第18話 全ての事物を画する剣
「木下、後ろ!」
魚沼は声をあげた。今まさに木下の後ろでは、牛鬼が斧を振り上げる。雲の無い空から月光が降り注ぎ、黒い土を巻き上げてできた煙が、牛鬼の一挙手一等足にまとわりついた。
木下はとっさに左腕に持った盾を後ろに向けた。すぐに盾は、大きく膨らんで木下の体を覆う。牛鬼の振り下ろした斧は、盾によってはじかれ、あたりには鉄と鉄がぶつかり合う、甲高い音が響く。
「痛ってぇ。なんちゅう馬鹿力だ」
木下は、顔を歪める。
続いて魚沼は、矢を放った。矢は、牛鬼の目をつき、化け物はおおきな呻きをあげた。両手で顔を抑えるようにして体をよろめかせる。
その隙に朝弘は距離をつめ、牛鬼の背中に張り付いた。短刀を引き抜き後ろから首をかっ切る。すると血を噴出させ、牛鬼は大の字に倒れた。朝弘は、化け物の体から飛び降りると、短刀を鞘に納める。
「これで三頭目」
牛鬼は、魂へと姿を変え、朝弘の掌に集まる。手をひらげると三枚の魂貨があった。彼はそれを袋にしまい込んだ。
「疲れたー。休憩しようぜ」
木下が言う。
「いやいや、まだあと二頭は狩るぞ」
魚沼が言うと木下は、まじかー、と息を吐いた。
少し離れた木の幹には、高樹と今井咲とパーナマが、三人の奮闘を見守っていた。
「みんな頑張るよね」
今井咲は、自分の膝に頬杖をついている。彼女のベージュ色の髪は、右で束ねられている。
「飯田部隊の強さを目の当たりにしたからな。誰だって焦るよ」
高樹は言うと、水筒の水を口に含んだ。
「そういう高樹君は、全然戦わないけど大丈夫なの?」
「俺はいいんだよ」
飯田との一件から、はや1か月が発とうとしている。あれから朝弘たちは、更に森の奥へと歩みを進めた。当然危険は増すが、朝弘は、少々無理をしてでも、早く飯田との戦力差を埋めたかったのだ。
探索のメンバーには、魚沼もいる。彼が、こうしてまた朝弘たちと狩りに出れているのは、板尾が【探索補助班】を解体したためである。探索補助の生徒が一人死亡し、さらに魚沼が暴行された。そのことを重く見たのだろう。
さらに牛鬼を二頭狩ると、朝弘は、その場に座り込んだ。力を入れようとも、もう少しも体を動かせなかった。今井咲の能力で疲労は取り除けるが、壊れた筋肉まで治せるわけではない。
朝弘は、高樹に肩を仮りて、何とか立ち上がった。アレイドを呼び出す。商人は、地面から現れ、森の奥から荷馬車がやって来た。
「やっとだな」
高樹は、言った。
朝弘は、うなずいた。そう、ようやくである。今、まさしく目標であった1000魂貨が貯まったのだ。
商人が、お辞儀をすると、すぐさま朝弘は断裂刀を要求した。それと同時に、異空間に収納していた、魂貨の入った袋を2つ取り出し商人に手渡す。
商人は、卑しく笑うと、荷馬車から一本の刀をとり出した。それは、漆黒の鞘に収まり、月明かりを反映していた。それを両の掌に載せて、朝弘に差し出した。
朝弘は、右手でそれを握った。すらりと細身の剣は、見た目以上にずしりと重い。
「たしかに」
商人は呟いた。いつのまにやら、魂貨を回収したようである。しぼんだ袋を2枚朝弘に手渡した。
朝弘は、手に握られた剣を月明かりに照らして見た。すると金色の文字で『すべての事物を画する剣』と彫られているのがわかる。
一つ息を吐いて鞘から剣を引き抜く。するすると飛び出した白刃は、月光が反映して神秘的であった。朝弘は、一本の大樹の前に立つと、軽く一閃した。すると、大樹の幹は別たれ、切り口に滑るように転倒した。
木が倒れた衝撃が空気の底を伝う。それによって生まれた風が朝弘たちの髪を持ち上げた。【断裂刀】の切れ味は、予想以上であった。朝弘は剣を鞘に戻し異空間へと収納した。
