第27話 犠牲


「これ以上は、もうやめましょう」

 時任は、倒れた朝弘に肩を貸す。


 朝弘は、無抵抗で時任に殴られ続けた。というのも、彼らが朝弘を連れ出した理由を、異世界人についての拷問という名目にするためであった。もちろん、今にもその場で殺しそうなほどの、演技をしておいて、無傷で帰るわけにはいかない。それどころか生きて帰ることすら疑われるに違いない。そのため、急遽、朝弘が拷問という体をとることを提案したのだ。


 朝弘は、顔をはらしている。制服のシャツは、森の黒い土で汚れている。


「そうよ、もう十分よ。それに、申し訳ないけど。代々木君にも戦ってもらわないと、勝てないの。戦う前から傷ついてほしくないわ」

 綺堂茜は、心配げな表情で、朝弘の顔を覗き込むようにした。福山は、近くの木の根に腰を下ろして、退屈そうにしている。


「はい。でも、こんなんじゃ、疑われる。もっと派手に頼む」

 朝弘は、時任に肩を借りて立ち上がると、彼から体を離し彼を見た。万が一でも、計画に支障が出る可能性を潰しておきたかった。そのためには、誰が見ても、自分と時任たちが仲間であることを疑わないほど、徹底的に暴行を受ける必要がある。疑うことすら、ばかばかしくなるほど。


 時任は、わかりました、と渋々と承諾した。



 そして、それを終えての校舎への帰り道。校門の前で、飯田たちと鉢合わせたのだ。飯田は、時任の事情を聞いて、傷だらけの朝弘を見ると、立ち去って行った。おそらく、朝弘の、考えは功を奏したはずだ。もし生半可な拷問であったなら、彼は、もっと徹底的にやれなどと、叱責していた可能性もある。


