第22話 寂光
「オークたちの数。けっこう減りましたよね」
部隊の男子生徒が板尾に声をかける。
現在、時刻は午後3時。狩りもひと段落終え休憩をとっている。手ごろな根元に座り込み、7人の部隊員たちは体を休めている。そのうちの一人は医療班の一般女子生徒で、包帯などの入った、鞄をたすき掛けにしていた。
「そうですね。このようすですと、また近いうちに森の奥へ進まなくてはならないでしょうね」
板尾は、額についた汗をぬぐった。
毎日、板尾たちが狩っているのは、オークである。正直、彼らの実力であれば牛鬼を狩るのも、難の無いことであったが、板尾は無理をしなかった。安全を優先したのだ。その代わり長時間にかけて、数を狩る。
「ほんとうに、この先どうなっていくんでしょうか」
板尾は無意識に口をついた。ずっと危惧していた。このまま、数が減り続けていくのなら、また先に進まなくてはならなくなる。だが、牛鬼を恐れているわけではない。板尾が恐れているのは、さらにその先のことである。奥へ奥へと進んでいくうちに、いずれ自分たちの力を上回る化け物が現れるはずだ。そうなれば生きる術は絶たれることになる。
「まあ。なるようになるんじゃない」
才川愛は、自分の膝に肘を立て頬杖をついている。
「ならいいんですがね」
板尾は、微笑んだ。楽観的な彼女を時々うらやましく思うことがある。
「てか、どうだろうね。茜たち。浅山やばそうだからなぁ。うまくいってるといいけどね」
「それを見越して十分に人数をかけました。きっと大丈夫でしょう。欲を言うなら怪我人が出なければいいのですが」
「無理無理」才川愛は、手を目の前に持ってくると横に振った。「私浅山とおんなじクラスだったからわかるけど、あいつ絶対抵抗するね。死人が出なかったらいいんじゃない」
しばらくして、板尾は腕時計を確認する。時刻は3時30分、そろそろ狩りを再開しようと立ち上がった時である。あたりに異変を感じた。四方の草木が揺れているのだ。どうやら何者かに囲まれているようであった。
部隊員たちは、それぞれに戦闘態勢をとった。
だが、ほんのすこしして、現れたのは飯田班の部隊員たちである。何度かその顔を見たことがある。光源が月光のみの暗がりで、彼らの表情まではわからない。ただ、こちらを見つめじっとたたずんでいる。
板尾は、肩の力を抜いた。
「どうしたんです何か問題でも?」
板尾は、手を広げ、彼らの一人ににじりよる。しかし、飯田部隊の男子生徒は、一言も発さず、凝視し続ける。
「こいつらなんか変じゃない」
才川愛は、あたりを見回す。
たしかに、妙である。彼らからは、何やら切迫した雰囲気を感じる。少なくとも、和やかに対話しようという様子ではない。板尾の額に汗が湧き出た。
「飯田君はどこです」
彼は、必死にあたりを見回す。だが、誰も反応を示さない。
と、次の瞬間だった。それは一瞬の出来事で、何が起こったのか理解するまでに、僅かな時間を要した。
板尾のかたわらにいた部隊員の体が消し飛んだのだ。体が細かく飛散し、遅れて血しぶきが上がる。誰がどう見ても即死であった。
その部隊員の死体の上にたたずむのは、飯田であった。彼は血のりを手に塗りたくり、こちらを見た。
「何をしているのです?」
板尾は怒りにめまいを起こした。眼鏡をはずすと、仲間の遺体を指さした。その指は小刻みに震えている。
「会長。お前が愚なせいで、こいつは死んだんだ」
「愚か? それはあなただ! なぜ殺したのです。その子はとても素直で、いい子だった。まだ幼い妹がいて……。君が奪ったんです。こんなことありえない」
板尾は、悲痛に眉を歪め、手を振り動かす。これほど激高したのは初めてだった。
「ああ可哀そうだ。だが、お前がそうさせたんだ。俺に理解を示さなかった」
「私に不満があるのなら。私に言うべきだ。そうでしょう」
板尾は、飯田を睨みつけた。
「言っても聞かなかったのは、お前だろうが! こいつも、お前のやり方では、遅かれ早かれ、死んでいた。もういい俺はな、話し合いをしに来たんじゃない。その段階はすでに終わっている」飯田はあたりを囲う自らの部隊員を見回し、口を開いた。「いいか、こいつらは強い。手を抜くな、本気で殺せ」
飯田の部隊員たちは殺気立った。四方から、板尾達ににじり寄る。
戦力差は、歴然である。こちらの戦闘員が5人に対し、相手は10人。2倍である。
戦っても勝てる見込みは無い。そのため板尾は逃げる術を考えた。
「勝てる状況ではありません。ひとまず生き伸びることだけを念頭においてください」
板尾は、部隊員に言い放つ。
「生き伸びるってどうやって? あいつら全員、相当強いし。サシでも勝てるかわかんないのに……」
才川愛は語勢を強める。
「わかりません。ですが逃げなければ全滅です。なんとか校舎までたどり着けば、綺堂さんたちがいます。彼女たちと合流してください」
「わかった」
才川愛は、力強くうなずき、部隊員たちと校舎に向かって駆けだそうとする。しかし、飯田が動かないことを不思議に思ったのか足を止める。
「会長何してんの? ほら逃げるよ」
「いえ。私は、ここに残って飯田君の相手をします」
