第20話 生命の失踪 (2)


「浅山健司。おとなしく同行して」

 綺堂茜は低木の影から飛び出すと、浅山と対峙した。浅山は一瞬驚いたようにこちらに目を見張ると、にたりと笑んだ。その隣では一般生徒が慌てふためいている。


「綺堂じゃねえか。なんのようだよ?」

 浅山は、立ち上がる。


「あなたが一般生徒を襲っているところを見たって子がいるの」


「襲うってのは人聞き悪りぃだろ。なぁ言ってやれよ」

 浅山は、男子生徒の肩に手を置いた。すると彼は口を開いた。


「お、俺は、死にたくて、俺が頼んだんです」

 彼の顔は、青ざめていたが、その目は真っすぐにこちらを見ており、強い意志が感じられた。


「何でそんなことを頼んだの?」

 綺堂茜は優しく問いかける。


「食べ物もなくて、皆いらいらして、いじめられるし。俺はこんな世界で生きてたく無いんだ」

 彼は、おどおどと落ち着きがない。今にも泣きだしそうに、頬をけいれんさせた。


「だとよ。俺は手伝ってやってるんだよ」


「命を粗末しないで。そんな風に扱っていいものじゃない」

 綺堂茜が、きっぱりと言い切ったのに浅山は、眉をひそめる。


「なんだ? お前はいつも、大人ぶってよ。状況考えろや。お前がこいつの立場でも同じこと言えんのかよ。俺らが与えたもん食べて意味もなく生きていく。俺は嫌だね。俺だったら死ぬね。大体お前だって内心思ってんだろ。こいつらが邪魔だってよ」


「そんなことないわ。人は一人では生きられないの」


「うっぜぇ。お前それしか言えねえのか」

 浅山は、額を抑え、肩を揺らすようにして嘲笑した。その様子を見て、斎藤が身を乗り出した。


「おい、喋んな、おまえ!!」

 彼は、綺堂の隣で眉をとがらせてすごんでいる。今にも飛びかかりそうである。


「浅山君、おとなしく同行して。けが人は出したくないわ」

 綺堂茜は、浅山を見た。 


「立場が違うな。お前らがおとなしくしとけよ」

 浅山は、笑い交じりに言い放つ。


「はっ?」

 斎藤が、前に出た。その時だった。福山が綺堂茜の肩に手を置いたのだ。


「綺堂、悪い。お前の意見には、賛成だ。だけど、これ以上一般生徒を守っては戦えない」


「えっ? どういうこと?」

 綺堂茜は、振り返った。


「俺は向こう側につく」

 福山は、こちらに背を向けると、浅山の方へと歩み寄っていく。それに時任も続いた。


「すいません。僕は、自分の命が大事です」

 時任は、気まずげに視線を逸らした。


「はっ、ふざけんな。お前ら裏切んのかよ」

 斎藤が怒鳴り、時任の胸倉をつかんだ。制服のシャツが引っ張られる。


「仕方ないじゃないですか! 神田先輩が傷ついて帰って来た時、綺麗ごとでは済まされないんだって悟ったんです。なら明らかですよ。どう考えても飯田先輩についていった方が、生き延びる確率は高いじゃないですか。あなたたちは、自分の身を犠牲にし過ぎだ。ついていけません。僕はそんな聖人じゃないんですから」

 時任は、斎藤の手を振り払うと、踵を返し、浅山のもとへ歩いていく。福山と、時任は、浅山の傍らに立った。


「この二人は、随分前から、俺ら側さ。なあ、悲しいよな、綺堂。お前の考えじゃあ、誰もついてきてくれねぇ。お前らは一般生徒を守る前に自分らを守るべきだったんだ。何の戦力もならねえやつ食わしてる余裕あんならよ。戦力強化するべきだろ?」

