第4話 現世の女と冥府の???

 太陽が沈み、暗闇を照らすネオン街の中を、家に向かって歩く2人。サクラは腕を絡ませる。

 「ショウさんって強いんですねぇ。だってあんな怖い人を倒しちゃうなぁんて?」


 「ショウでいい。それにあいつも、油断してなかったら、まだ分からなかった。俺の修行が足りなかったんだろう」 


 「今は、そんなこと、どうでもいいでしょ。」


 猫なで声のサクラは上目遣いで、胸を寄せる。豊満なバストはショウの腕を柔らかく圧迫するのだった。


 「ここが私の家だよ」


 そう言ってサクラが指をさしたのは、鉄骨で補強された、1階がスナックになっている、二階建て木造アパートの、1番奥の部屋201号室。

 

 「ほら、ちょっと狭いけどあがってよ」


 サクラの部屋は、秋のはずなのに少し蒸し暑い、生活感のある和室の六畳間。

 家に上がる間際、ショウは、玄関に靴が3種類もあることに気づいた。


 「そうか。それじゃあ手を洗わせてもらう。タオルを貰えるか」


 俺は、玄関の隣にある洗面所へ向かう為に、足を拭う必要があった。なぜなら、俺は普段からずっと裸足だからだ。


 「そのまま汗も流していったら?」


 サクラは俺の前で緑のダサいジャージを脱ぎ出す。

 タンクトップだけになった彼女は、たわわに実った、はち切れんばかりの胸部を寄せ、女豹のような瞳で俺を見る。


 「ああ、良いだろう。その前に1つお前に聞きたいことがある」


 「なぁに?」


 「お前は誰だ?」


 その瞬間、サクラの眉が一瞬動いたのが分かった。

 俺はこの時、最悪の場合、拳を交えることになるかもしれないと覚悟した。


 「おかしいこと言うわね。誰って私は藤野サクラよ」


 さっきとはうってかわって明らかに余裕のない表情をするサクラ。そのままジャージのズボンごとパンツを脱ぐ。


 「俺は、藤野サクラをあまり知らないが、少なくとも今のお前は」


 「朝会った時と違うって?男と違って女の子はね。ふたつの顔を持つの。昼は淑女、夜は……」


 サクラはタンクトップを脱ぎ、ブラだけになる。その後、そのまま近づき、俺の道着の帯を緩ませる。

 そして、俺の耳元で囁いた。


 「ねえ、興奮してこない?」


 やけに艶っぽい声に、俺はこのサクラが、サクラでないことを確信した。

 

 「お前誰だ!」


 俺はサクラを突き飛ばす。


 その瞬間、俺は背後から飛んでくる、バケモノのような殺気がに気がついた。

 咄嗟に振り向く俺。

 しかし、振り向いた刹那。目の前にはあったのは、そいつではなく、そのバケモノの膝だった。


 俺は蹴りの衝撃で、部屋の壁に突き刺さる。保護する鉄骨に、顔を叩きつけられ、鼻からは大量の血が吹き出た。

 俺は、俺を蹴った輩を睨みつける。真っ黒のマントのようなフードを被り、素顔を、仮面舞踏会で使うような、白い仮面で隠していた。


 「手加減したとはいえ、流石に頑丈ね。さて、サクラに取り憑いた悪魔さん?私はあなたを許さない」

 

 仮面の女はマントの下から、水鉄砲を取り出すと、ほぼ裸体のサクラに水をぶちまけた。


 「うわぁああ、熱い、熱いよぉ。やめろ!やめてくれ!」


 ただの水のはずなのに、まるで火炎放射器に、身を焼かれているのかと思うほど、異常な反応を示して、倒れるサクラ。


 「聖水はやっぱり効くようね、お次は、」


 仮面の女は、マントの下のポケットに手を入れる。

 これ以上、苦しむサクラ、いや、サクラのようなものを、見ていられなくなった俺は、横から仮面の女を突き飛ばした。

 

 「もうやめてやれよ!」


 女の仮面が弾け飛ぶ。


 「愛梨!」


 仮面で隠されたマントの下には、見覚えがある端正な顔。その瞳は獣のように、憎しみに染まっていた。

 愛梨は、俺の胸ぐらを掴む。

 「くっ、この正義感に駆られたバカ!」

 

