第24話 生存序列憲法


 全校生徒が、体育館へと集められた。ここに生徒たちが集まるのは異世界へ来た時以来のことである。生徒たちは、クラスごとにまとまって座っていた。


 朝弘たち2年2組は、体育館の中央に位置している。

 朝弘は、ふと立ち上がるとあたりを回す、生徒たちの人数は400人ほどだ。みんな、活気がなく、やつれている。生徒の数は、異世界に来たばかりのころと比べて随分と減ってしまった。だが、それでも、これだけの生徒が残っているのは上出来である。これも板尾会長のおかげだ。彼がいなければさらにこの半分は人が減っていただろう。


 今朝、8時に【連絡班】の男子生徒が、2年2組へやって来ると、全校集会が行われる主旨を伝えたのだ。集会の内容は、なんとなく予想できた。板尾会長が姿を消してからもう1週間がたっている。むしろ今まで、何もなかったことが不思議なくらいである。

 また、綺堂茜と斎藤は、保健室から、飛び出したっきり戻ってきていない。朝弘は、最悪を想定をしていた。彼女たちも、板尾同様に殺された可能性があるのだ。飯田にとっては彼らも標的のはずである。遅れてやって来た彼女たちをわざわざ逃がしてやる必要性は無い。


 体育館にいる生徒たちは、みな静寂である。きっと板尾会長を惜しんでのことだ。彼は、一般生徒から慕われていた。いなくなってから、しみじみと感じる。彼は凄まじく大きな存在であったのだ。


 さらに10分ほどして、ようやく壇上に人が現れた。うつむいていた生徒たちが一斉に顔をあげる。現れたのは飯田である。190cm近い巨体を揺らし、壇上の中央にある教壇の前に立つと、こちらに視線を向ける。


 彼は、常に自信ありげに見える。その様子が人を畏怖させる。だが、朝弘は身内を怒りに焦がした。腹立たしかったのだ。板尾会長を、みんなを殺した男が、これほども堂々と立ち振る舞い、まるで英雄気取りである。


 飯田は、マイクを手に持った。

「知ってるとは、思うが、板尾会長は死んだ」

 彼はにべもなく言い放つ。朝弘の近くでは女子生徒の、しゃくりあげるような泣き声が小さく聞こえた。


「よって、副会長である俺が会長の座に就く。異論はないな?」 

 飯田が、壇上から全校生徒を見回す。全校生徒は誰一人声を発さない。当然である。この状況では、異論があったとしても言えるはずがない。


「じゃあ手短に、これからの方針を発表する。まず、探索部隊は3つあり。それにより、お前たちの食料をまかなっていた。だが、今、板尾は死んで、神田も今の状態だ。今活動してるのは、俺の部隊だけだ。当然、1つの部隊のみでは、これだけの数の生徒を食わすことが出来ない。――よって、この中から、何人かには、死んでもらう必要がある」


 生徒たちが、騒然とした。

「いやぁーー」

 いたるところから、生徒たちの叫び声が聞こえる。 


「うるさい、黙れ!! ――でだ、俺が今からルールを作る。これは日本国でいう、憲法と同義であり、絶対遵守される」


 そういうと飯田は、淡々と条項を口にした。それが以下の内容である。


―――――『生存序列憲法』


1.能力や、様々な要素により、一般生徒をA~Eの5段階に階級化する。それにより、与えられる食料、または行動に制限がかかる。


  A 十分な食事。行動に制限はない。 


  B 軽食。一部制限あり。 


  C 生存可能な食事。基本的に制限在り。


  D 延命可能な食事。自由は無い。


  E 与えられない。自由は無い。


 また、階級が上のものほど生命の価値が高い。下の者が上の者に危害を加えた場合。即刻死罪とする。


2.だがあくまで、全権は、生徒会長にある。生徒の生命および行動は、生徒会長によって独断される。これは全てにおいて優位に立つ。


―――――以上


「勘違いするな。これは、あくまで、1人でも多く生き延びるための最善である。これ以上の妙案は無いと知れ」

 飯田は、そう告げるとマイクを置き、部隊の袖へと消えていった。それに代わり、春日部梓が壇上にたち、マイクを持った。眼鏡越しの鋭い眼光が、騒然とする全校生徒に向けられた。


