第3話 現世の女との接触
俺は愛梨と別れて行動することにした。理由は単純、一緒にいる義理がないからだ。
俺は、ベッドに横になり、天井を仰ぐ。
「はあ、天使に連行される日まで、どうやって過ごそうか。やることも無いし、今から死んでそのまま煉獄へ行くか。でも……どうせ死ぬなら、また、強いヤツと戦って死にたいな」
俺は、ハチマキを巻き、道着を着ると、ホテルの部屋を後にした。飯を食べに行った。どんな体質になろうと、やっぱり身体の基本はやっぱり飯なのだ。
「こんな朝早い時間に、空いてる店があるとは、しかも俺の好物の肉まんも売ってる。2020年は最高だな」
俺は、その店で肉まんをあるだけ買って、それが全て無くなるまで、この街を散策することにした。
ホテルにいる時は、誰もいない寂しい街だと思っていたが、この時間になると、店から疲れきった顔をした人が、沢山出てきた。
きっと彼らは笑うわけでも、悲しむわけでもない。ただ疲れるだけの毎日を過している。死に行く俺は、生きるという意味が何なのかを見つめ直す。
「農家は鍬を振る。その鍬が育みしは平和。しかし、鍬は嵐に無力。
格闘家は拳を振る。その拳が育みしは闘争。故に拳は嵐に抗う。
俺もここの人達も、自分を壊すことでしか生きていけないんだから、不器用な生き物だよな。本当に」
俺は残り2つになった肉まんを1つ取りだした。
すると、ちょうどその時、電信柱の影の曲がり角から、真っ黒のペルシャ猫が飛び出した。
その黒猫は一目散に俺に飛びかかると、そのまま肉まんに飛びついたのだった。
「あっ、このクソドラ。俺の肉まん食べやがって!」
俺はその猫を掴んだ。
しばらくすると、その飼い主と思われる大きなカバンを持った、ダサい緑のジャージを着た女が現れた。
「クロ!人のもの取っちゃダメって……えっ、格闘家?」
俺の容姿をみて、驚いた様子の女子高生。
しかし、俺もこの女の容姿を見て、驚いた。
長く黒い髪と、大きく実った胸をもってはいたが、何より清廉潔白としか言いようがない、整った容姿をしている娘が、こんな街にいるのが信じられなかった。
「おい?お前、まだ学生だよな?なんで土曜の朝8時に、この街にいるんだよ」
「えっ……、それは、私の家がこの近くなだけで。って、そんなことよりすみません!うちの猫がご迷惑かけて」
「あー、それはもういいんだ。肉まんはまだまだあるからな。ほら、あげるよ」
俺は猫を女の子に返すと、袋の中の肉まんを1つあげることにした。
「あ、ありがとうございます」
「ついでに一つ教えて欲しいんだが、この街でいちばん強い男は誰なんだ」
女の子は肉まんを頬張る。
「んー?強い男って言っても、ここの人達は怖い人ばっかりですからねぇ。正直、あんまり関わらない方がいいというか」
「心配はいらない。俺もこう見えて闇の人間だからな。用心棒として名を上げるにはそれが手っ取り早いんだ」
「そうなの?闇の人間って言う割には、良い人そうに見えるけどなぁ。それにあなたも学生くらいに見えるし」
「実際、俺は17歳だしな」
「えー!同い年だ。ねえ、親御さん心配してない?ご飯もちゃんと食べてる?」
その時、女子高生のカバンが鳴る。
「やばい、もう行かないと。うちの猫がごめんなさい、肉まんありがとう」
そう言うと、俺に頭を下げてから、その子は走り出した。しかし、何歩か走った先で、その子は振り向いた。
「私は藤野サクラ。もし、ご飯が食べられなかったり、ここの人達に悪いことされたりしたら、うちに来て。私、いつもここ通るから!じゃあね!」
笑顔で手を振るその子に、俺は手を振り返した。
この時、何故か俺は1度会ったことあるような気がした。
俺はその理由について考えた。ダサいジャージではあったが、目鼻立ちがスッキリとした美少女。清純そうなのに、少しくすんだ笑顔。
きっと、はるか昔、もしくは、最近似たような魅力持つ人間と会ったからだろう。俺はそう結論付けた。
「さて、拳をみがくか。たまには、日が暮れるまで、空に向かって打ちたいものだ」
俺はホテルに戻って、誰もいない駐車場で日課の正拳突きを始めた。
正拳突きとはいいものだ。打った拳で、自分の今の強さが分かり、拳を打った分だけ、ほんの少し強くなれる。
