第19話 生命の失踪 (1)


 午前10時、探索部隊が旅立つ時のことであった。あたりは月明かりのみで曖曖としている。いつものように、全校生徒総出で見送る中、清弘は朝弘を見つけ出すと近づき胸倉をつかんだ。


「お前、なんか変なこと企んでないか? お前ごときが、俺らのやることに関わんな。黙って見てろよ」

 言われ、朝弘は彼の目をまっすぐと見た。


「お前たちがやってることがひどすぎて見てられないんだ。この手離してくれ」


「朝弘のくせに、調子に乗ってんじゃねえよ」

 清弘は、一層力を込めて胸倉をつかんだ。


「手を離せよ。清弘」

 朝弘と清弘はしばらくの間、にらみ合った。すると、清弘は根負けしたように手を離すと、目を逸らした。

「くそっ」


 探索部隊が発ち、朝弘たちは、いつものように一階靴箱前の廊下に集合する。靴箱は、四六時中、照明がついている。対してそのすぐそばにある、職員室は真っ暗で人気がない。


「じゃあ、みんな気を付けろよ。絶対いつもの狩場より、奥には行くなよ。あと見たこともない個体が現れたら、全力で逃げろ。無理すんなよ」

 朝弘は、靴を履き替える高樹たちを見送っている。

 みんなには、すでに昨日、会長に協力を申し出たことは説明してあった。これからは一般生徒の食料をまかなうため森に出ることになる。それに、数日の間、朝弘は別行動することになっている。もちろん、彼らは、それを承知している。


「朝弘様は何をされるのですか?」

 パーナマは、靴を履き替えると無垢な瞳を朝弘に向けた。


「ごめん、いえない」


「どうしてですか?」


「それは、超極秘任務だからかな」

 朝弘は、真面目な顔でパーナマを見た。彼女は、理解したのか神妙な表情を浮かべ何度もうなずいた。


「わかりました。でも、危ないことはおやめください」


「何が超極秘任務よ。かっこつけて」

 今井咲が、呆れた口調で口をはさむ。毎日勉強して、彼女は、異世界語をほとんど理解している。


「そういわれても、他に何て言うんだよ」


「知らないわよ。でも、朝弘ほんと気を付けなよ。どうせ飯田副会長がらみのことでしょ?」


「だから、超極秘任務だからいえないって」


「はいはい。そうなんでしょ」


 朝弘は、まあ、と言って頷いた。


「パーナマちゃんは、俺が守る」

 突然、そう言って張り切り始めたのは、木下である。彼は、真面目な顔で朝弘を見た。しかし、タイミングが特殊すぎる。


「おう。たのんだぞ」

 朝弘は、うなずいた。木下は、さわやかな笑顔を浮かべ自分の胸を叩いた。


「木下君って、たまにやばいよね」

 今井咲は、顔をひきつらせる。それに魚沼はフォローを入れる。


「まあ。あいつは馬鹿だからな」



「じゃあ行ってくるな」

 最期に高樹は、振り返った。他のメンバーは、すでに靴箱を出て裏門の方へ消えていった。


「おう、みんなを頼むな。危なくなったら、お前が守ってやってくれ」


「ああ、こっちは心配すんな。お前こそ気をつけろよ」

 高樹は手をあげると、靴箱を出て行った。


 彼の背中が見えなくなると、朝弘は、上履きのまま校舎を出て、別館へと向かった。別館は運動場の脇を抜けた先にある。別館へと入ると中は明りが消されており、非常口の緑の明りだけが怪し気に廊下を照らしていた。

 そして、緑の明りの下に、生徒が一人屈んでいる。彼は朝弘を見ると立ち上がった。


「あなたが代々木さんですか? よろしくお願いします。初めまして時任

ときとう

です」

 彼は、お辞儀をした。聞く話では、学年は朝弘の一つ下らしい。しかし、この暗がりからでもわかるほどに、彼の風采は好青年を思わせる。聞き心地の良い声の抑揚。制服は綺麗に着こなされ、背筋は真っすぐに伸びている。


