第9話 形状変化の能力者

  

 朝弘は、異世界に来てからの一か月の間に自らの能力について、理解を深めた。朝弘の能力は、とても複雑なものである。彼が理解している範囲で、その能力を後述する。※に記述されているのは、その効果により起こりえる結果である。


 ――――朝弘が理解している自分の能力の概要 


 1 朝弘の能力は、異空間を所有するものである。彼は常に教室の半分程の大きさの四方形の異空間を所有している。

 ※ 空間内に自分の任意で入出することが出来る。


 2 空間内は、現実世界の景色が投影される。 

 ※ 空間に入ってもあたりの景色が変わるわけではない。


 3 彼は、連続して長時間の間、異空間に入ることが出来ない。また一度出てしまった場合、現実世界で一定の時間が経過しなければまた、異空間へ入ることはできない。

 ※ 異空間内は現実世界の時間で2秒間滞在すると、強制的に現実世界に排出される。また現実世界で2秒経過しなければまた異空間に入ることはできない。


 4 空間内では、現実世界のあらゆる事象の干渉を受けない。

 ※ 異空間内で朝弘の体は、攻撃や、壁などをすり抜ける。(異空間は、朝弘の足の裏を底として構成されるため、朝弘が地面をすり抜けて地中に埋まることなどは無い)


 5 異空間内では、時間の経過が緩やかである。現実世界の2秒が空間内では2.6秒になる。

 ※ これにより空間内にいるとき、周りの物体の動きが緩やかになる。つまり異空間内で朝弘は1.3倍の速度で活動することが出来る。


 5 異空間に入るときに、自らが身に着けている物体を持ち込むことが出来る。その逆もしかり。出るときに手に持っていれば持ち出せる。(人体などは不可能などの一部制限在り。まだ研究中)

 ※これを使えば剣などを異空間に収納できる。


 6 異空間から出たときに、物体と接触していた場合。現実世界にあるものが優位に立つ。

 ※ 例えば空間内で剣を敵に貫通させた状態で、現実世界に戻った場合、剣の方が消失する。(実体化できず空間内に取り残されるわけではない。文字通り消失、存在自体がなくなる)


 ――――以上




「恥かかせんなよ」

 下卑た笑みを浮かべ男が言った。男の体格はよく、薄っすらと生えた髭に角刈りの髪型は、一見高校生とは思えない。重量感のある鋼の鎧を体にまとっている。


 場所は、校門脇の塀の影だ。時刻は、探索部隊が探索へ向かう午前8時。無論、あたりは月明かりのみで照らされている。

 男に、一人の女子生徒が、襲われていた。制服の襟を引っ張られ、倒されると、上から覆いかぶされられる。男の大柄な体格で女子生徒の体は、綺麗に覆われた。校門の塀の陰に隠れ、彼の巨体はうごめいた。


「さすがに止めないとやばいんじゃね」

 周りの生徒が騒ぎ立てた。だが誰一人として止めに入る者はいない。誰も探索部隊に刃向かいたがらないのだ。


 すこしして、

「須藤。いくぞ!」

 そう言ったのは同じ飯田部隊に所属する清弘である。


「ちょっと待てよ」


「帰ってからやれ。人目が多い。近くに綺堂先輩たちもいるし、見つかったらめんどうだろ」


「くっそ」

 須藤は面白くなさげに、言い放つと、女子生徒から離れた。女子生徒は、乱れたカッターシャツから肌を露出させうずくまって泣いていた。




 探索部隊が、森に発ち、朝弘が教室へと戻ると、2年2組の教室では、魚沼が焦燥感をむき出しに歩き回っていた。

「もう我慢ならねえよ。恵子にまで手出しがって」

 魚沼は語尾を荒らげる。


 鈴木恵子は、教室の端でうずくまって泣いており、その周りを女子生徒が囲んでいる。先ほど、女子生徒が探索部隊に襲われているという話を耳にした。おそらく彼女がそうなのだろう。それで彼氏である、魚沼が怒っているのだ。


 朝弘は、扉のすぐ横の壁にもたれて座ると、怒り狂う魚沼を静観した。たしかに、ここ最近、探索部隊の横暴が目立った。探索部隊が一般生徒に暴力を振るったという話は、よく耳にする。もちろん自分もその被害者の一人である。

 だがそれも無理はない、こういった命のかかった状況では、力の強いものが支配する。まだ一応表立った暴力は行われていなし、それに配給が続いているだけでも、感謝するべきである。

