第21話 生命の失踪 (3)
朝弘は、煙幕の中で【隠匿のローブ】のフードをかぶった。(これにより、朝弘は自らの気配のほとんどを消しさることが出来る。)この状態で一度姿をくらませば、見つけるのは至難の業である。
「ちょこまかと、うぜーんだよ」
だが、そんな中でも浅山は、着実に朝弘のもとに迫る。おそらく、嗅覚を頼りに、探しているのだろう。それも、異常なほどに発達した嗅覚である。それにより【隠匿のローブ】が消し去ることが出来ないほどの、微かな匂いをかぎわけているのだ。
厄介な能力である。おそらく【獣化】は、獣に備わる多様な能力を全て使うことが出来るのだろう。
煙が晴れる前に、手ごろな低木に身を潜めようと考えていたが、失敗である。ここまで気配を悟られていては、どうすることもできない。
だが現状、嗅覚のみであれば、正確な位置まではわからぬようである。
朝弘は、能力を駆使して、煙の中を動き回り、相手をかく乱した。
だが、無情にも煙は晴れていき、浅山の巨体が薄い煙の中に浮かんだ。こちらに顔を向け、どうやら完全に、朝弘の居場所を把握したようだ。
すぐに、浅山の爪が朝弘を襲った。とっさに異空間へ入り一撃はかわしたが、問題は二撃目であった。
空間内で2.6秒がたち、体が強制的に現実世界へと戻される。その直後、また爪が襲う。能力は使えず、生身でかわさねばならない。
朝弘は、さきほどと同様に前方に飛び跳ね、手の下をくぐるようにした。だが、浅山も馬鹿ではない。先ほどとは違い、手をさらに低く地面すれすれに振りぬいていた。
朝弘の体は、後方へ弾き飛ばされる。なんとかタイミングをずらして爪の直撃は避けた。しかし、その威力は絶大である。体は何度も地面にたたきつけられ、回転した。
朝弘は、地面に倒れ込む。上体を起こすと、血反吐を吐いた。左腕は逆方向に、曲がり動かない。
痛い。息もできない。肺に血が入って呼吸するたびに、ぜえぜえと音が鳴る。腕時計を見るが、これでも、まだ5分しかたっていない。
なんとか、激痛をこらえ、震える脚で立ち上がるが、もはや、走ることはできなかった。
「残念だったな」
獣化した浅山の声は、恐ろしい低音である。彼は、おもむろ朝弘へと近づいた。
「近づくな、俺は……。もう一本、断裂刀を持ってる」
朝弘は、せき込みながらも、精一杯の声を張った。右手を左の腰に回し居合の構えをとる。
浅山は動きを止めた。次いで大口を開け笑う。
「何を。苦し紛れに……。あんな高価なもん2本もってるとか普通にありえねえよ」
朝弘は微動だにせず、ただ彼を睨みつけた。それを見た浅山は、声を荒らげる。
「なら切れよ。今すぐ、俺を切れ! 何でしない?」
浅山は手を広げ、無防備な体制をとった。
「人を殺したくない」
「よくもまあ、そうも嘘が次々と出てくるものだ。感心したよ。いいよ、切れよ。しないなら、お前を殺して、あいつらも殺して、皆殺しだ。おっと、時間は測ってるぜ。今が6分だ。残り2分だけ待ってやる。そしたら、お前を丸のみにしてやるからな」
浅山は、自らの体躯に対して不釣り合いなほど小さい腕時計を、自らの眼前に垂らして見た。
「死ぬんだぞ。いいのか?」
「いいっつってんだろうが、早く切れよ。あと1分だ」
朝弘は動かない。少しして浅山は時計から目を離す。
「時間だ」
言うと、浅山は朝弘を目掛け駆けだした。
同時、朝弘は、一瞬姿をくらました。次に現れたとき、その腰には【断裂刀】が帯刀されていた。
そして、浅山の手が朝弘に触れる瞬間。
彼は断裂刀を一閃した。空気が割れ、引き裂かれた大気の端にまた薄い雲が漂った。
浅山は、先ほどのように人の姿へと変化し斬撃をかわす。
「何でだよ。まじで二本目か?」
「同じ手はくらわない!」
しかし、朝弘はその隙を逃さなかった。空間へ入り断裂刀を捨て、鉄剣に持ち返る。人化した浅山の目の前に現れると、鉄の剣で彼の腹部を貫いた。柔らかな人間の肉は、いくらダメージを軽減しても、剣を防ぐことはできない。
「くっそ。どういうことだよ」
浅山の体は天を仰いだ。地面に倒れ、その腹には剣が深々と刺さる。
「おい。何で二本も持ってんだ? お前……」
浅山は、血反吐を吐いた。その声は、先ほどまでとは打って変わって弱弱しい。苦痛による呻きが、言葉の端々にまざった。
