第15話 戦士の帰還

「魚沼、首を狙うんだ」

 朝弘は、前方で弓を構える魚沼に指示を出した。オークは一体のみである。先ほど接敵したばかりで、こちらにはまだ気づいていない。


 魚沼は、はいよ、と言うと矢を放つ。その射的は正確で、矢はオークの喉に深々と刺さった。オークは、小さなうめき声をあげると、矢羽根を握り引き抜こうともがいた。しかし、そうしている間にも、さらに魚沼が続けざまに放った矢がオークの喉を射止める。


「木下、後は頼む」

 魚沼は弓を下ろすと、さらに前方、オークと30mほどの距離にいる木下に声をかける。

 木下はうなずくと、オーク目掛けて突撃した。彼は、鉄の剣を腰に携え、左手に鉄の丸盾を持っている。その走り方は、剣と盾に引っ張られているようで、ひどく不格好である。

 彼は、オークの目前まで迫ると、剣を鞘から引き抜き自らの上方にあるオークの首目掛け振り被った。そして剣の腹がオークの首に触れると同時、剣は二倍に膨らんだ。速度そのまま、質量のみを変えて、威力を増した鉄剣は、オークの頭を切断した。オークの頭は、地面に転がり落ちる。


 木下は、よろめき尻もちをついた。


「やった。俺やったぞ」

 彼は、こちらを振り向くと、頭上に手をあげた。


 朝弘は、遠巻きにその様子を眺めながら彼らの成長に驚いていた。二人が部隊に加わってからまだ三日である。それで、もうオークを狩るまでに、能力を使いこなしている。


 魚沼の能力は、【視覚強化】である。視力は勿論、暗がりでの視界の確保や、動体視力までもが向上する。木下は、【物体伸縮】。自分の手に収まる物体の大きさを変えることができる。

 二人ともその能力を最大限に生かし戦っている。すでに、朝弘がおらずとも自分たちの力だけでオークを倒すことが出来る。


 木下と、魚沼は、さきほどの戦闘の話で盛り上がっている。

「なんだよお前のあの走り方」

「いや、剣が重いんだよ。今までこんなもん持って走ったことねえんだから」


 朝弘は、木の根に腰を下ろし、水筒に口をつけ水を口に含んだ。彼らが来てから、とてもにぎやかになった。


「にしても、私たちかなり人数増えたよね」

 今井咲は、朝弘のすぐ隣の木の根に座っている。


「ああ、そうだな」

 朝弘は、彼女に視線を移すこともなく、返答する。


「私一つ言いたことあるんだけど」


「んっ何?」

 朝弘は、今井咲を見た。彼女は、どこか不機嫌そうである。


「あの二人はわかるけど。でも何でパーナマちゃんまでついてくるの?」

 今井咲は、朝弘の横にたたずむパーナマを見ている。和服は目立つとのことで、クラスメイトに借りた創造高校の制服を着ている。


「しかたないだろ。言葉がわかるのが俺しかいないんだから。不安なんだろ」


「うわっ。朝弘ちょっと前まで、言葉わからないのがそんなに不安なのか? とか私たちにきいてたじゃない。急に偉そうに」

 今井咲は、朝弘の真似を挟みつつ言い放った。


「そうだったか」


 今井咲は、忘れたの?、と言って不服そうに、目を細めている。


 パーナマは、何が何やらわからないといった風に朝弘と今井咲を交互に見ると、口を開いた。

「喧嘩してらっしゃるんですか?」

 その表情は、不安げに見える。


「ちがうよ。心配しなくていいよ」

 朝弘は、異世界語で彼女に話した。


「そうですか。よかったです」

 パーナマは、微笑んだ。


「あーあ。私も異世界語、勉強しようかな」

 今井咲は、朝弘とパーナマが喋っているのを見て、呟くように言った。


「ああ、なら異世界語の本を貸すよ」


「うん借りるー。あと朝弘、教えてね」

 今井咲は、照れくさげに視線を逸らした。


「うん。いいよ」



 それからしばらく狩りを続け、気づけば時刻は3時を過ぎていた。早く帰らなければ探索部隊が帰ってきてしまう。

 10頭目のオークを狩り終えたタイミングで、朝弘は、みんなに帰ろうと提案した。木下は、やったぁ、と声をあげてその場に座り込んだ。

「もう体くたくた」


 無理もない、魚沼たちがいないときは、5頭も狩れば限界だった。それが今日は10頭である。


「よし、あいつらに食料を持って帰ってやらないとな。アレイド出てきてくれ」

 魚沼が呼ぶと、すぐにフードを目深にかぶった商人と森の奥からは荷馬車が現れた。魚沼は、3日前に森に入ったときから、狩りを終えた際には必ず、クラスメイト分の食料を購入していた。


 魚沼は、5魂貨を支払い、フランスパンを15本購入した。クラスメイトは斎藤を除いて、29人である。(斎藤は、探索部隊の方で別で食事をとっている)フランスパンは大きく、半分に割っても量があるため、これでも十分腹が膨れる。魚沼は、それを麻袋に入れると背中に背負った。


 次いで、朝弘たちは自分たちのパンを購入する。パンの種類は様々である。サンドウィッチや、メロンパンなど、少し値が張るがアレイドに頼めばあらゆるものが頼める。朝弘たちは、各々に自分の好きなパンを購入し口に運んだ。