 浅山は、手を振り喋る。わざとやっているのか、そのしぐさは、腹立たしく感じる。


 朝弘は、綺堂の後ろにいる。その位置からでは彼女がどんな表情をしているのかわからない。ただ彼女はだんまりとたたずみ、小刻みに肩をふるわせた。

 その様子を見た斎藤は、あわてて前に出る。


「くずどもがよ! 俺がまとめて燃やしてやるよ」

 斎藤は、声を荒らげる。彼の体の周りには、無数の炎が現れ漂った。


 浅山は、いやいや、と言って笑う。

「勘違いすんなよ。別にお前ら殺そうってわけじゃねえんだ。俺らのとこ来いよ。そっちの方が生き残れる確率が上がるだろ。なあ綺堂どうだ? お前も、こんな場所で死にたくねえだろ」


「嫌だわ。あなたたちの考えには賛同できない。あなたたちが、一般生徒を見殺しにするっていうのなら、私は戦うわ」綺堂茜は、振り返った。「ごめんね。斎藤君、代々木君。私に力を貸して」

 彼女の表情は、申し訳なさげである。朝弘には、その時の彼女が、普段とはかけ離れ、ひどく弱弱しく見えたのだ。彼女が今にも泣きだしてしまいそうな気すらした。


 朝弘と、斎藤は同時に力強く首肯した。無論はなからそのつもりである。


「綺堂やめろ、俺たちが戦っても何にもならない」

「そうですよ」

 福山や、時任は、綺堂茜を説得する。どうやら彼らに戦う気は、無いようである。


 綺堂茜は、口を閉ざし首を振る。


「なんだ俺らに勝つ気でいるのか? んで、俺らを倒して、一般生徒のおもりの協力をさせようってか?」

 浅山は、へらへらと笑みを浮かべる。


「違うわ。見捨てるのならそれでもいい。でも、だったら一般生徒たちに関わらないでほしい。だけど、あなたたちが、そうしてくれないから、私は戦うしかないの」

 綺堂茜は、悲痛な声で言い放った。それに、浅山たちは、黙り込み、しばらく沈黙が続いた。



 彼らとの間合いを図りつつ、朝弘は、斎藤に彼らの能力を訪ねる。


「福山は、自分の分身を作る。で、時任は、電気野郎だ」

 斎藤は、ぶっきらぼうに答えた。

 それだけでは、詳細な能力はわからなかったが、どちらも化け物じみた能力であることはわかる。さすがは探索部隊といったところか。


「でも時任の電気は有限だ。綺堂先輩の能力で防ぎつつ放電させまくれば、おとなしくなる。福山は、空手の有段者だが、近づけないように戦えばいい」

 斎藤は、言い足した。


「わかった。ならその二人は任せる。俺は浅山とやるよ」


「いいのか? 死んでも文句言うんじゃねえぞ」


「ああ、やってみる」

 言った瞬間、朝弘は、姿を消した。次に現れたのは、浅山の懐である。手に持っているのは鉄剣。それを、横一線に振りぬいた。


 剣は、浅山の体を浅くなぞった。服を発ち皮膚を裂いた。綺堂茜に気を取られていた浅山は、反応が遅れたようである。


「おい、こいつ容赦ねえな」

 浅山の目が据わったのが分かった。


 そのすぐそばでは、時任と福山が驚いた表情を浮かべている。と、その二人に目掛け、炎の槍が放たれた。無論斎藤が、放ったものである。時任と、福山は、飛びのき距離をとった。


「手加減はできない。殺す気で行くぞ」

 朝弘は、浅山を睨みつける。


「ああ。もちろんだ。殺してやるよ」

 浅山は舌なめずりをした。次の瞬間、彼の体が膨らみ獣化する。顔は獅子になり、体は金色の毛に覆われた。巨大な人型の獅子である。

 次に獣化した浅山の鋭く尖った爪が、電光石火の速度で朝弘に迫った。朝弘は、異空間に入り、それをかわす。が、現れると同時、逆の手の爪が差し迫る。朝弘はとっさに前に跳ね、何とか手の平の下をくぐった。