 その後、朝弘は、地面に倒れ込んだ状態で、立ち去っていく飯田班の部隊員たちを見ていた。瞼が腫れており、視界は狭い。

 すると、どうしてか、清弘は校門へと向かわずこちらに近づいて来た。


 清弘の事だから、喧嘩でも売りに来たのだろう。だが、今は、体中の怪我がひどく痛む。これ以上、何もしてほしくなかった。


 清弘は、朝弘のそばまで近づくと、こちらを見下ろす。


「どうかしましたか?」

 時任が声をかけた。


 すると、清弘は、いや、と言って踵を返し、校門へと帰っていった。何をしようとしていたのか、朝弘には彼の心意が読めなかった。


 その後、彼と交代に、小町由香が近づいて来た。


「ほんと、あなたたちのせいで、小町死ぬところでしたよ」

 彼女の語勢は荒く。頬をふくらませて、なぜかひどく腹を立てているようである。

「代々木さんでしたっけ? 立てますか?」


 朝弘は、ゆっくりと頷くと、じんじんと痛む体を起こした。


「じゃあ、後は頼むな。時任行くぞ」

 福山が、そういうと、時任は、はい、と返事をして校門へと入っていった。


「ついてきてください」



 体育館へ入ると、すぐに入口まで高樹が走ってきた。体育館の端では、クラスメイト達が立ち上がりこちらを見ている。


「大丈夫か?」

 高樹は、朝弘に肩を貸し、並んで歩く。体育館内は、あちこちで生徒同士が喧嘩しているため、がやがやとうるさい。


「ああ、それより、飯田たちと戦うめどが立った」

 朝弘は、小声でささやいた。綺堂茜に、口外を禁止されているが、高樹は、信頼している。彼には、話ておいても大丈夫だろう。


「本当か。いつなんだ?」

 朝弘と高樹は、体育館に横たわる生徒たちの足を踏まぬように、ゆっくりとクラスのもとへと歩いていく。クラスの先頭で魚沼や今井咲が、立ち上がりこちらを見ている。


「おそらく、3日後だ。詳しくは、また話す。このことはクラスメイトにはもちろん、今井達にも黙っててくれ」


「おお、わかった」

 高樹は、うなずいた。


 体育館の端まで来ると、今井咲が駆けてきた。


「ひどい、腫れてる。痛いでしょ? すぐに痛み取ってあげるから待ってて」

 そういうと、彼女は朝弘の両頬に手の平をつけた。すると、じんじんとした痛みが、すっとなくなっていく。

 いつの間にか、クラスメイト達が、朝弘の周りを囲んでいた。


「代々木君大丈夫?」

 心配の声が、次々にささやかれた。朝弘は、その声に、頷いて返した。


「ひどいな。誰にボコられたんだ?」

 魚沼は、語勢を強めて訪ねてきた。


「福山先輩と時任だよ」


「それって、たしか、元々板尾班にいた奴だろ? どこまで腐ってやがんだ」

 魚沼は、舌打ちをする。

「んで、いつやり返すよ?」

 魚沼は、朝弘の耳元でささやく。


「今は、無理だ。もうちょっと待ってくれ」

 無論、数日後には、反撃のめどは立っている。だが、ここでそれを言う訳にはいかない。彼を信用していないわけではないが、リスクを考えて、高樹以外には言わないと決めていた。


「おお、そらそうだよな、こんな体じゃ。でも、長くはもたねえって。悪いけど、今日中には、これからの事、決めてくれよ」魚沼は、クラスメイトたちを見た。2人ほど、衰弱して、横たわっている。体はやせこけて、身動き一つしない。水分は、動ける者にコップで飲ませてもらっている状態だ。


 体育館での生活に入って、まだ2日目だが、この生活に入る前から、食事はぎりぎりだったのだ。無理もない。これでも、他のクラスの生徒と比べてまだましな方だ。すでにほかのクラスでは、半分ほどが衰弱して横たわっているだけの状態になっている。これも、魚沼が、周りの目を盗んで、生徒たちに食料を配っていたおかげだ。一応、朝弘は魂貨を持っているが、外に出なければ、使用できないため、クラスメイトに食べさせてやることはできなかった。それにそもそも、これだけの目が合っては食料を配ることは不可能である。


 朝弘は、魚沼の頼みに返答することが出来なかった。


「俺らが周り見とくから、奥の方で寝とけ」

 高樹は、そういうと、肩を貸した状態で、体育館の壁際まで朝弘を運んだ。

 朝弘は、壁際に寝転んだ。すぐそばには、女子たちが固まっているスペースがある。

 しばらく、うとうととして、瞼を揺り動かしていた。すると、隣にパーナマがそっと座った。彼女の動きには、音がなく静かである。


「朝弘様は、いつも傷ついておられます。私は、心配です。どうして朝弘様ばかりが、これほど傷つかなければならないのですか? どうかお体ご自愛ください」


 朝弘は、パーナマの顔を見返した。彼女は、しおらし気に瞬きを繰り返す。朝弘は、軽く頷くと、瞼を閉じた。強烈な眠気に身を任せた。最近物思いにふけって、よく眠れていなかったのだ。



 体育館での生活に、決められた消灯時間などない。四六時中と、体育館の明りはつけられたままだ。おそらく、闇に乗じて、森へ逃げられるのを嫌ったのだろう。


 朝弘が目覚めると、なにやら、クラスの男子が誰かと揉めているようであった。体を起こし、よく見ると相手は、5人ほどの男グループだ。おそらくDグループの生徒である。Eグループは上着を取り上げられており、彼らが上着を着ているため、一目でわかった。



――――生存序列法による階級別の服装


 所属グループによって、服装を制限する。


 Aグループ 服装は自由。


 Bグループ 黒のローブ。原則着用。


 Cグループ グレーのローブ。原則着用。


 Dグループ 制服の上着。着なくてもよい。しかし、食料配布の時、着用義務。


 Eグループ 上着類の着用を禁止する。


――――


「おい、隅で固まってないでこっち来いよ」


「ちょっ。やめろって」

 クラスの男子生徒が、女子たちを守るようにして立ち塞がっている。だが、彼らは、お構いなしで、隅に固まる女子生徒に話しかける。


「あっ、俺、あの子タイプだわ」

 彼らの一人が、パーナマを指さした。

「どれだよ。おっ、まじか、あんな生徒いたっけ?」

 そう言った生徒が、2年2組の男子生徒たちを、押しどけて女子生徒たちの方へ寄っていった。背の高い生徒だった。髪の毛は長髪で、目は切れ長である。

 やがて、角で座っているパーナマの前まで来ると、無理やりに手を引っ張った。


 朝弘は、声をあげようとしたが、躊躇した。今、事を荒立てたくはなかった。どうにか穏便に済む方法はないだろうかと考える。


「こっちこいって。どうせ死ぬんだぞ」

 長髪の男子生徒は、嫌がるパーナマの手をさらに強引に引く。


「やめて……。ください。私は、ここにいたい。……です」

 パーナマはたどたどしい日本語で、そうつぶやいた。発音は少し不自然であったが、気にはならないほどである。彼女は、朝弘たちとの生活の中であるていどの日本語を理解していた。


