第12話 オークとの交戦
「これでもう12人目ですか」
生徒会長の板尾は大きなため息を吐き、頭をかくようにして項垂れていた。
彼は、生徒会室の、長机に腰をかけている。生徒会室は、長机が四方に置かれ、簡易なパイプ椅子が並べられている。部屋の壁沿いに長い棚があり、生徒名簿や、部費、生徒の要望などが書き留められているファイルが収納されている。棚の上には、造花が置かれていた。
「ええ、それも今月だけでです」
綺堂茜は、生徒会室の出入り口の前に立っている。他に、教室内には斎藤がおり、彼は綺堂茜の後ろにダル気に立っていた。
板尾部隊は、失踪者について調査をしていた。というのも、ここ一か月、失踪者が後を絶たないのだ。もちろん異世界に入ってから、失踪者は、いくらかいた。おそらく、それらは、この生活に我慢ならず、助けを求めて森に出た生徒たちだ。そして一番最後に大規模な失踪者が出たのは、異世界に来て二週間ほどたったころである。5人グループで森へ入った男子生徒がおり、彼らは帰ってこなかった。そのうち2人が、死体で発見されたことから、化物に襲われたと結論付けられているが、そのうち3人は、いまだに死体が見つからず失踪扱いである。
それからしばらく、失踪者は出ていなかったが、今月に入って12人。それも、示し合わせて森に出たわけではない。全員が各々違う日に失踪しているのだ。
「やはり、今の生活は一般生徒に多大なストレスをかけているんでしょうか?」
「それはそうですが、しかし、奇妙な点がいくつかあります」
綺堂は、長机の上に、6枚の調査資料を広げた。そのうち、一枚を手にもって口を開いた。
「失踪者のうち8名が、失踪する前日に、浅山健司と接触していたところを目撃されています。ここ最近ですと、3日前に失踪した、沼川洋子さんなんかは、探索部隊の出迎えの時に、浅山健司に言い寄っていたところを目撃されてます。それに、浅山健司が廊下で泣いている生徒に声をかけていたのを見た翌日、その生徒が失踪してます」
浅山健司は飯田部隊の三年の男子生徒で、副隊長をしている。
「なるほど、やはり飯田君の部隊が疑わしいですか」
板尾会長は、眉間にしわを寄せ苦悶に満ちた表情である。
「十分考えられます。ですが、失踪した生徒は、クラスで浮いていたり、死にたがっていたような話も聞きます。まだそうと決まったわけではありません」
「どちらにせよ、もう少し調査が必要ですね」
板尾は、ハンカチで額の汗をぬぐった。頬や鼻の頭、顔のいたるところに汗がにじんでいる。
「ええ、もしこれが、生徒の犯行ならば、このようなことを決して許してはおけません!」
綺堂は、怒りに語尾を強めた。その眼光は鋭い。
「斎藤君、それとなく探ってもらってもいい?」
綺堂は後ろを振り向くと、ポケットに手を突っみ、手持無沙汰に立っている斎藤に声をかけた。斎藤は、うっす、とうなずいた。
「無理はしないでね」
綺堂が優しく微笑むと、斎藤は、目を逸らした。
「わかってますって」
「大丈夫だとは思うけど、一応、麗美の班は私が探りを入れてみる」
神田麗美は、三つある探索部隊の内の一つを率いている生徒会の書記長である。麗美とは、生徒会以外でも、放課後に、一緒に帰ったりと仲が良かった。
「ええ、お願いします」
板尾会長は、疲労困憊と言った表情で頭を下げた。
**********
朝弘は、普段の狩場を過ぎてさらに奥へと歩みを進める。慎重にあたりを見回して進むため、その歩調は遅い。
今日の森の湿度は高く、薄く霧がかっていた。月の光を吸い込んだ水の粒は乳白色に染まり不気味な森を際立たせた。
空気が重く、服が重い。制服の上に来たローブは水を吸って、普段の二倍ぐらいの重みを感じた。
「今日はやめたほうがいいんじゃないか」
高樹が提案したのに、今井咲も同調した。
「そうそう、こんなんじゃまともに戦えないでしょ」
「まともに戦えないからいいんだよ。相手も同じ、俺らが逃げたら追ってこれない」
朝弘は、はなから真っ向から戦うつもりはない。少しでも手こずりそうであれば、すぐに逃げる心積もりであった。