 おそらく、このような僅かな秩序が存在しているのは、会長の板尾と綺堂の存在が大きいのだろう。

 板尾の部隊には副隊長に綺堂茜がおり、彼女の厳格さのおかげで統制がとれていた。その部隊が他の2部隊の抑止力となっている状態である。特に横暴がひどいのは飯田部隊の連中だ。


 しかし、クラスの一体感は、相当なものだ。普段はもめ事に関わりたがらない比較的おとなしい生徒も心配そうに彼女を見つめている。


「でもよ。俺らじゃあいつには勝てないだろ」

 木下が呟いた。


「わかってる。信二に頼もう、あいつなら手を貸してくれる。ダメだったら俺一人でもやる。ぜってぇ恵子襲ったやつを半殺しにしてやる!」

 魚沼は、怒声を響かせた。その顔は、怒りで赤く染まっている。


「私もいくよ。半殺しとかじゃなくて、綺堂先輩に言って怒ってもらおう」

 矢田舞は、立ち上がると丸く大きな目を精一杯尖らせた。

 それを機にクラスの生徒たちは次々に参加を表明していき、探索部隊が帰ったのちに、みんなで抗議にいくことが固まった。


 朝弘は、教室の時計を確認する。時刻は午前10時である。いつも、高樹たちと森へ行く時間である。朝弘は、立ち上がり教室を出ようと、扉を開けた。すると背中から声をかけられる。


「お前は、一緒に来ないのかよ!」

 男子生徒が言ったのに、朝弘は振り返った。


「たぶん俺がいてもいなくても何も変わらないだろ」


「なんだよそれ!」

 男子生徒が怒鳴ったので、朝弘は驚いた。彼がなぜ怒っているのかわからない。

 ふとあたりを見回せば、クラスメイト達が自分に軽蔑の眼差しを向けていた。先ほどまで団結していたクラスの熱が嘘のように冷めてしまっている。 


「何で怒るんだよ」

 朝弘は、呟いた。口に出していたのか、心で思っていただけなのかわからないほどの小さな声だ。彼は、矢田舞を盗み見た。彼女はひどく沈痛な表情を浮かべている。


「普段から透かした顔して、お前ってなんか冷てえよな」

 男子生徒は呆れた口調で言い放つ。


「いいよ、あいつとは別にそんな仲じゃねえし。こんな時だけ頼るのもちげえって」

 魚沼は男子生徒をたしなめた。


「ごめん」

 朝弘はそう言い残すと、廊下へ出て扉を閉めた。

 冷たい。そういえば今井咲にも同じようなことを言われた。もしかしたら自分は冷たいのかもしれない。


 廊下に出ると、踊り場には、高樹がいる。どうやら今井咲の姿は無い。


「なんか咲こないらしい」

 高樹は、少しだけ首を傾けるようにした。朝弘は、うなずくと階段を下りる。


「なんかしたのか?」

 高樹は、朝弘の後ろに続いて階段を下る。


「よくわからない。けどたぶん怒ってる」


「怒ってるなら、なんか原因があるんだろ?」


「なんだろう」

 朝弘は、軽く頭上を眺め、少しの間考えると口を開いた。

「冷たいって言ってたかな」


「あー、なるほどね」

 高樹は得心したような声でつぶやいた。その声に朝弘は、とっさに振りかえり、彼の顔を見る。階段の上の段にいる高樹は、彼を見下ろすように立っている。


「やっぱ俺って冷たいのか?」

 朝弘が尋ねると、高樹は、にこりと微笑み、低い声で笑った。


「冷たいよ。はたから見ればな。でも朝弘は優しいよ。わかりにくいけど」



 校舎を出ると、森のほとんどは巨木の影で紺色に染まっている。反対に所々に見受けられる月が直接差している場所は、眩い電光のような明りに照らされていた。


 朝弘たちがいつも狩りを行っている場所は、月が直接差し込む場所である。ゴブリンは夜目が効くようで、暗い場所で戦うのは自分たちの不利になる。そのため視界が開けていて、戦いやすい場所を選んだ。


 朝弘たちは、いつもの狩場に到着する。

 巨木の間に生まれた大きな空間は、端に倒木が倒れている。


「いつも通り頼む」

 朝弘は、どこからともなく鉄剣をとり出すと、鞘から引き抜く。


「わかった」

 翼竜が現れると、突風がおこった。木々が揺れ、木の枝からゴブリンが滑り落ちる。


 朝弘は、ゴブリンとの距離を詰めると、鉄の剣を一閃した。ゴブリンは彼の振るう白刃にその身を引き裂かれた。矢を引き絞る時間さえも与えない。もう何百回と繰り返した行為である。


