第25話 一縷の活路


「ようやく、板尾をしまつできた。しかし、上手いこと事が運んだ。お前たちのおかげだ。何でも言え、欲しいものがあればくれてやろう」

 飯田は、上機嫌に椅子を揺らし校長室の机に脚を載せている。その前には、時任と福山が並んで立っている。


「いえ」

 時任は、うつむき首を振った。

 

「俺は、約束通り、自由に行動させてもらえればそれでいい」

 福山は、言った。


「ああ。いいだろう。好きにすればいい」

 と、同時、校長室の扉がノックされる。飯田が、入れと、短く言い放つと、木製の重厚の扉は、両開きに開かれた。

 扉から現れたのは、春日部梓である。彼女は、両手にぶ厚いファイルを抱え込み、飯田のそばに近づいた。時任たちは、場所を譲るように、部屋の隅に移動する。


「大方の仕分けは終わりました。ですが……。一つ問題が」


「何だ、言ってみろ?」


「神田班が、教室の移動に応じず。呼びに行ったものが追い返されました」


「ふん。まあ今は、放っておけ、あいつらのことは後回しでいい。それより、綺堂と斎藤だ。どこかにいるはずだ、なんとしても見つけ出して俺の前に連れて来い」


「かしこまりました。あと、2年生の件はどういたしましょう?」


「2年?」


「2組と4組に、我々に黙って、森へ出ていたメンバーがいます。異世界人をかくまっているというはなしもききますが」


「ああ、俺が殺し損ねたやつか? どうでもいいが、抵抗するなら殺してしまえ。異世界人は、本当にいるというのなら探し出して、ここに連れて来い」


「わかりました。小町と梶岡にそう伝えます」


「浅山は?」


「あの男は、また、ふらふらと。どこにいるかわかりません」


「呼び出せ、明日は、すこし森の奥へ進行する」


「では僕たちはこれで」

 時任は、彼らの会話がひと段落したのを狙って、口を開いた。


「ああ」

 時任たちは、踵を返し、ドアから外に出ようとする。が、呼び止められた。


「そうだ。これ俺に似合うか?」

 時任は、振り返り飯田を見た。彼はそれを見て、息をのんだ。

 飯田は、眼鏡をかけ笑っていたのだ。そして、まちがいなくその眼鏡は板尾会長のものである。


「それって」

 時任は、動揺して言葉が出てこない。


 彼が、言葉を詰まらせたのを見て、とっさに福山が口を開いた。

「やめとけ、似合わねえよ」


時任たちは、校長室を出ると、廊下を歩く。福山は、大きな口を開け、あくびをした。

「自由は、いいが。やることねぇと暇だな。飯まで寝るか」


「でしたら、少し付き合ってもらえませんか?」

 時任は、神妙な表情である。


「なんだ、どっか行くのか?」


「はい少し森に」


 二人は階段を降り、靴箱で靴を履き替えると校舎を出た。


 森の中を30分ほど歩き、たどり着いたのは以前まで板尾班がよく狩りを行っていた場所である。


 ここは、板尾会長が殺された場所でもある。


 そこには、当然、放置されたかつての仲間たちの死体があった。それを見て時任は呆然と立ち尽くす。


 時任が、この場所に来るのは、板尾が殺されて以来初めてのことだった。あたりには、人が腐敗した異臭が漂っている。


「酷いな」

 福山は、制服で鼻を覆うようにした。


「あ゛ぁあああ」

 時任は無残に転がる会長の生首を見つけると、消え入りそうな叫びをあげ、その場に膝をついて崩れ落ちた。


「悲惨だ。ひどすぎる。でも、僕が、殺したようなものですから。きっと、僕が彼らに寝返らなければ会長たちは生きていました」

 時任は、両手で自分の頭を抱える。彼の声は、震えている。


「なんだ? 後悔してるのか?」


 時任は顔をあげ福山を見た。

「当然でしょ。こんなことになるんて思わなかったんですよ」


「お前のせいじゃない。あいつは、どう転んでも板尾を殺すつもりだった。一緒にいれば俺らもいずれ死んでいた。死ねば後悔すらできない。俺らは間違っちゃいない」


 その時だった、低木がさわさわと揺れた。二人は、とっさに振り返り、その方向を見た。

 草木をかき分けてこちらに現れたのは、綺堂茜だった。彼女は、大木に手をつき、鋭い眼光でこちらを見つめている。服は汚れ、肌は泥だらけである。


「時任君と、福山君ね。久しぶり」


 時任は、あっけにとられている。


「あら、死人を見るような目ね」


「やっぱり生きてたんですね。でも何故、でてきたんですか?」

 福山と時任は、身構えた。彼女と斎藤が、あの日から姿をくらましていることは、すでに周知の事柄である。それは利口である。今の現状飯田に従わなければ、殺される。それ故、今こうして彼女が姿を現したことに、時任は驚いている。