「朝弘らしいな」高樹は笑った。「ところであの子、大丈夫なのか?」
高樹が尋ねるのは、パーナマの事である。二人には、あれから彼女が何も口にしないことを言ってあった。
「このまま水を飲まないなら、もって後1日か2日だろうな」
朝弘は、淡々と歩みを進める。
「でも何で飲まないんだろう?」
今井咲が尋ねたのに、朝弘は答える。
「死のうとしてるんだろう」
「それはわかってるけど、だから何で死のうとしてるんだろうってこと」
今井咲は声を張り上げた。
「それはどうだろう」
朝弘は、立ち止まり考えたが、一向にわからない。
「心細いんじゃないか」
高樹が言ったのに朝弘は、反論する。
「周りには、同年代の女子がいっぱいいる。みんな、献身的に気にかけてる。心細いってことは無いだろ」
「いや、それでも、言葉が通じないんだったら、十分不安になる」
高樹が言ったのに朝弘は眉根をあげると、振り返った。
「よくわからない。やっぱり言葉が通じないってのは、つらいのか?」
朝弘は普段から、クラスで誰とも話してこなかった。でも、心細い。孤独だ。何て一度も感じたことがなかったのだ。
「それはそうだろ。意思疎通できないだし、俺だったらそうだよ」
「そういうものなのか? 今井もか?」
朝弘は、高樹の後ろを歩く今井咲を見た。
「えっ、うん。というか、みんなそうだと思うけど。朝弘も、自分に置き換えて考えてみなよ。言葉通じなかったら不安でしょ?」
「そうかな。いや、でも俺は普段から一人だったし。しゃべらなくてもやっていける。と、思うけど」
朝弘は考えてみる。しかし、わからない。
「そうだった。朝弘は例外ね。だって変な人だもん」
「変って……」
朝弘は、うーん、と唸るようにして考えてみる。高樹や、今井咲と言葉が通じなかったとする。それは、嫌だ。
「もしかしたら寂しいかもな」
「うわっ、らしくないこと言ってる」
今井咲は、驚いたように目を見開く。
「茶化すなよ。でも、寂しくなくなったら、水を飲んでくれるのか?」
「まあ、他に理由があるかもしれないし、やってみないとわからないけどな」高樹は言う。「でも、朝弘にしては、他人のことにえらく熱心だな。惚れたか?」
高樹は、からかったように言った。それに今井咲が反応する。
「えっ惚れたの?」
「違うって」
第一、仮面付けてて顔もわからないし、言葉がわからず意思の疎通もできないのに、惚れようがない。
「ただ、俺はどうにかして、水を飲ませたいんだ。死なせたくないんだよ。聞きたいこといっぱいあるし。でもそれだけじゃなくて……。うーん、やっぱりわからない」
朝弘は、自分の思考がまとまらないことに驚いている。こんなことは今までなかった。
「えっ、何それー。朝弘は、仮面が好きなの? ねぇ?」
今井咲は、不服そうに、まくし立てた。朝弘がいくら違うといっても、しばらく納得しなかった。
それからほどなくして、薄霧に、動物の影がうつった。一気に緊張が高まる。朝弘は、その方向へ気配を殺し近づいた。すると、みるみるうちに、生き物の風体は鮮明になっていく。
その背は、180cmほどはあるだろう。体格もよく腕は丸太のように太い。腹は膨らみ、二足歩行でこん棒を片手にぶら下げていた。
その顔は、目が落ちくぼみ、ギザギザとした歯に、鼻孔だけが顔の中央についていた。仮に名前を付けるなら、オークと言ったところか。
見たところ、あたりに仲間はおらず、【隠遁のローブ】のおかげかこちらに気づいてはいない。
「やってみる」朝弘は呟いた。
「わかった。やばくなった言ってくれ」
「おう」
朝弘は、姿をくらますと、剣を持って現れた。
オークとの距離は50mほど。今井咲と高樹は、後ろで木の幹の影に身を潜めている。
朝弘は息を潜め背後から、一度の能力で、間合いに入れる距離である10mまで近づいた。オークは、首のあたりを左手で掻きながら、手持無沙汰にしている。こちらには気づいていない。
一息吐くと、朝弘はオークへと駆け出した。ローブのすそがけたたましく揺れる。