「持ってない。俺の能力だ。俺の空間は、現実世界の2秒の間に2.6秒の時が進む。だから俺の断裂刀のインターバルは、7分41秒なんだ」
「何言ってんだよ。さっぱりだ。てか、容赦ねえな。人殺したくねえんじゃねえのかよ」
浅山は顔を真っ青にして笑っている。
「最初に、殺す気で行くって言っただろ。俺は、お前みたいなやつを殺すのに躊躇しない」
「はったりかよ。最悪だ」
**********
『雷人の手
らいじんのて
』
時任の体は電気を帯びている。それは、彼の周りの空間に白線を描き、パチパチと、何度も瞬いた。それは手を延ばすと空気を伝い、一定の方向へと飛んでいく。
だが、その攻撃は、標的に届くことは無い。ことごとく、綺堂茜の能力によってかき消されるのだ。
分が悪い。時任の放電できる電力には限界があった。だが、先ほどから、斎藤は、こちらの懐に入る機を伺っている。放電を弱めるわけにはいかない。というのも、彼の能力【空間発火】は、発火した瞬間が一番火力が高く。彼から離れると共に威力が弱まる性質がある。今のように10mの距離は、必要である。
しかし、もう電力はつき欠けている、あと2分持つかどうか。
「福山さんも戦ってくださいよ。僕ばっかり」
時任は、福山のかたわらによると、つぶやいた。福山は腕を組み、時任の戦いを傍観していた。
「終わりだ」
「終わり? 何がですか?」
「浅山がやられた。これ以上やっても無駄だ」
まさか、と時任は驚いた。だが、そういえば、先ほどまで暴れていたはずの、獣化した浅山の姿がない。時任は、森を見回した。煙幕の、煙が僅かに漂っている。
すると、巨木の根元に、仰向けに倒れ込んでいる浅山を見つけた。その腹部には剣が突き立てられ、その周りが赤く染まっている。まだ息があるようで、胸が上下に浮き沈みを繰り返していた。
そして彼の隣には、朝弘が立っていた。
「浅山さんがやられるって。あの人、何もんですか?」
時任は、肩の力を抜いた。能力は解放され、逆立った髪の毛が元に戻った。
福山は、いまだに殺気立つ斎藤に向き直ると、両手をあげた。時任も同じようにする。
「降参だ。俺らは戦わん」
「あっ? なら死ねや」
それでも怒り収まらぬようで、斎藤は、近づいてくる。だが、そんな彼を静止して綺堂茜は口を開いた。
「わかったわ」
斎藤は舌打ちをすると、そっぽを向いた。
綺堂茜は、すぐに浅山のもとへ駆けて行った。それに、時任たちも続く。
彼らのそばに近づいたときには、2人とも倒れており、意識がなかった。
「2人とも、重症みたいだな」
福山が言った。
「ええ、でも校舎までそんなに遠くない。たぶん2人とも助かるわ」
綺堂茜が言ったのに、斎藤が反論する。
「こいつ助けるんすか。絶対殺しといたほうがいいっすよ」
「それはだめ。ここで見過ごしたら、人殺しになってしまうわ」
**********
朝弘は、目を開いた。あたりは、白色の蛍光灯で照らされている。
どうやら、保健室のベッドの上のようである。消毒液の香りに、肌触りの良い白のシーツが体に触れている。ベッドが体が吸い付くようである。なんだか久しぶりに熟睡した気がした。
「おい。起きたか?」
そう声をかけて来たのは、浅山である。朝弘の隣のベッドに同じように横たわっている。体には包帯が巻かれている。
「おまえ、急所わざと外しただろ」
「そんな余裕なかった。たまたま、急所じゃなかっただけだろ」
朝弘は、にべもなく言い放つ。本当に、そんなつもりはなかった。だが、無意識に人を殺すことに抵抗を感じていたのかもしれない。
「くっそ。俺のやったことの何がいけねぇってんだよ。殺してくれって頼まれたから殺してんだよ。生きてても穀潰しなんだ、利害の一致だろ。すー、いててっ」
浅山は、胸元をさするようにした。朝弘は、しばらく考え込むと口を開く。
「それはわからないけど、なんだか嫌な感じがしたんだ」
いくら考えても、それ以外に答えようがなかった。
ふと、時計を確認すると、時刻は、午後7時である。気を失ってから、それほど時間は発っていないようだ。それなのに、体の痛みは、ほとんどなく。左手も、僅かに麻痺が残る程度の違和感しかない。医療能力者なしでは、考えられない治癒速度である。