 そして、余った分の13魂貨は全て朝弘に渡された。これで朝弘の所持は801魂貨となった。断裂刀を購入するにはあと199魂貨である。


「俺らも、ちょっとした探索部隊みたいになってきたな」

 校舎に帰る道中に高樹がつぶやいた。それに魚沼が口を開いた。


「探索部隊って言ったらよ、神田先輩の部隊まだ帰って来てないんだろ? もう3日だぜ、大丈夫かよ」

 3日前から、神田班が帰ってきていない。それは今、生徒中で大きな話題になっている。


「板尾会長が捜索に当たってるらしい。まあ、探索部隊の強さを考えれば、そう簡単にやられるとは思えないけどな」

 言って、朝弘は考えた。探索部隊に選ばれる能力は総じて強力である。

 実際、神田麗美の部隊員たちも強力な能力を所有している。高樹のクラスに、神田麗美の班の【探索補助班】の男子生徒がいて、彼から話を聞くと、【地を干からびさせたり】、【触れたものを片っ端から切断していく】など、めちゃくちゃな戦闘を行っているようだ。そんな部隊が壊滅するとはどうしても思えなかった。


「でも。実際、もう3日も帰って来てないんだぜ。それによ。部隊が一つ減ったせいで、食料の困窮がひどくなってる。このまま、今の状態が続くんだったら、最悪、一般生徒たちに餓死者も出て来る」

 魚沼は、悔しげに言った。

 朝弘は、うなずく、彼の言うように、食糧難は深刻であった。ただでも足りていなかった食料がさらに目減りしているのだ。今は、板尾班が神田麗美の抜けた分の穴を埋めている。彼女がいなくなってから、板尾班が校舎に帰ってくるのは、8時過ぎになった。それでも、食事の量は以前の状態ではない。


「副会長の飯田が、全く知らんぷりだからな。てかそもそもあの班は、一般生徒の命なんてどうとも思っちゃいないんだろうな。配給が続いてるのだって、会長の意向なわけだし。まあでも、一応食料を分配してくれてるだけで感謝するべきか」高樹は言う。


「あいつらに感謝何てできるわけねえだろ。女襲って威張りちらかして。ほんとあいつらの横暴はどうにかならんかね」魚沼は語尾を強めた。


「はーい。私も襲われました。でも朝弘が助けてくれたもんね」

 今井咲は小さく手をあげる。



 そして、その日の午後9時20分頃の事である。生徒中に神田麗美班が帰還したとの情報が流布された。


 綺堂茜は、生徒会室で部隊員からその話を聞いて、すぐに部屋を飛び出した。

 なんでも、一般生徒が、校門をくぐる神田麗美を見つけたらしい。すでに話は広まっており、生徒たちが、彼らの歓待のため、校舎前のレンガ造りの通路にぞろぞろと集まっていた。


 綺堂茜は、靴箱のある出入り口から校舎の外に出た。

 すると、校門から校舎に続く50mほどの道を、神田麗美たちがこちらに向かって歩いてきていた。その姿を見て、綺堂茜は息を呑んだ。

 月光の下、歩みを進める神田麗美たちは、死人のようであったのだ。部隊員の数は、6人にまで減っている。出発した時のほぼ半分である。副長である、木下の腕はもがれ。他には足を片方失っている生徒もいた。その目には光がなく、呆然と前を見て進んでいるふうである。足元をふらつかせ、今にも倒れそうであった。


 急の事で、沿道に並ぶ生徒は、まばらであった。間に合わなかった生徒たちは、窓から顔を出し、神田麗美たちの帰還を見ている。だが歓待に集まった筈の生徒たちは、あまりの悲惨さに誰一人声をあげるものがいなかった。


 綺堂茜は、神田麗美のもとに駆け寄った。


「麗美、大丈夫?」

 綺堂茜は神田麗美に肩を貸した。すると彼女は、こちらを見ると口を開いた。


「茜ね? 私は悪夢を見ていたわ。仲間はみんな死んでしまったの」

 うわごとのように呟く。


「何があったの?」


「とても恐ろしいこと。あなたも気をつけなさい」

 彼女の表情は恐怖にゆがんだ。彼女のこんな表情は、一度も見たことがなかった。


「恐ろしいこと?」


「もう何も聞かないで」

 それ以上、彼女は口を開かなかった。


 **********


「飯田様。神田麗美が帰ってきましたね」

 春日部梓は言った。黒の長髪に、眼鏡をかけている。知的な雰囲気の細い眉は、同時に彼女の人当たりのきつさをも象徴しているようであった。


 ここは校長室。校長が座る巨大な机と椅子が部屋の奥に設けられている。入口から入ってすぐには、来客用のソファ。それはガラスの机をはさんで対面にも置かれており、ガラスの机の上には、ガラスの灰皿が置かれている。その下には新聞紙で作られた灰皿置きがあった。壁沿いに棚があり、表彰状やトロフィーが並ぶ。現在、時刻は午後10時であった。


「ああ。ただ、何があったかわからんが、あの様子では問題にもならんな」

 飯田は、校長椅子に深々と腰かける。

「それよりも。須藤。おまえの話は本当か?」


 須藤は、はい、と濁った声で返事を返した。彼は、ソファに腰かけている。その体面には、清弘が座っていた。清弘は、だるそうに、片足をソファに乗っけている。


「ほんとかよ。お前、あいつら憎くて嘘こいてんじゃねえだろうな?」

 清弘が口をはさんだ。


「本当だって、魚沼ってやつが、配給とは別に食料配ってんの見たってやつがいんだ。それに、着物みたいな服着た、異世界人を校舎に連れ込んでるらしいってのも聴いたぜ」


「それが本当だとすれば、看過できんな」飯田は、ドスの利いた声で言った。

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