ、アイツのおかげでプロゲーマーになれたって思われるのもシャクだから、これから実力で結果を残していかなきゃいけないんだけど。会社の名前? COM相手に一人で飛び道具連射してた時に思い付いたらしいぜ。会社のロゴを撮影したい? いいぜ、背中向けるから撮んな。……ほら、書いてあるだろ。パナ○ニックって。


-おわり-

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

パナシのゲン 権俵権助(ごんだわら ごんすけ) @GONDAWARA

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