「ちょっと。やめなって」

 今井咲が、パーナマと長髪の男子生徒の間に割って入った。


 と、その時だった、長髪の男子生徒は、ものすごい勢いで壁際にたたきつけられた。動いたのは木下である。木下は、壁際で男の胸倉をつかんでいる。


「おい。俺も触ったことないんだぞ」

 木下は、顔を真っ赤にして悲痛な叫びをあげる。


「木下ぁあ!」

 男子生徒たちが一斉に、彼に憐みの言葉を放った。


「おい、お前、何してるかわかってんのかよ? 俺は、Dグループなんだぜ」


「それがどうしたよ。なあ、お前こそ、今なにしたのかわかってんのかよ?」


「イキがんなよ。下の階級の奴が、上の奴に危害を加えた場合、死刑って会長が言ってんだろうが?」

 飯田の取り決めた、生存序列憲法の規定では、下の階級の者が、上の階級のものに危害を加えた場合、即刻死罪である。

 実際に、この体育館での生活になってから、上の階級の者に手を出した生徒が数人、体育館から外に連れられている。

 その際、体育館のスピーカーから、暴行を確認したという主旨の声がかけられる。それからすぐに、警備の生徒によって連行されるのだ。いまだに、連れていかれた生徒たちが帰ってきていないことから、死罪は脅しではないのだろう。


「えっ、まじ?」

 木下の様子がおかしい、どうやら、会長の話を聞いていなかったようだ。しかし、彼は、一瞬パーナマの方を伺うと、うなずいた。

「今更そんなこと言われたってよ、もう引けねえだろ」


「なら殴れよ。どうせ殴れねえんだろ」

 男子生徒は、憎たらしく、頬を指さした。


「やってやるよ」

 木下は、握りこぶしを振り上げた。


「おいやめろって」

 朝弘は、立ち上がり、木下を止めようと駆けだした。だが、遅かった。彼の拳は長髪の男子生徒の頬に放たれた。

 長髪の男子生徒は、殴られた方向へ首を曲げて片眼をつむっている。


 周りの生徒達は、静まり返った。そのため、体育館の一画に、全く無音の空間が出来上がった。


 それからほどなくして、スピーカーにノイズが走る。

「見てましたよ。えっと、壁際の生徒です。その、特徴がないですね。えっと、髪の長い人殴った生徒です」


「はい。死刑、決定」

 長髪の男子生徒は、口角をあげて、卑しく笑った。


 朝弘は、ただ、たたずんだ。最悪だ。木下が殺される。綺堂茜との約束の日まで、無論クラスメイト全員が生存した状態で迎えたかった。だが、それには、ある程度の許容が必要である。傷つくことも覚悟していたし、女子生徒が襲われることもあるだろうと踏んでいた。ただ、命さえあればいいと、思っていた。それなのに……。


 すぐに、3人の警備の生徒が、やって来た。彼らは、どの生徒だ、と殴られた生徒に尋ねている。長髪の生徒は、迷わず木下を指さした。

 木下は、今になって事の重大さを自覚したのか、呆然自失としていた。


 警備の生徒に、促され、体育館の入り口に、向き直った木下は、怯えた表情で、真後ろにたたずんでいた朝弘を見た。

「代々木。俺死にたくねぇよ」


 朝弘は、彼の、助けを求めるような眼差しから視線を逸らした。彼にかけてあげる言葉が見つからなかった。


 ――おそらく、こうなってしまっては、木下を救うことはあきらめなければならないだろう。


「おもろ。眠いし、少し寝たら、また来るわ」

 長髪の生徒は、そう言い残し、仲間と一緒に立ち去って行った。

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