「では、さっそく今回、僕たちが行うことについて説明しますね」

 朝弘は、頷く。板尾に詳しい話は、ここで聞くようにと伝えられてあった。


「今回、僕たちで、失踪者について調べます」

 大まかな話は聞いてあるため、それは事前に知っていた。


「失踪者を調べるっていうのは、何か問題でもあったのか?」

 朝弘は尋ねる。こんな状況なのだから、失踪者が出ても何ら不自然ではない。一般生徒の中には、この閉鎖空間に辟易としてるものも少なくはないはずだ。


「そうですね。正直、不自然な点を挙げていくと、きりがありません。でもやはり、一番気になるのは、浅山先輩ですね。彼が、失踪する生徒に、事前に声をかけていたっていう目撃情報が多々あるんですよ。失踪者の数も、かなり多いですし。事件性はありますよね」

 朝弘は頷いた。確かに、ここ最近、一般生徒の失踪者が増えている。つい先週には、高樹と今井咲のクラスの女子生徒が失踪していた。


「それで、どういうふうに調べるんだ」


「あっ、単純です。僕たち二人で、全校生徒の監視を行うだけです」

 時任は、軽く微笑んだ。


「一日中、二人で監視するのか?」


「いえ。会長たちが、探索に出ているこの時間だけです。それ以降は失踪者が出ていないんですよ。これも不思議ですよね。一日中暗がりですし、夜中に森に出て行く生徒がいてもいいと思うんですけど」


「たぶん、その浅山って人が関与してるよ。こんな回りくどいことをせずに直接当たればいい」


「それはわかってます。けど、そんな簡単じゃないんです。板尾会長はああいう人です。決定的な証拠がなければ、強硬手段には出ないっていってるんですよ」



 話を終えると、さっそく二人は一般生徒の監視を行った。といっても、単純で、ただ校舎から出て行く生徒がいないか、靴箱や、校門の影から見ているだけである。そのため、ひどく退屈であった。


 靴箱の陰に座り、月を見ている間に、探索部隊の帰還の時間が訪れる。この日、校舎の外に出て行く生徒はいなかった。それは翌日、翌々日と続き。そして3日目のことだった。

 校門から男子生徒が1人、森へと入っていったのだ。その足並みは、重く、顔に生気はなかった。


 朝弘は、すぐさまその生徒の後をつけた。

 しばらく森を奥へと進んでいくと、その先に男がいた。男はポケットに手を突っ込み倒木に腰をかけている。

 朝弘はフードを目深にかぶり、一定の距離を保って息をひそめた。

 男は、背が高く、髪をワックスで固めている。一見ホストのような見た目である。だが、朝弘は彼に見覚えがあった。飯田部隊の生徒である。彼が飯田たちと一緒に、校門をくぐるのを何度も見ている。おそらく、彼が浅山で間違いない。


 男子生徒は、浅山に近づいた。何やら話をしているようである。朝弘のいる距離からでは彼らの話を聞くことはできない。すると、次の瞬間である。浅山は巨大な獣人となったのだ。顔は獅子となり、体は獣化し巨大化した。そして彼は、男子生徒をわしづかみにし、口を大きくひらげると、丸のみにしたのだ。


 朝弘は戦慄し、息を呑んだ。浅山は、口から、血のりを垂らしている。

 朝弘は、彼に勘づかれぬようにそっと身を引いた。


 早速その日の午後、板尾が帰ってくると、その事実を報告した。


「やはりそうですか」

 生徒会室のパイプ椅子に腰かけ、会長は頭を抱える。彼の髪は、ひどく乱れている。


「決まりですね。これ以上は看過できまません」

 綺堂茜は、毅然とした態度で会長をまくし立てた。


「わかりました。では手はず通りに、お願いします」

 板尾の額からは、汗がこぼれた。 


 翌々日。探索部隊が発ってすぐ。朝弘は、別館にある、美術準備室を訪れた。扉を開け室内に入る。部屋は六畳ほどの大きさで長方形の小さな部屋である。その部屋のほとんどを占める大きな机が部屋の中央に置かれていた。