「やばすぎだろそれ」
木下は、腰を抜かし、その場に座り込んだ。
「これがあれば戦える」
朝弘は、倒れた倒木を見た。
その後、朝弘は商人に【断裂刀】についての説明を受けた。以下その内容である。
―――――【断裂刀】とは
あらゆる事物を切断する。鞘を用いて刀身に呪いを付与し、これに接触した物は問答無用で分かたれる。決して超絶の切れ味による切断ではないため、あらゆる硬度による影響を受けない。
※ 一振りで呪いは祓われるため、再使用までに鞘に納めた状態で10分の時間を要する。鞘に納めるのは、鞘に刀身が収まることにより、はじめて呪いを発生させるためである。
**********
その日の夜。午後9時、夕食を終えると、朝弘はある場所に向かうべく、階段を上がった。
すこしして4階の一番端にある部屋の前まで来る。室内は、明りが灯っており、話し声が聞こえてくる。扉には、生徒会室と書かれたコルクボードが張り付けられていた。生徒会室を、本部として使っているのは、板尾の部隊である。朝弘は、彼らに用があった。
朝弘は、扉をノックした。
すると、扉が開き、女子生徒が顔をのぞかせる。綺堂茜だ。彼女は、髪の毛を耳にかけ、赤い眼鏡をしている。朝弘を見ると、あら、と言って優しく微笑んだ。
「どうしたの? 入って」
彼女は、体を斜めにして朝弘を向かい入れる。
生徒会室には、長机が四方に配置されており、その周りにパイプ椅子が並べられている。一番奥には、板尾が座っており、その横には、彼とは別に部隊員たちが二人座っている。
「おっ、森でもめたとき助け呼びに来とった子ぉよね?」
室内に入り、すぐにしゃべりかけて来たのは、短髪の日焼けした女性である。おそらく三年生で、たしか体育委員長だったような気がする。机に乗り出して興味津々と言ったようすである。声からはハツラツとした陽気さが伺える。魚沼の一件の時、岩に乗って移動してた生徒だ。能力が印象的だったため覚えている。
朝弘は、控えめに会釈をした。
「可愛い後輩よね。斎藤とは違うね。あいつ生意気だから」
「そう? 斎藤君。いい子だと思うけど」
綺堂茜がフォローする。
「それは、あんたん時だけ。私が言っても何も聞かんし」
「そうだ。あいつは生意気だ」
そういったのは、男子生徒である。髪の毛は長髪で目が隠れている。机の上に足を置いて頭に手をまわしている。
「って。福山君足を机に乗っけないで。後輩の前でしょ」
綺堂茜に怒られると彼は、俺の勝手だろ、と反論しつつも足を下ろした。
「ごめんね。一応紹介しておくと。同じ部隊の、才川愛と、福山徹ね。どちらとも三年生だから、なんかあったら気軽に声かけてね。協力してくれると思う」
綺堂茜は二人の紹介をした。
板尾会長は、奥の席でにこにこと笑っている。
「こんなんだから部隊では僕が一番影が薄くてね。ところで、どうかしたのかい?」
「はい。僕を部隊に入れていただきたいんです」
「おわっ。まじぃ」
才川愛は目を見開いた。板尾も驚いているようである、目を何度も瞬かせた。
「知っての通り、探索部隊ではいろいろ危険が伴いますよ?」
「はい、わかってます」
当然、それくらいのことはわかって言っている。
「雑魚はいらないぞ」
福山が、にべもなく言い放った。
「彼、一度須藤君と喧嘩してたし、それなりに戦えるんじゃない」
綺堂茜は、生徒会室の棚から一冊のファイルを抜き出した。
「でた。須藤」
才川愛は苦笑いを浮かべる。
「愛。須藤君に言い寄られて、苦手なんだっけ?」
綺堂茜は、ファイルを机の上に置くと、ページをめくる。
「あいつしつこいのよ」