 ゴブリンたちは、1頭、2頭と数を減らし、少しもせぬ内に木から落ちた5頭すべてが、魂貨へと姿を変えた。


 朝弘は、手の甲で汗を拭うと、倒木に腰をかけた。

 しかし、ゴブリンたちは全く学習しない。何度この場所で仲間がやられても同じ場所に湧いてでてくる。知能の低い動物ですら、仲間がやられれば、学習してその場所には近づかないのに。それに矢を使うほどの知能があるのであればなおさらである。彼らの行動は、まるでそうすることを義務づけられているようにすら感じる。


「おつかれ、次は何分後だ?」

 高樹は、彼の隣に同じようにしてもたれている。


「いや今日はもうやめよう、疲れた」

 朝弘は、頭上を見上げた。この場所は何度も風で揺らしたこともあり、葉が薄くほとんど吹き抜けである。突風で巻き上がった塵が、月光に照らされきらきらと舞っている。この光景を見ていると、ここが異世界であることを思い知らされる。


「まー、咲がいないから、疲労取ってもらえないしな。まっ俺は木を揺らしてるだけだけど」

 彼は間の抜けた調子でいった。


「高樹、今井を誘ってみてくれないか?」


「たぶん、俺が言ったって来ないだろ。怒らせたのは朝弘だし。それくらい自分でいえって」


「なんて言えばいいんだよ」

 朝弘は、自分が気の利いた言葉が言える人間ではないことを重々理解している。


「深く考えんなって。来てほしいなら来てほしいって言えばいいだけだろ」


「なっ……。来てほしいっていうか、いないと不便で疲れるし。効率が悪いだろ」

 朝弘は照れくさくなって、そっけなく言い返した。


「照れるなよ。てかほんと、朝弘って思ってることがわかりづらいよな」

 高樹は、朝弘を見て少し考え込むと口を開く。


「きっと表情がないからだな。もっと笑ったり怒ったりすればいいんじゃないか」


「そんなこと言われても、あんまりそういうの得意じゃないんだよな」



 校舎へ帰ると、さっそく今井咲を探した。だが、彼女は教室に居なかった。クラスメイトに聞くと、なんでも妹がいるらしく、下級生のクラスに会いに行ってるとのことだった。

 高樹のクラスで、彼と会話をしながら彼女を待っていると、すぐに時刻は午後5時を過ぎた。そうなると、探索部隊を出迎えるのに、一般生徒たちはあわただしくなった。この分だと、今井咲に会えるのは探索部隊が帰ってきた後になるだろう。


 時刻は7時を回り、探索部隊の出迎えを終えた。朝弘は、いつものように渡された食料の入った袋を、調理班のいる家庭科室に運んだ。いつ今井咲に声をかけようかと逡巡しながら、クラスへの階段を上る。すると、全くの偶然に、踊り場にいる今井咲と出くわしたのだ。

 どうやら、教室から出て来て下の階へ行こうとしていたみたいである。彼女は、朝弘に気付くと、わかりやすくそっぽを向いて、朝弘の脇を抜けようとした。


「今井。ちょっといいか」

 朝弘はとっさに彼女に声をかけた。彼女は、朝弘の方を振り向くと、不満そうな顔でこちらを見る。


「なによ?」

 今井咲は、手を後ろに回すと数歩下がり、踊り場の壁に背中をつけた。

 探索部隊が帰ってくると、急にあわただしくなるため、人だかりが多かった。行きかう生徒たちが不思議そうにこちらを見ているのがわかる。かくいう朝弘も【配膳班】なので後30分もすれば、出来上がった料理を運ばなければならない。あまり時間がなかった。


