第2話 地獄も現世も金次第
「現世に戻ってきたことだし、資金調達してくるわ。あんたには汚くて嫌かもしれないけど、ここで隠れて待ってなさいよ」
フードコートを着ただけの変質者スタイルの女は、俺を路地裏に残して、繁華街へと出ていった。
一人になった俺は、ふと捨てられていた新聞に目を向ける。すると、この世界が自分のいた世界とは少し違うことに気がついた。
「2020年……なるほど。俺が死んだ時は確か1990年だったから、ここは30年後の世界か。あの世と現世じゃ、ラグが酷いんだな」
俺は、そのまま新聞を読むことにした。未来に来てしまった以上、情報を収集して現代に対応しなくてはならないから。
そして、その栄えある現代で、一番最初に読んだ、新聞の見出しはこうだ。
"SNSで飛び交う隠語。気軽に援助交際が出来る時代に"
最初は言っている意味が分からなかった。
SNSというのが、なんの略称か分からないし、何より援助交際なんてものは身近に存在しなかったからだ。
しかし、ちゃんと読んでみると若い娘が金銭や家庭の問題で困窮し、携帯電話等で、連絡を取りあったパトロンと、性交渉すること、と書いてあった。
「なるほど、携帯電話の存在は、知ってはいたが、ここまで浸透してるとは……。それに、俺は中学までしか学校には行ってないが、家庭に問題がある子供は、男女問わず不良になってたもんだ。不良がカツアゲで稼いだ金で、毎日のように用心棒として雇われていたな……。
時代は変わったというわけか」
しばらく俺が感傷に浸っていると、フードの女が帰ってきた。
「コイツを倒してくれたら、私、皆の言うことなんでも聞いちゃうんだから!」
女は俺を指差した。
すると、ニタニタ笑う女の背後から、自らのことを半グレと自負する、お世辞にも品がいいとは言えない風貌の男達3人が、肩を揺らしながら、俺を囲むようにして狭い路地裏に入ってきた。
「お兄さん聞いたよ?酷いことしたんだって」
「女の子泣かせちゃダメでしょー。まあ、あんな不気味な女どうでもいいけど」
「まあ、とりあえず土下座しなよ?クズ男くん」
この突然訪れたピンチに、俺は遠くを見つめた。この経緯を回想をしていたのだ。
さっきまで三途の川にいて、女を助けたら、その女が俺を悪者にして、よく分からない男3人が俺を囲む。
回想終わり
女が不気味なほど笑顔だったのを思い出した。俺は女の意図を完璧に理解した。
「分からないな」
「んあ?てめぇ聞こえねえくらいの声で分からないって言ったか?」
「笑えない冗談言うねぇ。"理解"るでしょ?3人に勝てるわけないってことくらい」
「分かったら早く土下座して俺様の靴でも舐めてろや。この雑魚が」
半グレの1人が俺の髪の毛を掴み、地面に叩きつける。
それと同時に、俺の心が大きく高鳴った。
1度死のうと、時代が移り変わろうと、また戦う理由ができたからだ。
地面に叩きつけられた俺は、受身を取って、そのまま3人の足を薙ぎ払う。
バランスを失い倒れた3人に向かって、俺は指を差して挑発をした。
「どうした?このままじゃ俺が勝つぞ」
俺はこの瞬間に、頭の中で勝ちパターンのシュミレーションをしていた。
相手の起き上がりと、同時にジャンプ。その瞬間に、1人の頭を蹴飛ばし、落ちる時にもう1人の鳩尾に蹴り。
そして残った1人を背負い投げで仕留めて終わり。どんな状況にも対応出来る完璧な算段だった。
圧倒的実力差を前に、相手が何もせずに逃げる場合を除いて。
「「「うわぁぁぁバケモノだ!」 」」
抜けた腰を引きずるようにして逃げる3人。
すると、さっきまで、か弱い女のフリをしていた女が俺に詰め寄った。
「アイツらをボコボコにして、有り金奪おうって作戦なのに、逃がしてどうすんのよ!」
「そんなことは分かってるよ。でも戦う意思が無いのに、追撃するのは格闘家がやることじゃねえ。本当はもう少しやりたかったんだけどな」
久しぶりの戦闘が、嬉しかった俺は、笑みを浮かべた。しかし、彼女的には、俺の笑顔が少々ムカつくようで、少々ヒステリーになっていた。
「何バカなこと言ってんの!お金なかったらこの世界生きてけないのよ!アンタみたいな戦うことにしか能がない奴が生きていける世界じゃないの!」
「まあ、落ち着けよ。プランも無しに、お前の芝居に付き合ったわけじゃねえ。お前は用心棒のバイトをしていた、生前のショウ・マツザキ様に感謝すべきだな」
俺はさっきの3人からスった財布を女に見せつけた。