オークは、ようやく何者かの気配を感じ取ったように、あたりを回した。だが、朝弘の姿は能力で消えている。オークは訝し気にあたりを見回した。
そして、次の瞬間、オークの懐に朝弘が現れた。その距離はすでに剣の間合いである。オークの腰の高さまで身をかがめ振りかぶられ剣先はオークのわき腹を捉えている。
朝弘は、剣を両手に握り、オークのわき腹に、下から上へ突き上げるように剣を差し込んだ。だが、オークの皮膚は、ゴムのように弾力があり、深くまで刺さらない。
体重を乗せた突きは、その斥力を朝弘へと返した。その衝撃は相当で、肩の関節がうめきをあげる。
予想だにしなかった。朝弘は、オークの皮膚に絡めとられた鉄の剣から手を離し距離を置く。
とっさに振られたオークのこん棒が鼻先をかすめた。
朝弘は、必死に皮膚の薄い部分を探した。すると、首筋に血管が浮き出ているのに気が付いた。――首だ。もしこれがだめなら逃げるしかない。
今度は、飛躍して異空間に入る。スペアの剣を持ち出すと、朝弘はオークの首元目掛け剣を差し込んだ。すると、剣は首の反対まで貫通した。オークは呻きをあげて暴れまわる。
だが、それでもオークは倒れない。丸太のような腕を振り回し朝弘を、振り払った。
しぶとい、朝弘は、姿をくらまし距離をとる。すでに、息が上がっている。苦しい。喉の奥から血の味がする。
目の前の、オークをうかがうと、首に刺さった鉄の剣にもがき苦しんでいた。左手で刺さった剣を抜こうとしている。
息を落ち着ける間もなく、朝弘は飛躍してまた異空間へと飛んだ。収納してある最後の、鉄の剣を手に持ちオークの頭上から姿を現す。そして真下にあるオークの首元目掛け、全体重を乗せいた一撃を放った。剣はその根元まで、うなじから喉仏にかけて綺麗に貫通した。すると断末魔の叫びをあげ、ようやくオークは絶命したのだ。
疲れ果て足元をふらつかせる朝弘の手もとに、魂が集まり2枚の魂貨が現れた。朝弘は、その場に腰を下ろし、肩で息をする。
「割に合わないな」
その日はこれで狩りを終え、教室に戻ったときには、午後の2時であった。朝弘が教室の扉を開けるとすぐに、男子生徒が近づいてくる。
「おい、あの子震えてるぜ、もう見てられねえよ」
男子生徒が、朝弘に言った。
朝弘は、教室の隅にいるパーナマを見て、動揺した。彼女の体は小刻みに震えていたのだ。体にけいれんが現れているということは、脱水症状は重度である。もしかしたらすでに手遅れかもしれない。朝弘は、男子と女子のスペースを分ける机をどけて、彼女に近づいた。
「代々木君。どうしよう水飲んでくれないよ」
矢田舞は、手に水を持っていた。朝弘を見るその表情はひどく不安げである。
朝弘は、パーナマの目前まで来ると、彼女の目線の高さまでゆっくりとかがんだ。
「パーナマ」
彼女の名前を呼ぶ。すると、パーナマは顔をあげキツネの面越しに朝弘を見た。ひとまず意識はあるようである。次に朝弘は彼女の手を取った。その華奢な手は、細かに揺れていて、熱い。体温が上昇している。それに、呼吸が荒く肩で息をしている。やはり脱水症状は深刻である。これ以上進行すると、循環器不全を起こして死んでしまう。
「やっぱり無理やりにでも飲ませようか」
魚沼が言った。
「吐き出しちゃうし、だめだよ。それに、そんなことしても根本的な解決にならないよ。きっと、また違う方法で死のうとすると思う」
矢田舞が反論する。
「だったらどうすればいいんだよ。このままじゃ、どのみち死ぬだろ」
「水に塩を入れてくれ」
朝弘が言ったのに、矢田舞はうなずいた。
「うん私、家庭科室に行って、塩とって来る」
彼女は、立ち上がると勢いよく教室から出て行った。
朝弘も立ち上がると、教室の扉に向かう。
「どこいくの?」
女子生徒が朝弘に声をかける。
「ちょっと出て来る」
「おい、俺たちじゃあどうにもできねえ。できるだけ早く戻ってきてくれ」
魚沼に言われ、朝弘は頷いた。
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