第29話 孤影の窮地

「朝弘、どうする。このままだと、まじで木下が殺されるって」

 木下が連れていかれてすぐ、魚沼は、手をひらげ、朝弘に詰め寄った。朝弘は、視線を落としたたずんでいる。周りにはクラスメイト達が集まり垣根を作っている。


「今は動けないって。俺たちだけじゃ、絶対勝てない」

 朝弘は、魚沼に視線を移し呟いた。


「だったら、木下殺されるの待っとくのかよ。なんか方法あるだろ?」


「ないよ。あいつを助けようと思ったら。俺たちが死ぬだけだ」


「はっ。見殺しにすんのかよ。冗談だよな?」

 魚沼は、目を見開き、頬を震わせている。彼に言われ、朝弘は、口をきつく結んだ。


「どのみち何もしなかったら俺たちは死ぬだけだろうが。いつか、動くんだったら、今じゃねえのかよ」

 魚沼は、まくし立てる。彼の立場ならそう思うのはもっともだ。どのみち、行動を起こすのであれば、木下を助けれる可能性がある今がいいに決まっている。だが、彼は知らない。あと数日すれば、綺堂茜が、神田麗美と話をつけてくれる。一瞬、朝弘は、そのことを彼に話そうと考えた。

 しかし、クラスメイト達が自分を取り囲んでいる。この場では言えない。俺が、話したせいで計画が失敗に終わることは、決して許されない。


「今はだめだ」

 朝弘は、そう言うことしかできなかった。魚沼は、大きく息を吐いた。


「わかった、もういいよ。俺だけでもやってやるよ」


「ちょっと待てって」


「何だよ。俺らに死ぬまでおとなしくしておけっていうのかよ。俺だって、おめえのこと信じてえけど、もう分かんねえよ」

 彼は、朝弘から視線を逸らした。そして、少しの間、沈黙が続いた。


「てか代々木ってさ、本当に私たちの事助ける気あんの?」

 そう言ったのは、水井雪だ。2年2組の女子生徒である。腕を組んでこちらを睨みつけている。

 異世界に来る前から、クールで笑っているイメージがない。普段から、学校に化粧や香水をつけてきていてギャルっぽい印象がある。それに、朝弘は、彼女が苦手だった。というのも、彼女は自分を蔑んでいたからだ。

 それは態度に出ていたため、よくわかった。異世界に来る前だ。朝弘が彼女の通り道にいたら、決まって舌打ちをされ「邪魔!!」と言われた。よく覚えている。彼女が自分を見るときの目は、決まってごみでも見ているかのようだった。