「用心棒は歩合制なんだ。だからボーナスはちゃんと貰えるとこから貰わねえとな」
ドヤ顔でポーズを決める俺。
しかし、女はそんな俺に目もくれず、財布を奪い取ると、中にあるお札とクレジットカードを抜き出した。
「これ、朝までやるよ」
本当に俺たちは、男を呼んでは、ボコボコにし続け、気づけば2人のポケットの中は、巻き上げた金とカードでいっぱいになっていた。
そして朝日が昇り、吸血鬼になっている俺たちは、繁華街のホテルへ避難した。
カーテンを締め切り、真っ暗闇の室内。俺はベッドに横になり天井を見つめ、野暮用を済ませに行った女を待つ。
「ただいま。流石に、吸血鬼の身体だと、太陽が昇っている時は体が不自由ね」
「今からどうするんだ。いくら金があっても、活動できる夜が終わってしまえば、俺たちは何も出来なんだろ?」
「そうかしら?昔は、金があってもどうにもならなかったけど、今は違うわ。ほらコレを使いなさい」
女はフードのポケットの中からチューブを取りだした。パッケージには日焼け止めと書いてある。
「技術の進歩って凄いわよね。金で不可能が可能になるんだから。塗り終わったら教えなさい」
不敵に笑う女。
俺は悩んだ。俺の知ってる常識ならば、日光に下では吸血鬼は生きていけない。
しかし、
「無くなったからもう一本くれ、あと背中にも塗ってくれ」
俺は道着を脱ぐと、ベッドの上で胡座を組んで、女に背中を預けた。
「体が大きいってのも手が掛かるわね」
女は、仕方ないといった雰囲気でため息をつき、日焼け止めクリームをつけた手で背中に触れる。
「信頼出来る奴にしか背中は預けない。俺の名前はショウ・マツザキ。享年は17。いわゆる暗殺拳を使う闇の格闘家だ」
「ふーん。」
自己紹介には興味がないようだったが、女は異様に慣れた手つきで、俺の背中にクリームを塗る。
そして、俺の背中を塗り終えると、逆に、女は服を脱ぎ始めた。
「今度は私の背中もお願いね」
美しい髪から覗く妖艶なうなじ、華奢な体に病的なまでに透き通った白い肌。そして程よい質量を持った臀部。
俺が振り返ると、そこにはこの世のものとは思えない姿があった。
「私も自己紹介するわ。って、何?顔を赤くしてんの?ショウってまだ坊や?」
「そんなことは関係ないだろ。ほら、前を向いてろ」
俺が、純潔であることを知って、笑う女。俺は、何も考えず、無心で背中を塗ることにした。
「私の名前は愛梨。名字は変わりすぎて覚えてないわ。享年は29。仕事は昼にOL、夜はヘルス嬢をやっていたわ。まあ、坊やには分からない世界ね。母も風俗で働いていて、家には私の他に1人の……ショウ?手が止まってる」
手が止まってる。そう言われた時、既に、背中は塗り終わっていた。しかし、ショウは終わったとは言わなかった。
「まあいいわ。日焼け止めは、陽の当たる部分に使えば、ある程度の効果は見込めるし。それじゃあ貴方に見せてあげるわ」
「何を」
「神の光よ」
女は勢いよくカーテンを開いた。
窓の外にあったのは、太陽に照らされた、人に溢れていたはずの街。
その世界はあまりにも、汚れていて、そして寂れていたのだ。
「この街は私たちと一緒なの」
太陽に照らされた女の裸体は、ギリシアの彫刻のように美しく。その美しさが、手首に刻まれた痕を痛々しく引き立ててしまっていた。
「神の光の前で霞んでしまう、けど悪魔が創る闇を照らす」
「何が言いたいんだ」
「これが私の帰ってきた理由よ。最後にショウにいいことを教えるわ。太陽の下では動けはするけど力は出ないわよ」
そう言うと女は服を着始めた。
「おい、待てよ。最後ってどういうことだよ。俺はどうやって生きていけばいい!」
「そんなの知らないわ。元は他人同士、お互いとやかく言いあうことではないでしょ?でも、お礼に童卒くらいはしてあげてもいいわよ。」
着替えた女は、冷たい眼差しをこちらに向けると、手を筒状にして縦に揺らした。
俺は、何も出来ないという現実を、静かに認めることしか出来なかった。
「確かに……お前の、愛梨の言う通りだ。同じ星の元に産まれたなんて言葉もあるが、(30年前に死んだ)俺と、(29歳の)愛梨じゃ、1度でも同じ空の太陽を見たことは無い、一緒にいる義理だってない。だが俺もお前も闇に生きる物怪。自ずと出会う。その時はお前に背中を任せたい」
「勝手にしなさい」
女の言葉は恩人に向けられたものとは思えない程に冷たかった。
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