「たしかそうね。体を一瞬消すことが出来る能力って書かれてるけど」
彼女は、ファイルを指さして、出入口の前でたたずむ朝弘を見た。開かれたページには、朝弘の名前と顔写真、学年、能力。あらゆる情報が記載されていた。能力は、こちらにきて間もないころ、面接のような形で行った聴取で自分が説明したものである。
「はい」
「これどうやって使うの?」
「消えている間、攻撃をかわせます」
「そんなの見た方が早いだろ」
そういった瞬間。福山は朝弘の隣に現れると、廻し蹴りを放った。だが、朝弘は能力を用いて攻撃をかわす。
それにしても、先ほどまで椅子に腰かけていたとは思えぬほど早い移動である。だが、異空間に入り、落ち着いて彼を見ると、攻撃を放った彼とは別にもう一人彼がいることに気が付いた。椅子に座る福山と、廻し蹴りを放った福山がいる。つまり、福山は、この部屋に二人存在していた。おそらくこれは彼の能力だ。
朝弘は、僅かにゆっくりとした時間が流れる異空間内で椅子にもたれている福山の後ろに移動した。
能力を終え、異空間から出現した時、周りの人間は驚いた顔をした。彼らから見れば、朝弘は一瞬で福山の後ろに現れたのだ。
「いい能力ね。よくわからないけど瞬間移動みたいなものかしら?」
「厳密には違いますが、そう思っていただいてもかまいません」
「福山君どう?」
「まあ、いいんじゃないか」
福山は、椅子に腰かけた状態で頷いた。いつの間にか、廻し蹴りを放った福山は消えている。
「では、決まりですね。一応、最終確認ですが、危険を伴うことになりますが、本当に大丈夫ですか?」
板尾の問いかけに、朝弘はうなずき、口を開いた。
「ただ、一つお願いがあります」
板尾は、ええ、と先をうながす。
「僕は、友人と一緒に行動させてもらえませんか。板尾さんたちとは、別行動で一般生徒たちの分の食料を確保します」
「うーん。それは非常に危険だと思うんですが」
板尾は、悩まし気に眉を顰める。そのため朝弘は、自分が探索部隊が出てすぐに、森に入って独自に狩りを行っていることを話した。彼らに黙って、行っていることだったので、怒られても仕方がないと思っていたが、板尾は、そのことに関して一切とがめるそぶりを見せなかった。
「なるほど。わかりました。それなら大丈夫でしょう。同じ場所に固まっても狩りの効率はよろしくありませんしね」
それに続いて朝弘は、パーナマの話をした。異世界人であった彼女を、校舎に匿っていることを話した。
「それで、その彼女が言っていたんですが、森の先には、人間たちが住む国があるんです」
「ほう。それは興味深いですね」
板尾は、眼鏡をあげるようにした。
「それが本当なら。森さえ抜けれれば、食糧難もどうにかなるかもしれないわね」
綺堂茜は、椅子に座り、朝弘の話す内容をノートに書き留めている。
「はい。ですが抜け出すのは、簡単ではないみたいで」
「わかりました。その件は、また詳しく調べましょう。今は飯田君とのこともありますんで。とりあえずそちらを、かたずけなければなりません」
板尾会長は、ハンカチで額の汗をぬぐった。
「はい」
当面の問題はそれである。あれ以来、朝弘たちも目をつけられているようで、何度か絡まれている。幸いまだ大事にはなっていないが、正直それも時間の問題である。
「会長。今回の件、代々木君にも頼んでみてはどうでしょうか?」
綺堂茜は、板尾に言った。
板尾は、そうですね、と言うと朝弘を見た。
「よろしければ、一つ頼まれてくれませんか?」
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