最初はキレもなく、力んだ拳だったが、何千と打つ内に、その拳からは力が抜け、魂が宿り始めた。
善人の持つ、誰かの為に戦う強さ、悪人の持つ、自分の為に戦う強さ。
今まで、拳を振るうことしかしてこなかった自分がいかに恵まれて、そのおかげで、自分は強くなれたこと。
あらゆる出逢いと試合に思いを馳せ、拳を打つこと1万本。
日は暮れた。
「運動したし、飯を食おう」
男ショウ・マツザキ17歳。
残念ながら、拳の先を見ることことは無かった。
俺は、今朝、肉まんを買った店へ行くことにした。すると、今朝会った女の子、藤野サクラが、スーツを着た背の高いコワモテの男に、絡まれていた。
格闘家とは言え、因縁も無いような相手に殴り掛かるのは、御法度。俺は、電信柱の近くにあった、ゴミ箱の陰に隠れることにした。
「誰とでもヤる女子高生がいるって、聞いたから来てみれば、とんだ芋ブスだな。お前どうしてくれんだよ?」
「いや、ちょっと待ってください!最近色んな人に言われるんですけど、人違いです!」
「うるせえ。人違いとかどうでもいいんだよ。ったく、あーあ、萎えた萎えた。ちょっとムカつくから殴らせろ」
男は拳を振りかぶって、サクラの顔に目掛けて打ち下ろす。
咄嗟に屈んだおかげで、なんとか顔に拳は当たらなかったが、男は空を切った拳を、平手に変えて、頬を打ちつけた。
「殴られたってブスはブスだろ。避けてんじゃねえよ」
「うっ……、痛い」
突然の男の暴挙に、膝を落とし、静かに泣き始めるサクラ。
男はその様子を見て気持ちが良くなったのか、胸ぐらを掴む。
そして、サクラにしか聞こえないように、小さな声で囁いた。
「お前、オナホとしては使えねえが、サンドバッグとしては価値がありそうだな。立てよ」
絶望に染った顔をするサクラ。見てられなくなった俺は、50円玉を男に向かって投げつけた。
シュイーンと音をたてて飛ぶ50円玉は、男のコメカミに直撃する。狙い通りだ。
「痛てぇ。誰だ。こんなことするアホは」
男は一瞬、狼狽えた後、50円玉が出てきた方を見る。
俺は、男の虹彩に、俺が映ったのを確認した。正々堂々と正面から殴り飛ばすために。
「なるほど。50円玉を投げてきたのはお前か。見たところ、このブスの知り合いのガキみたいだな。多少は、鍛えてるようだが……まあいい」
男はサクラを離すと、スーツの袖の中に隠してあった、金属バットを取り出し、俺に向かって振り上げた。。
「その格好で50円玉投げるってことはァ、"乱入"ってことでいいんだよなァ」
俺は素早く懐に入り、鳩尾に正拳突きを入れる。
「それくらい拳で見極めろ」
完璧に決まった。
はずだった。
「軽いんだよ!お前の突きはよォ!」
男の振り上げたバットが、俺の脳天を叩きつけた。俺はその衝撃で、膝をつく。
その時、俺はひどい違和感を感じた。
全力で急所をついたのに、男はダメージを食らっていない。
この時、俺は、吸血鬼が太陽の下では、力が出ないことを思い出した。
迷っていても仕方ないので、俺はしゃがんだ体勢から、そのまま男の金的に向かって、波導燕墜拳を放つ。
傍から見れば、ただのジャンピングアッパーカット。だが実際は、生前、最も多くの強敵をマットに沈めた、いわば必殺技。
いくら拳が弱体化していようと、急所を磨き抜いた必殺技で破壊すれば、どんな敵をも打ち砕く。
「波導燕堕拳を破らぬ限り、お前に勝ち目はない!」
技の都合上、敵に背を向けて立つ俺。
沈む夕陽を眺めていると、手に湿った生暖かさを感じ、拳に目をやると、何とは言わないが真っ赤に染っていたのだった。
振り返ると、男は股間に手を当てて、前のめりに倒れていた。
「あの、バットで頭殴られてましたけど、大丈夫ですか?」
先程まで静かに泣いていたサクラが、俺の元に来た。
「ああ、俺は石頭だから問題ない。だが、手を洗う場所が欲しい」
「あっ、だったら家の近くに来ませんか。もうそろそろ太陽も沈むことですし」
俺は、サクラの声のトーンが、少し高くなったことに気づいた。顔を見ると、さっきまで、頬打たれて泣いていたとは思えない、大人の色っぽさがあったのだ。
「そっ、そうか、世話になるよ」
俺は、何の気なしに家へ向かうことにした。
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