そこから、ほどなくすると、保健室のドアが勢いよく開かれた。現れたのは、パーナマである。
彼女は、制服を着ている。最初の頃は、違和感があったが、もうすっかり馴染んでいるようだ。だが、制服を着てしまえば、彼女の顔が整っていることが一そう際立つ。真っ黒な髪に、柔らかな頬っぺた。大きな目に、長いまつげ。本当に人形みたいだ。
彼女は、目を潤わせ佇んでいる。朝弘は、そっと手をあげた。
すると、彼女は、朝弘に飛びついた。
「骨は粉々に、あらゆる臓器が損傷し、肺に血がたまっておりました。私のおります国ではこれを直す術はございません。命には関わらないとおっしゃられても信じることができず。私は朝弘様が、このまま目が覚めぬのではないかと、案じておりました」パーナマは、朝弘の手を握ると、額につけた。「本当にようございました」
パーナマはもともと、医療が専門であることを聞いている。それゆえに、朝弘の容態がよくないことをわかっていたようである。
続いて、高樹たちが入って来る。高樹は、奥で寝ている浅山を一瞥すると朝弘に視線を移した。浅山は、体を向こうにむけて寝ているようである。
「派手にやったな。一週間は安静らしいぞ」
「朝弘、無茶しすぎ」
今井咲は、いつものように怒ったような口調で言った。
「心配してくれてたのか?」
「するわよ。綺堂先輩に話聞いて、みんなでびっくりしたんだから。なんか変なことやってるなって思ってたけど。やりすぎだってば」
「うっす。立場逆になったな」
続いて魚沼が顔出す。その後、木下とも喋っていると、時刻は8時になった。
「みんな、もう教室に戻ろ」
今井咲がそういうと、高樹たちは保健室を出て行った。しかし、そういった張本人である今井咲は、朝弘の横たわるベッドのそばに椅子を置いて座った。
「おまえは戻らねえのかよ」
「え、だって危ないんじゃん。隣の人と戦ったんでしょ? そんなの朝弘が寝てる間に何してくるかわからないじゃん。当然、私が見張っといてあげるわよ」
「しねぇよ。んな、おっかねぇこと」
隣のベッドから、浅山が野次を飛ばす。向こうを向いたまま、手の平を横にして振っている。
「わかんないじゃん。そんなこと言って油断させといて、ざっくり行くんでしょ。ほんと、信じらんない」
今井咲は、立ち上がると目くじらを立てて腕を組んだ。
「だから、しねぇって」
浅山は、振り返り反論した。
午後10時、朝弘がベッドの上でうとうととしていると、突然保健室のドアが開いた。入って来たのは綺堂茜と斎藤である。
「代々木君。目を覚ましたのね。よかった」
綺堂は、朝弘の方を伺うと、軽く微笑んだ。そして、すぐに浅山の方に固い表情を向ける。
「もう十時になるんだけど。まだ、会長たちが帰って来てないの。何か知ってる?」
綺堂茜は、浅山に喋りかける。
「あっ知んねえよ。いてて。遅くまで狩りに行ってんじゃねえのか」
浅山は、腹に巻いた包帯をさすっている。
「飯田君たちも帰って来てないの。これは、たんなる偶然かしら?」
綺堂茜は詰問を続ける。
「ああ、そういうことか。まあ、当然、お前たちが俺らんとこ来るってのは、飯田も知ってるだろうな。正直、あいつが何考えてるかわからねえけど。やりかねねえよな」
空気が凍り付いた。朝弘たちは、その可能性に気付かなかった。時任と、福山が裏切った今。全ての情報が筒抜けであったのは当然である。そうであれば、戦力をこちらに割いておる状況である今。飯田にとって板尾部隊を倒す機宜であるのは明白である。
「くそっ」
斎藤は、ドアを蹴る。保健室にけたたましい音が響いた。綺堂茜は、すぐに踵を返す。
「綺堂さん、高樹たちを連れていくといい。彼らは戦えます」
朝弘は、保健室を出ようとする綺堂茜たちに提案した。それに、今井咲が反対する。
「でも、時任って人と、福山って人は校舎に残ってるんでしょ。誰か戦える人がいないと、朝弘が殺されちゃう」
「いらねえよ、俺ら二人で行く。お前らは、あの二人が調子乗らねえように、見張っとけ」
斎藤は、そう言い残すと、綺堂と共に保健室を後にした。
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