 それ以外にも、細かいことを言えば、たくさんある。だけど、それだけで十分だ。自分が彼女にとって、どれほど矮小な存在であるかというのが痛いほどわかった。 


 言葉を返せない。今あるといっても、彼女は、納得しないだろう。いや、彼女だけではない、クラスメイト達が、自分を見ている。


「てかさ、あんたさ。もともと、そんなキャラじゃなかったじゃん。異世界に来て、調子乗ってんんじゃないの?」

 朝弘は、いや、とつぶやいた。どうしても、学校でのことが蘇る。すると自然と声が小さくなった。


「魚沼優しいからさ、あんたに気使ってるかもしんないけど。斎藤いたら、あんたなんてボコられてるよ」


「いや、そんなんじゃねえって」

 魚沼は、首を掻きながら視線を逸らしている。


「信用できないんだよね。食べ物だって、魚沼が持ってきてくれてたわけだし。代々木は、自分の分だけ食べてたわけでしょ。最低じゃん」

 周りの女子たちは、控えめに、うなずいた。みんな、彼女と同じ意見のようだ。


 朝弘は、言い返せない。言葉が出てこなかった。しばらく、じっと黙り込んで彼女の言葉を聞いていると、

「何あんた、朝弘のこと何も知らないでしょ」

 立ち並ぶ女子生徒の垣根から今井咲が飛び出してきた。朝弘の前で踵を返すと、水井雪の真正面に立つ。


「うるさい知るわけないでしょ。あんたみたいに、そいつにこび売って、食べ物貰ってないんだからさ。私たちは、命かかってんの。どけよ」

 水井雪は、今井咲を押すと、朝弘の目の前まで、ずかずかと歩み寄る。彼女は鋭い目で朝弘の顔を見上げた。


「あんたが、我が物顔でクラス仕切ってんの、ほんと腹が立つ。もう私たち魚沼についてくから。――てか、死にたいならひとりで死ねよ!」

 彼女は、今にも胸倉をつかんできそうなほどの勢いで激高している。今まで、相当我慢していたのだろう。


 朝弘は、黙りこんだまま、視線を落とした。


 みじめだ。朝弘は、自分のことをそう思った。たしかに、彼女の言うように、自分は調子に乗ってたのかもしれない。異世界に来て、自分にできることがあって、ようやく、本当の意味でクラスメイトになれた気がしていた。みんなが自分を頼ってくれていると思っていて、それが心地よかった。でも、結局自分の器ではなかった。自分は、いつものようにクラスの隅でおとなしくいればよかったのだ。


「ちょっ。うそうそ、ゆき、やめよ。朝弘君だって、みんなのこと考えてくれてるってば」

 矢田舞は、二人の間に割って入った。彼女は、クラスメイトを見回すと、口を開く。


「ほらみんな、怖い顔してる。やっぱり、お腹が減ると、いらいらするよね」

 彼女は、目をひらげ愛嬌のある笑顔を浮かべた。おそらく場の空気を和ませようとしているのだ。昔からの彼女の癖だ。朝弘が清弘と喧嘩した時、よく彼女がわざと馬鹿なことをして、気を引こうとしていたことを思い出す。


 しかし、クラスメイト達の表情は固く変わらない。一様に目をとがらせている。


「舞さ、こんな奴のどこがいいの。あんたの趣味疑うわ」

 水井雪は、そう吐き捨てると、踵を返し女子生徒の垣根に入っていった。


「そんなんじゃないよ」

 矢田舞は、沈鬱な表情を浮かべると下を向いて、首を振った。


 クラスメイトたちは、続々と朝弘のそばから遠ざかり、体育館の床に腰を下ろしていった。


「朝弘?」

 今井咲は心配げに、たたずむ朝弘の顔を覗き込んでくる。


「大丈夫だよ。気にしてない」

 朝弘が言うと、彼女は頷いて、彼のそばを離れた。


「俺、お前のこと見直してたけど、木下見捨てるんはねえわ」

 男子生徒の一人が、吐き捨てた言葉が耳に突き刺さる。


 朝弘は、体育館の壁にもたれて座り込んだ。木下は、馬鹿だったけど、面白くていいやつだった。何故だか、よく自分のことをライバル視してきていた。そんなことを思い出す。


「木下ぁ……」

 朝弘は、言葉にならぬほどの声でひとりごちた。



 それから1時間ほどが経った。クラスメイト達は、交代で眠っており、今も3分の1ほどの生徒が、体育館の隅で眠っている。その中にはパーナマもいた。彼女は、体育館の壁に座り、目を閉じている。その姿は、フランス人形のようである。


 起きている生徒は、魚沼を中心に集まり、こそこそと、反乱の計画を話し合っている。今井咲も、反乱には賛成のようでそれに加わっている。


 一方、輪から外れて朝弘は、肩見の狭い思いで座っていた。隣には高樹がいる。


「あいつら、本気で脱走するみたいだな」

 高樹に問われ朝弘は、ああ、うん、と短く答えた。


「綺堂先輩のこと、言ってやれないのか?」


「言った方がいいのかな……」

 そう言って、ため息を吐く。正直迷っている。本当は、言ってしまいたい。だけど、もし言ってしまっては、計画が破綻する可能性が高くなる。そうなれば、飯田たちに対抗する手段がなくなる。もちろん綺堂茜たちは殺されるだろう。リスクが大きすぎて、安易には決めかねる。