 彼女は、じっとたたずんで動くそぶりはない。どうやら戦う気はないようである。


 すこしして、時任はすっと力を抜いた。


「福山さん。やめましょう、僕らが戦う理由はありません」

 福山は、うなずくと肩の力を抜いた。それを見て、綺堂茜は口を開いた。


「ありがとう、少し話をさせてもらっていい?」



**********



 朝弘は、体育館の隅で、クラスメイト達と固まっていた。

 女子生徒が、体育館の角で寄り添い、その周りを男子生徒が守るようにして、囲んでいる。そこには、高樹や、今井咲も合流していた。2人もEグループである。彼らにクラスメイトの事を聞くと、2年4組は、グループ同士仲が良くないため、各々で固まっているらしい。


 時刻は、午後1時である。この時間帯は探索部隊がおらず、生徒たちは騒がしかった。


 全校生徒の仕分けが行われてから1日が発つ。体育館は、EグループとDグループの生徒が、共同で生活していた。

 人数は、Eグループの生徒の方が多く200人ほどいるのに対し。Dグループの生徒は約100人である。だが、生活スペースの大きさは同じである。体育館を均等に半分にしてわかれている。舞台右側に、Eグループで。左側にDグループだ。そのため、Eグループの方は、生徒たちの密度が高く、満足にくつろぐことも出来ない。


 さらには、場所以外でも、Eグループは、肩身の狭い思いを強いられていた。

 一部のDグループの生徒が、執拗に絡んでくるのだ。おそらく彼らは、死の恐怖と、閉鎖的な生活が続き、耐えかねるストレスを抱えていたのだ。そんな彼らにとって、今の状況は、それを発散する格好の機宜なのだろう。


 ちょっかいをかけられる生徒のほとんどは、比較的容姿の整った女子生徒だ。おそらく男子は下心からで、女子は嫉妬からだろう。

 男子生徒は、話しかけ口説こうとする。それで思い通りにいかなければ、手を引っ張り自分たちの方へ引きずり込もうとしている。女子生徒は、顔を平手打ちしたり、服を引っ張ったりと、陰湿な暴行を加える。さらに、それをかばったEグループの男子生徒が、集団で暴行を加えられてと、見ていられない。


 今も、ちらほらと、Dグループの生徒とEグループの生徒が揉めている。幸い、今は、2年2組の生徒には被害が及んでいない。2組の女子生徒たちは、隅の方で、うつむくようにしているため、それが効いているのかもしれない。


「ほんと見てられないな」

 高樹はあたりを見回すと、呟いた。彼は、朝弘のすぐ隣に座っている。


「そうだな」

 朝弘は頷いた。見ていられないのは、Dグループの素行もそうであるが、何よりも、ここに居る生徒たちの、絶望した表情である。食べるものを貰えず、死を待つのみ。完全に生きる気力を失ってしまっている。ほとんどの生徒が屍のようで、近くでDグループがEグループの生徒を殴ったりけったりしているさまをぼうっと眺めているのである。


「で、どうするんだ? なんか考えあんのか?」

 高樹は、小声で尋ねる。


「んー、考えてるけどな」

 この問題は、難しかった。朝弘は、あの全校集会から、自分たちが生き伸びる術をずっと考えていた。だが、どうしてもいい方法が思いつかない。

 体育館の出入り口は、常にCグループとBグループの生徒が監視しており。それに、体育館の2階にある音響室には、Aグループである小町由香と、梶岡が、交代で駐在している。この状態で、クラスメイトを逃がすのは、ほぼ不可能だ。確実に、逃走中に殺されるだろう。


 しかし、このまま何もしなければ、必死である。遅くとも1週間以内には、何か行動に出なければ、ならないだろう。



 それから、2時間ほどたった頃、突如体育館のスピーカーから機械音が鳴る。体育館の中にいた生徒たちは、動きを止めた。


「えっとー。2年の代々木朝弘先輩、体育館の玄関口まで来てもらっていいですか?」

 小町由香の声だ。ひどくだるそうな声音である。


 一体、何だろうか。正直、嫌な予感しかしない。飯田と直接の接点はないが、須藤や、浅山が、何かを吹き込んだのかもしれない。もしかしたら、殺されることもあり得る。だが、今は探索時間中で、飯田はいないはずだ。