 そして、そのまま俺を壁に叩き付ける。


 「何言ってんだ!サクラが苦しそうだろ」

 「違う!苦しんでるのはサクラの中にいた悪魔よ」

 「そんな非科学的なものあるわけないだろ!」

 「じゃあ私たちの存在はなんだって言うのよ!」


 俺たちは、お互いを壁にぶつけ合う。木造のアパートはギシギシと揺れ、今にも崩れそうだった。

 その時、倒れていたサクラが、まるで天井から、糸で引っ張られたかのように、浮き上がった。


 「貴様ら覚えてろよ。今度会ったら、お前らの性器にサタンの烙印をぶち込んでやる。フハハ」


 壊れたレコードのような、低く雑音混じりの笑い声が消えたと同時に、落ちる。

 頭を強く打ってしまったからか、身体を乗っ取られていたサクラは目を覚ます。


 「痛っ。寒っ」


 残暑厳しい秋とはいえ、ほとんど全裸で水をかけられたら流石に寒いようだ。

 サクラの声に気づいた愛梨は、焦って窓から飛び出る。

 まるでサクラに自分の存在が知られることが、都合悪いようだった。


 「え!なんでショウさんが私の家に!それに家がめちゃくちゃだし、その鼻血どうしたんですか。その手の血も……。あっ……また服着てない」


 サクラは手で股と胸を隠して、俺に背を向ける。

 俺は道着の上を脱ぎ、サクラに向かって投げた。


 「汚いけど、それを着るといい。なあ、サクラは、なんか俺に隠してることあるだろ?」


 「う、うん。信じてもらえないだろうけど、私、土曜の夜には人格が変わっちゃうみたいで、すごくエッチになっちゃうみたいなの……。」


 俺の道着を受け取った、サクラの呼吸が荒くなる。


 「だ、だから、いつも、土曜の夜は、手錠と足枷をつけて、外に出られないようにしてるんだけど……あ……あ……」


 サクラは俺の道着を被ると、何かを思い出してしまったのか、身体を震わせた。顔から血の気が引き、しばらくして耐えられなくなったのか、洗面所で吐き出してしまった。

 洗面所から部屋へ戻ってくると、顔はひどくやつれ、疲れきっているのか、俺の鼻血で穢れた畳の上に寝転んだ。


 「お姉ちゃんはいつも、土曜の夜にこの家からどこかへ行っちゃっては、朝ボロボロになって帰ってきてたの。あの時はなんでこんなになるまで外に出るんだろうって思ってたわ」


 俺はサクラの手首と足首に、裂傷を見た。鋭利な刃物ではなく、縄や金属に擦り付けられたような裂傷だ。

 きっと悪魔に身体を乗っ取られてしまうというのは、こうも残酷なことなのだろう。


 「でも、お姉ちゃんが死んだ日の夜。身体を誰かに乗っ取られる感覚がしたの。それで、目が覚めたら股が血まみれになってて、鏡を見てみたら、たくさんの卑猥な言葉と太ももの辺りに正の字が書いてあったの。その時わかった。お姉ちゃんがなんで死んだのか。きっとこの悪霊に弄ばれてたんだなって」


 サクラは、ほおに涙を浮かべるも、瞳は熱く燃えていた。

 涙を拭い、立ち上がると、古びたタンスから部屋着を取りだし、自分に手錠と足枷をかけた。


 「だけど、私は負けない!いつか、この悪霊に打ち勝ってみせる。先週は、手首足首が、血まみれになったけど、何も無かったし!だからショウさんの手伝って」


 サクラは俺に縄を渡す。


 「こうか!」


 「もっと!」


 「うーん!これでどうだ!」


 「あっ!ちょっときつい!」


 「ごめん!じゃあこれで」


 「あー、ちょうどいいや。これならなんとか眠れそう。それじゃショウさん。おやすみ」

 

 焼豚のように縛られた布団の中で眠るサクラ。

 俺は、彼女が毎週、自分の体を縛り付けないと、満足に眠れないという事実に心を傷めた。


 「聞こえてないだろうけど、お前の姉貴は強いよ。そして、お前も」


 俺はサクラの部屋の扉を閉めて、日が昇るまで家を衛ることにした。


 「そこの格闘家さん。サクラの問題はあなたには関係ないのに、なんでここにいるのかしら?」


 家の前で座り込んだ俺に、話しかける愛梨。外でずっと盗み聞きをしていたようだ。


 「あいつに貸した道着を返してもらってない。それにヴァンパイアさんこそ、関係ないんじゃないのか。お前に取り憑いた悪霊はもういないんだろ」


 「悪霊じゃないわ、悪魔よ。それに、その悪魔は私から、サクラに乗り移ってしまったから、関係大アリよ」

 

 愛梨は俺の隣に座る。

 俺たちは共に月を見上げることにした。


 「土曜の月を見るのは母さんが死んだあの日ぶりに見たわ。悲しいけど綺麗ね。でも、サクラはこの月を見ることは、きっと死ぬまでない」


 顔を膝にうずめる愛梨のほほに、月の雫が差し込む。


 俺は月に向かって、正拳突きを始めた。


 「昔、師範に言われたんだ。格闘家が何故"この世"に必要なのか、それは弱き鍬を振る人々を護り、嵐に抗うためってね。

 だから……、"あの世"に……、地獄に行くまでに、俺の拳に賭けて約束する。俺は強くなる。絶対にもう泣かせはしない。サクラも愛梨も」


 「どうやって?ショウに何ができるの?今まで、人を殴ることしかしてこなかったんでしょ」


 「そうだ。俺は拳を握ることしか出来ない。だから俺は、あの悪魔を倒す」


 俺は大真面目に、悪魔を倒す宣言をした。ふと、愛梨を見ると、涙を浮かべる頬が少し震えていたのがわかった。


 「ふふっ、そう。あなたやっぱり若いのね。本当にできるかしら?まあ、でも、信じてみたくなっちゃたな」


 清廉な処女のような瞳で、俺を見つめる愛梨。しばらく俺たちは見つめあった後、愛梨はマントの中のポケットに手を入れた。


 「それじゃあ"いつもの"ここに置いておくから、日の出前には塗るのよ。坊や?」


 愛梨は3本ほど、日焼け止めクリームを置くと、また闇夜に紛れて消えた。



 

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