「それは、お前に任せるよ。俺はお前が決めたことに従うだけだ」


「さんきゅー。もう少し、考えるてみるよ」

 少しでもリスクを減らすため。彼らに話すとしても、ぎりぎりまでは、黙っておくつもりである。


 と、その時である。三人の見張りの生徒が、体育館の入り口から入って来て、こちらに歩いて来た。一人が女子生徒で、二人が男子生徒だ。腰には、見張りにだけ与えられた長剣がぶら下がっている。


 魚沼達は、計画の話を辞めて見張りの生徒の方を見た。


 見張りの生徒は、まっすぐにこちらを見ていた。自分たちに用件があるのは間違いないだろう。やがて、体育館の隅、朝弘たちがいる一画まで来ると、立ち止まり指をさす。


「おまえだ、ついて来い」

 そう言って指をさされたのは、水井雪である。


「えっなんでよ。私何もしてないでしょ!」

 彼女は、立ち上がるとすごい剣幕で怒鳴った。


「いいから来い」


「嫌!」

 水井雪は、毅然とした態度で断る、全くついていく気配がない。すると、見張りの男子生徒は二人、顔を見合わせると、次いで同時に水井雪の制服を掴み力強く引っ張った。

 それでも、彼女は抵抗するため、シャツが伸び、ボタンがちぎれ、体育館に散らばった。


「放してって!」

 彼女は、絶叫する。だが男子生徒の力は強く、引きずられるようにして体育館の出入り口まで連れていかれ、やがて姿が見えなくなった。


 クラスメイト達は、唖然である。


 だが、そんなことがあったというのに体育館の生徒たちは、全く無関心であった。というのも連れていかれる生徒は多く、珍しいことではなかったのだ。中には、抵抗した男子生徒がその場で斬られたこともあった。血があたりに飛び散り、その時は、さすがに体育館内に悲鳴が響いていた。


「なんで連れてかれたんだ?」

 高樹が尋ねて来たのに、朝弘は首をかしげる。さっぱりわからない。朝弘の記憶では、彼女は規約を犯していなかったはずである。


 クラスメイト達も、その話でもちきりである。


 そして、しばらくすると、体育館の入り口から、水井雪が現れた。制服のシャツは全開で、中の黒いTシャツがあらわになっている。髪はぼさぼさに乱れていた。


 その後ろには、見張りの生徒と、小町由香がいた。


 水井雪は、小町由香たちに促されるようにして、こちらに歩いてくる。


 やがて、クラスの前まで来ると、彼女は腕をあげ指をさした。その指先を見つめ、朝弘は息を呑んだ。その指の先にいたのは、パーナマであった。


「あの子が異世界人」

 そう言った後、水井雪は、ごめん、と冷めた声でつぶやいた。


 すぐさま小町由香は、パーナマのもとに歩み寄る。パーナマは座っており、彼女を見上げた。


「日本語解りますか?」

 小町由香に問われ、パーナマはコクリとうなずいた。


「ついてきてもらっていいですか?」

 パーナマは、一瞬朝弘をみると、視線を戻し、また小さくうなずいた。彼女はおとなしく立ち上がり、警備の生徒に連れていかれる。

 次いで、小町由香は朝弘のもとまできた。体育館の隅に座っている朝弘を見下ろし、彼女は、白けた表情で口を開いた。


「せんぱーい。今どんな気持ちですか?」

 彼女の顔は、体育館の照明の影になっている。朝弘の顔に近づくように、上体を前に倒している。


「あの子、どうするんだよ?」

 朝弘は、彼女を睨みつける。


「それは先輩次第ですよ。わたし今から、見張り後退して3時間ほど眠るんで……。起きたら呼びますからちゃんと来てくださいね? わかりました?」

 小町由香は、そう囁くと、踵を返し体育館を出て行った。


「はぁ……」

 朝弘は、頭を抱え大きく息を吐いた。


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