 クラスメイト達が心配そうに、声をかけて来る。


「なんかしたのか、おまえ?」


 朝弘は、いや、と言って首をかしげると、立ち上がった。体育館に所狭しと寝転がる、Eグループの生徒たちの間を縫って出入口まで歩いた。


 両開きの木の扉を開けると、体育館の玄関口である。そこには、CグループとBグループの生徒が4人、パイプ椅子にすわっていた。


「名前は?」

 背の高い男子生徒が、尋ねて来る。


「代々木朝弘です」


「わかった。ちょっと待っとけ」

 そういうと、男子生徒は、靴箱の裏側にある階段を昇って行った。


 それから数分待たされると、階段から小町由香が降りて来る。そして、その後ろには、時任と福山がいた。あの浅山との一件以来、一度も会っていない。


「この人で、間違いないですか?」

 小町由香は、朝弘を指さした。


「ああ、こいつだ」

 福山は、うなずく。時任は、朝弘の目の前まで来ると、彼を睨んだ。


「当然、わかってますよね。ついてきてもらいますよ?」


 それに小町由香が割って入った。


「だめですよ。勝手に連れ出されたら、由香が怒られます。何か用事があるんでしたら、ここで済ませてください」


「そうですか。でも、ここだと、みなさんの迷惑になるかと思いまして」

 時任は、髪の毛を逆立たせる。


「まあ、そういうことなら仕方ない」

 福山は、朝弘の胸倉をつかむと、後ろに押し倒した。朝弘は、しりもちをつくと彼を見上げた。


「なんですか。その人、殺すんですか?」

 小町由香は、目を丸くする。


「少し因縁がありましてね。すみません、もしかしたら、体育館の電線がショートしてしまうかもしれません」

 時任の体の周りにパチパチと閃光が瞬く。すると、その周りにいた、CグループとBグループの生徒たちは、立ち上がり、体育館の外に出て行った。


「ちょっとまってくださいよ。そういうことなら、外でやってください。面倒はごめんです」

 小町由香は、両手を振ると外を指さした。それを聞いた時任は、力を抜くと、福山を見た。


「だそうです。外に出ましょうか」


「ほらこい」

 福山は、朝弘の体を無理やり起こすと、出入り口の方へ押した。


 朝弘は、背中を押され、体育館から連れ出された。抵抗はせず、彼らの指示に従う。

 やがて森に入り、しばらく歩くと、時任は、朝弘に向き直った。


「代々木さん。お久しぶりです。手荒な真似をしてしまって申し訳ありませんでした」


「いいよ。で、何が目的なんだ?」

 彼らに、殺されるよう筋合いはない。そのため、朝弘は、すぐに、これが自分を連れ出すための演技だろうと察しがついた。


「とりあえず、ついてきてください、すぐにわかります」

 そのまま、10分ほど歩かされると、開けた場所に出る。木の葉からこぼれた月明かりが、まだらに地面を照らしていた。そこから、すこし離れた大木の幹に女性がもたれているのがわかる。


「おい、連れて来たぞ」

 福山が、言うと、女性は、こちらに歩いてくる。やがてそれがだれかわかると、朝弘は、驚いた。


「ありがとう。恩にきるわ」

 綺堂茜は、福山と時任に言うと、こちらを見た。


「生きてたんですね」

 朝弘は、心から安堵し、思わず笑みをこぼした。絶望的な状況に、光が差した気がした。


「うん。斎藤君も、無事よ。今は、森の奥で、狩りをしてるわ」

 綺堂茜は、一泊置いて続けた。

「ひとまず、今の状況は、福山君たちに聞いたわ。一刻も早く、飯田を倒さないといけない。じゃないとみんなが死んでしまうわ」


「わかってます。でも、今の戦力じゃ、飯田には勝てません。何か考えでもあるんですか?」


 彼女は、決然と頷くと。口を開いた。


「私が、麗美と話をつけるわ」


 朝弘は、感心した。彼女の存在を忘れていたのだ。確かに、 神田麗美がこちらの味方に付いたのならば、飯田とも戦えるかもしれない。


「だから、お願い。行動に出るのは、少し待ってほしいの」


「どれくらいですか? みんなの体力も長くはもちません」

 現状でも、すでに衰弱がみられる。それに生徒たちの精神状態を考えれば、長くはもたないだろう。


「3日か4日。それまでには必ず、話をつけて来る」


「わかりました」 


「もちろん、口外もしないでね。彼らにばれてしまったら、全てが終わり、会長の二の前になる。裏切者がいないとは限らないでしょ」

 綺堂茜は、ちらりと、福山達を見た。彼らは、気まずそうに眼を逸らした。

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