 中には、板尾部隊のメンバーがいた。三年の綺堂茜と福山徹、一年の時任玄。あと、二年の斎藤信二の四人である。彼らは、怪しまれぬために、一度会長たちと一緒に森に出たのち裏口から、ここへ戻ってきている。


 綺堂茜は、朝弘を見ると、机に手をついた。そこには浅山健司の顔写真と、彼について書かれた、資料が置かれている。


「じゃあ、説明するわね。今回、私たちがやることは簡単に言うと、浅山健司を捉えるってこと。ただ一つ注意してほしいの。浅山の能力はとても厄介」


 彼女は、浅山の能力を理解している範囲で、彼らに説明した。


―――――【獣化】(不確定情報)


 自由自在に、体を獣へと変化させる。特定の獣ではなく、多数の獣がまじりあった姿になる。その際、運動能力は飛躍的に向上する。【元探索補助班】の生徒からの聴取では、体格は、人間の時の4~5倍の大きさにまで膨らんでいるのを目撃されている。どれほどまで大きくなれるかは、未知数である。攻撃方法は、鋭い爪。または牙。


―――――以上


「浅山先輩は、実質、飯田部隊のナンバー2です。たぶん相当手ごわいはずです」

 時任は、真剣な面持ちである。


「そうね。だからこうして5人も集まったの。でも相手が1人だからって、絶対に気は抜かないでね」


「綺堂先輩は見ててくれたらいいっすよ。俺が灰にしますんで」

 斎藤は机に腰かけ、腕を組んでいる。


「ありがとう、頼もしいわ」

 綺堂茜が微笑むと、斎藤は、満足げにうなずいた。


「今日、浅山は、いつもの場所にくるんでしょうか?」

 朝弘は、尋ねる。自分が校門を張っていたときは、失踪者が出るまで3日とかかった。これだけの人数をそれだけの時間、拘束しては、食料の供給に大きな支障がでるのではないだろうか。 


「うん。浅山健司が、昨日、一般生徒に声をかけてたらしいの。これまでみんな、彼が、声をかけてすぐに失踪してるでしょ。だから多分今回も、同じ。おそらく今日。もしくは、明日には必ず彼のもとに行くわ」

 綺堂茜は、机に置かれたデジタル時計を確認した。時刻は午前10時30分である。


「そろそろ行きましょう」

 彼女が言うと、5人は部屋から飛び出した。


 5人は、校舎を出ると、校門を出てすぐの、低木の茂みに身を潜めた。その場所からレンガ造りの、校門が伺える。石の表札には、『創造高等学校』と学校名が書かれている。


 向こうからは、影になっており、こちらは見えない。ここから、一般生徒が出て来たところをつけていく計画である。


 そして、2時間ほど待機を続けた頃である。


「見て。男子生徒が出て来たわ」

 綺堂茜が、囁いた。部隊に緊張が走る。見ると確かに、男子生徒が、校門から出てきている。あたりをきょろきょろと見回し、挙動不審である。

 彼の背中を一定の距離を置いて、5人はつけた。


 そして、そこから十分ほど歩いた。

 森は、深くなり、巨大な大樹が立ち並ぶ。相変わらず月が木々の合間から顔をのぞかせて、苔むした森の床や幹を照らしていた。朝弘には、既視感があった。たしか、この辺りは先日浅山が一般生徒を襲った場所である。 


 となると……。朝弘は、少し遠くに視線を向けた。やはりだ。以前と同じ倒木に、浅山は腰かけていた。少し遅れて綺堂茜たちも、彼に気づいたようだ。生徒をつけるのをやめ、木陰に身を潜める。


 男子生徒は、まっすぐに浅山に近づいていく。そして、何やら会話を始めた。その瞬間、綺堂茜は、木陰から飛び出した。


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