「いやいや、その提案はありがたいんだけども。ほら会長も逃げないと、ね?」
才川愛は、板尾に近づく。
「大丈夫です。私は決して死にませんから」
板尾は、真剣であった。
**********
才川愛たちは、校舎へ向け駆けだした。校舎へ戻れば、綺堂茜や福山たちがいる。彼らと合流できればどうにかなる。そのためには、この包囲を抜けなければならない。
目の前には、飯田班の部隊員たちが立ちはだかっていた。だが、才川愛たちは、かまうことなく突っ込んだ。
しかし、突如、足が空に投げ出された。しばらく空中に浮遊したのち、勢いよく後方へ引っ張られる。不思議な感覚である。例えるのならば、突風に吹かれた時に体が宙に浮くような感覚に似ている。
5mほど後方に飛ばされたのち、才川愛たちは尻もちをついた。
「くっそ。何の能力だ」
男性の部隊員は、言い放つ。
才川愛が体を起こし視線をあげると、その先に手をこちらに向けた青年がいるのがわかった。目つきが鋭く、幼い顔つきの男である。だがその面影は、誰かに似ている。
「君たしか、代々木君の弟よね?」
彼がすこし前に、飯田班に弟がいることを話していたのを思い出した。
問われた清弘は、ぶっきらぼうにうなずいた。
「お願いなんだけど、どうにか逃がしてくれないかな?」
「すみません。飯田先輩が逃がしてはいけないって。あなたたちを通せば、俺が殺さるかもしれないんで」彼は、こちらに目を合わせない。
「才川先輩。俺と付き合ってくれるんなら、逃がしてやってもいいぜ」
須藤だ。彼の声は、聞くだけで背筋に悪寒が走った。清弘の隣に並んでいるが、見るだけで不快だった。髪も、髭も伸び放題である。
清弘は、おい、と須藤を睨みつける。
「冗談だっての」
須藤は、大きな口を開け笑う。
ふと、気づけば、すでにあたりを飯田部隊の生徒に囲まれていた。
目に入るだけで、8人の生徒がいる。こちらは、自分を含めて5人だ。そのうち一人は医療班の女子生徒で戦うことが出来ない。今もおろおろと自分たちの後ろをついてきている。
「戦うしかないのね」
この状態では逃げようがない。そう思い才川愛は、腕を前方にあげてこぶしを握った。
すると、地面の根に絡まった岩が持ち上がった。人を覆うほどに巨大な大岩である。根が切れて、まとわりついた砂がぱらぱらと落ちる。
才川愛の能力は、【鉱物操作】である。加工されていない天然の鉱物であれば、その質量を無視して自由自在に操れる。
彼女は、その岩を自分の体を中心に回転させた。その光景はまるで、土星が地球の周りを回転するようである。その速度は、次第に早まっていく。
しかし、突如現れた鎖が、才川愛の振り回す岩を捕らえた。
「才川先輩だめですよ。そんな物振り回しちゃ」
飯田班の女性が、耳障りな甲高い声で言った。彼女は小学生でも通用するような小柄な体である。上目遣いにこちらを見上げ、いたずらな表情で笑む。確か名前は小町由香、学年は一年である。
鎖は、何もない空間から出現している。いくら念じても、岩は微動だにしない。さらに空間から鎖が放たれる。それは、才川愛の体に巻き付き、身動きをとれなくした。
隣では、【飛翔能力】で空に逃れようとした仲間が、不自然にも地面に吸いつけられるように墜落し、地に這いつくばった。
残り二人の仲間たちも、次々に捕らえられる。医療班の女子生徒は、恐怖のあまりその場に座り込んでしまったが、飯田班の生徒たちは、彼女に興味を示さない。全くの無視である。あくまで狙いは私たち板尾班のメンバーということだろう。
才川愛は、恐怖に目をふさいだ。仲間の男子生徒が足を斬られたのだ。彼はうめき声をあげ、地をのたうちまわる。また別の生徒は、魂を抜かれたように、その場に倒れ込んでしまった。悲惨だ。
――ああ、私は死んでしまうのだ。しかし、私が何をしたというのだろうか? 殺されるようなことをした覚えはない。
才川愛は、鎖に四肢を引っ張られ、身動きが取れない。服は所々破れ、褐色の肌が露出している。
飯田班の生徒たちが、自分のもとに集まる。
「誰が殺すんだ?」
清弘は、身動きが取れない才川愛を前に躊躇しているようである。手に持った鉄剣をなかなか抜かない。
「俺がやる」
言ったのは、二年の梶岡祐樹である。清弘は、手に持っていた剣を梶岡にほおり投げた。それを、受け取ると彼は剣を鞘から抜いた。
「君たち悪い子ね。先輩にこんなことしちゃって……。お願いだから痛くないようにしてね」
才川愛は、力なくも冗談っぽく微笑んだ。
走馬灯とは、どのタイミングで訪れるものなのだろうか。才川愛は、そんなことを考えていた。だが梶岡が剣を振り上げた、そのときだった。暖かな寂光が空から差し込んだのだ。
思わずその場にいた全員が空を仰いだ。その光源の先には天使がいた。それは、比喩ではなくまさしく天使であった。白い羽を広げた、ふくよかな女性が、温かな光を身にまとい下界に降り立ったのだ。
彼女は、板尾のもとへ降り立つと、羽を広げあたりを照覧した。
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