 また異空間に入り、浅山と距離をとり対峙する。攻撃が速すぎる。正直、次またかわせる自信がない。朝弘が、異空間に入れるのは2秒である。そして一度出てくると、また2秒入ることはできない。その時間に、攻撃を受ければ、なす術がないのだ。


「いい反射速度だ」

 浅山は、楽し気に口角をあげた。その口元から鋭い牙が飛び出す。


 朝弘は、なんとなく、自分が数分後には死んでいるような気がした。こんな感覚、今までなかった。おそらく自分は今、この世界に来てから一番、死を意識している。


 だが、倒さねばならない。――次の奴の攻撃の瞬間を狙ってカウンターを入れる。

 朝弘は、じっと、浅山を見上げる。瞬きすらせぬほどに集中した。見ているのは、奴の腕である。


 しばらくして奴の手が、動いた。――今だ。

 その瞬間を見逃さず朝弘は、異空間に入った。異空間で、奴の爪をすり抜けてその足元にまで迫る。

 現れると同時、すねを斬りつける。だが、剣は刺さらない。不思議だ。まるで決して切断することのないゴムを斬りつけているような感覚だった。


「無駄だ。そんなやわな剣じゃあ、俺は倒せない」

 浅山は、楽し気に目を細める。彼は獣化しても、感情がわかるほど豊かな表情を浮かべる。


 どうやら、浅山の言うように獣化した彼には、鉄剣は無力であるようである。

 それに、おそらく浅山は商人のアイテムを所有している。

 推察するに、【鉄壁の指輪】。自らの受けるあらゆる攻撃の威力を半減する。

 そう思ったのは、不自然な切れ味であったためだ。剣の硬度と、奴の皮膚の硬度を思えば、深くは刺さらずとも、擦り傷ぐらいは負わせることができるはずである。


 周りでは、うねるような炎槍と瞬くような雷が、森を照らす。斎藤は時任の電気を有限だと言っていたが、一度の攻撃でこれほどの放電を行うのであれば、その量は相当である。空気から、ぴりぴりとした感覚が皮膚を伝い、髪がけば立った。


 背中がぞくぞくとすくむ。朝弘はゆっくりと息を吐き、緊張をいさめた。ならば、次の一刀にかける。


 朝弘は、鉄剣の柄を握り浅山に駆け寄る。


「無駄だというのに」

 彼は、油断している。大きな牙を見せこちらをあざ笑っている。好都合である。


 朝弘は、異空間に入ると鉄剣を捨てた。そして、三歩前に断裂刀が置いてある。それをすくいあげると、腰に回して居合の構えをとる。外すわけにはいかない。呼吸を整える。


 朝弘の体は、奴の間合いで現れた。その時、浅山は異変を悟る。だが、すでに遅い。朝弘は、奴の胸元目掛け断裂刀を一閃していた。


 が、その白刃は空を切った。大気が切断され、急な低気圧に薄雲が起った。見ると、浅山は人化していたのだ。それにより斬撃の下を潜り抜けたようである。


「断裂刀か」

 浅山は顔面蒼白である。額からは遠めでもわかるほど汗を滴らせている。へっへ、と無気力な笑みを浮かべる。

 斎藤たちも、手を止めこちらに視線を向けていた。


「何でお前がそんなもん持ってるかわからんが、惜しかったな」彼は人の姿で腕時計を確認した。「今から10分だろ。ぜってぇ殺す。次はねえぞ」

 浅山は武器の効力を把握しているようであった。


「くそっ」

 死の匂いは濃くなった。朝弘からは、奴に傷を負わすことが出来ない。これから10分、奴の攻撃に身をかわすのみである。現状、それは、ほぼ不可能ともいえる。だが、生き延びるべく朝弘は動いた。断裂刀を異空間にしまうと、煙玉を手に持ち現れた。それは過去にローブと一緒に商人から購入したものである。それを足元に放り投げると、あたりは乳白色の煙に包まれた。

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