「これにより、全校集会は終わります。みなさん教室へ戻ってください。それぞれの階級、また詳細な規定は後日発表いたします」



 朝弘が、2年2組の教室の扉を開けると、クラスメイトは、先ほどの話でもちきりであった。


「俺たちどうなるんだろうな?」

「嫌だよ。絶対私、Eグループだ。死にたくないよ」


「大丈夫。大丈夫だよ。絶対に死なないよ私たち」

 矢田舞は、クラスメイト達を鼓舞している。


「おう、朝弘。どうするよこれから?」

 魚沼は、教室に入ってきた朝弘に気が付くと、声をかけてきた。彼のそばでは彼女である鈴木恵子が泣きはらした顔でこちらを見ている。


「今は動けない。しばらくようすを伺おう」

 今抵抗したところで、簡単に鎮圧され、殺されるだろう。


 朝弘は、教室の窓側まで来ると外を伺う。校舎の外は鬱蒼と生い茂る森だ。

 ――なんとか、斎藤たちだけでも、生き延びてくれていればいいのだが。


「ああ、わかった。そうする。動くときは言ってくれ」

 魚沼の言葉に、朝弘は振り返ると頷いた。


「朝弘君。お願い。見捨てないでね」

 鈴木恵子は、哀願するようにそう言った。魚沼の影響か、名前の呼び方が変わっている。昔は、代々木と呼び捨てにされていた気がする。


「私たちにもできることがあったら言ってね」

 矢田舞は、大きな瞳をこちらに向けた。


「おう、俺らに任せとけ」

 先ほどまで、胡坐をかいてクラスメイト達と円になって会話していた木下は、突如立ち上がった。


「うわ、なんだこいつ。びっくりした。おい、びっくりさせるなよ」

 友達に、怒られている。だが、彼の表情は真剣である。


 彼は、教室の後部、掃除箱の前に座るパーナマを見た。

「パーナマちゃん、俺が守るよ」

 最近、木下は、パーナマに執心である。必死に異世界語を勉強して、ことあるごとに彼女に話しかけている。


 名前を呼ばれたパーナマは、彼を見上げると、微笑む。

「ありがとうございます」


 木下は、だらしなく頬を緩め、たたずんでいる。


「なに? パーナマちゃんだけ? 木下。最低」

 周りの女子が、声を合わせる。


「うるせぇよ」

 彼は、にやけたまま、そうつぶやいた。



**********



 生徒会から、全校生徒に、通達があったのはそれから3日後である。

 午前8時頃である。朝弘が、窓際の壁にもたれて目を閉じていると、2年2組の教室の扉が勢いよく開け放たれた。扉から小柄な女子生徒が入って来る。彼女の顔を見たことがある、飯田班の生徒だ。確か名前は小町由香だ。朝弘は、板尾会長に部隊員の名簿を見せてもらっていたため、彼女の名前を知っていた。


 教室に入ってくるなり、すぐに、小町由香は口を開いた。

「先輩たち、みんなEグループです。私についてきてください」

 彼女は、ひどくだるそうに言うと、すぐに、踵を返し教室を出ようとする。しかし、クラスメイト達は、状況が理解できていないようで、呆然と彼女を見つめていた。誰も立ち上がろうとしない。すると、それに気づいた小町由香は、振り返るとまた口を開いた。

「えっと、従ってくださいね。由香、Eグループの人殺してもいいって聞いてるんで、殺しちゃうかもしれませんよ」

 彼女は、目を細め、嫌悪感をむき出しにしている。今にも、1人2人と殺してしまいそうな、様子である。


 クラスメイト達は、おとなしく彼女の指示に従った。

 小町由香が先頭を歩いて、その後ろを29人の2年2組のクラスメイト達が、ぞろぞろと続く。男子生徒が前で女子生徒が後ろである。

 その中にはもちろんパーナマもいる。朝弘は、彼女を心配して様子を伺ったが、彼女は、うつむきながら列の最後尾を歩いていた。普段から目立たないようにと、注意しているためそれを守っての事だろう。まあ、点呼をとるようすがないため、今のところばれる心配はないはずだ。


「てか、先輩。生きてたんですね?」

 列の前方では、魚沼が小町由香に話しかけられている。彼は、まあな、と適当に返事をした。


「しぶといですね。てか、先輩たちクラス全員が、Eグループってどんだけなんですか?」


「少ないのか? Eグループ」

 朝弘は、思わず口をはさんだ。彼女は、突然話しかけられて眉を顰めたが、すぐに何事もなかったかのように、頭上を見上げ考えるそぶりをする。


「そうですね。全校生徒の半分くらいですかね?」


「なら200人くらいか」

 だとしたら、クラス全員が、Eグループになる確率は低い。(正確には、斎藤がいないため全員ではないが)普通に考えるのであれば15人は、他のグループに選ばれていてもおかしくはないはずである。適当に割り振ったのか、それか何か意図があるのだろうか。


 小町由香は、靴箱で靴を履き替えると、校舎を出る。出てすぐにある体育館に入った。体育館の両開きの扉を開けると、大きな玄関口になっている。そこには、すでに100足以上の靴が並んでおり、体育館の中は先に入った生徒たちで騒然としていた。


「梶岡先輩、2年2組連れてきました」

 小町由香が、しまりのない口調で言った。


 玄関口では、梶岡と呼ばれた生徒がふんぞり返るように、椅子に腰かけていた。体を起こすと、手に持ったクリップボードに挟まれた用紙に、チェックを入れる。次いで彼は、こちらを睨みつけ、立ち上がった。立ち上がると背が低く、中学生くらいに見える。隣に立っている小柄な小町由香と比べても少し身長が高い程度である。


「おう、魚沼じゃねえか? 斎藤はどうしたんだ? あっ?」

 梶岡は、にたにたと笑みをこぼし、挑発するような口調で魚沼に迫った。彼の目の前に立つと、睨みあげるようにする。ポケットに手を突っ込み、さながら高校生に喧嘩を売る中学生である。


「うっせーな。知るかよ」

 魚沼がそういうと、梶岡は魚沼の腹に膝蹴りを入れる。


「いってぇ。おまえな」

 魚沼は、腹を抑え前かがみになった。彼は、すぐさま梶岡につかみかかろうとする。

 だが、魚沼は、ものすごい勢いで床へとたたきつけられた。梶岡が彼に触れた様子はなかった。彼は、地面に這いずった状態で、顔を横にして、うめき声をあげる。どうやら梶岡の能力により、身動きが取れないようである。


 梶岡は、にたにたと笑いながら魚沼の背中に足を乗っける。


「もうやめて」

 鈴木恵子は、魚沼のもとに駆け寄ると、背中に乗りかばうようにした。梶岡は足を下ろす。


 それを見て梶岡は、いっそう大きな口をひらげ笑った。


「あんま調子乗んな。昔とは立場がちげぇんだよ。粋がってると、殺すぞ」

 いうと梶岡は、後ろにいる小町由香に視線を移した。

「おい小町。点呼とったのか?」


「あっ……。えっと。とりましたよ」

 小町由香は、目を泳がせる。無論点呼など取っていない。とられていれば、すぐに女子生徒が一人多いことがばれていただろう。


「だったらそいつらさっさと、体育館にいれろ」


 クラスメイト達は、靴を脱ぎ、体育館へと入った。

 体育館の中には、すでに100人以上の生徒たちがおり、中央に集められ座らされていた。項垂れるように頭を落とし、涙を浮かべる生徒もちらほらいる。


「えっと、先輩たちは、これからここで生活してもらいます」

 小町由香は言った。

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