「ごめん」

 朝弘は口火を切った。


「何が?」


「えっ怒ってるんじゃないのか?」

 朝弘は、驚いた。


「別にぃ」

 今井咲は、目を逸らす。朝弘は安堵した。自分の勘違いだったのだ。やはり彼女が怒るようなことは何もなかった。


「そっか、ならよかった。じゃあ明日からまた一緒に来てくれないか? やっぱ疲労回復してくれるやつがいないと疲れる」

 朝弘が言ったのに、今井咲は血相を変えると、怒鳴った。


「朝弘、馬鹿じゃないの! 私はマッサージ器じゃないの! もう絶対いかないんだから」


「何で怒るんだよ」



 その時、後ろから声をかけられた。


「なんだ、おまえ? いっちょ前に女と喧嘩してんのか?」

 振り返ると、そこにいたのは清弘である。


「ちげぇよ」

 朝弘は小さくつぶやいた。それを聞いた清弘は、舌打ちすると、近づいて来た。


「なんだ、その口の利き方わ。お前は誰に飯食わしてもらってんだよ。こっちはお前らのために、命懸けで戦ってんだ。敬語ぐらい使えねえのか?」

 清弘は、朝弘の胸倉に手をかける。


「なんだ清弘、いい女じゃねえか? つれか?」

 清弘に続いて須藤が、後ろの階段から現れた。今朝、女子生徒を襲った男だ。須藤は今井咲を凝視する。今井咲は、須藤を睨みつけると、そっぽを向いた。


「あっ知んねーよ」


「じゃあもらっていいか?」

 須藤は卑しく口角をあげた。


「勝手にしろよ」

 言うと清弘は、朝弘の胸倉を離し、おとなしく階段を上がっていった。上には探索部隊が寝泊まりしているパソコン室がある。床がカーペットになっており空調機器がついている。


「てことで、ほらこっちに来いよ」

 須藤は、今井咲に向かって手招きをする。


「いや」

 今井咲は、朝弘の背中に隠れた。


 一向に自分のもとに来ないのを伺うと、須藤は自から歩み寄った。


「手間かけさせるなよ。ほら、お前邪魔」 

 須藤は朝弘を突き飛ばし、彼女の手首をつかむ。朝弘のことなど眼中にも無いようである。


 弾き飛ばされた朝弘はとっさに須藤の手首を持ちかえした。無意識だった。


「待てって」


「なんだお前、殺すぞ!」

 須藤は、何のためらいもなく、朝弘の顔を殴り飛ばした。

 体格に恵まれた須藤の拳は、凄まじい威力である。朝弘は、殴られた衝撃で後じさると、頬を手でさするようにした。頬がじんじんと痛む。頭がふらふらする。

 須藤は、続けざまに拳を振り上げた。それを見た今井咲は、彼の腕にしがみついた。


「やめて、乱暴しないで……。わかったから」

 彼女は、声を荒らげる。


 須藤は、わかればいいんだよ、と言って口角をあげて笑うと、今井咲の手を引っ張り上の階に連れて行こうとする。

「準備室、空いてっかな」

 須藤の声は明るく弾んでいる。


 朝弘は、須藤の背中を見つめる。何が正解なのかわからなかった。このまま、何もしなければ、自分が面倒に巻き込まれることは無いのだ。だが、今井咲はどうなるのだろうか。ふと、水井恵子が教室の隅で泣いている様子が、想起された。きっと、今井も彼女のように泣くんだ。


「今井から手を放せよ!!」

 気づいたら朝弘は叫んでいた。その声は校舎二階の通路にこだまして、生徒たちの喧騒をかき消した。


 須藤は驚いたように、こちらを振り返る。今井咲もだ。こちらに今にも泣きそうな赤い目を向けた。


 そして次の瞬間、朝弘は力いっぱい須藤を殴っていた。彼のぶ厚い頬を殴打する。しかし、朝弘の軽い拳など、たいした効果もない。殴られた須藤は、一瞬何が起きたのか理解できぬように、きょとんと目をしばたかせた後、見る見るうちに顔を赤らめていった。


「お前殺す。ぜってぇ殺してやる」


 須藤は、床に手をついた。すると、踊り場の床が隆起し、それは鋭利な形状に変化した。その槍のように尖った床が朝弘めがけ直進する。こんなもの直撃すれば命はない。確実に須藤は自分を殺すつもりである。


「だめ。朝弘逃げて」

 今井咲が、須藤の後ろで叫んでいる。


 朝弘の体は異空間に消えた。須藤の攻撃は空を切り、そのまま踊り場に面した2年2組の教室の窓ガラスをたたき割った。ガラスが割れる音の後に、廊下を逃げ惑う一般生徒たちの悲鳴が聞こえる。


「なんだお前? ちょこまかと鬱陶しい」

 須藤の攻撃はさらに苛烈を増す。荒れ狂う校舎の床は、まるで波のようである。不規則な動きに能力を使えども全てをかわしきるのは困難をきわめた。


 コンクリートの床が体をこすり、摩擦で服が破れ、皮膚が削られる。このままでは、いつか必ず殺される。

 生き延びるためには、この男を全力で殺しにかかるしかない。よくて力は五分、手加減などできるはずもなかった。


 朝弘は、異空間へと姿を消す。すると、自分の2歩前の距離に鉄の剣が置かれている。それを手に取った。――これで奴を斬る。


 朝弘は集中する。2.6秒の間に、全ての攻撃をかいくぐり、奴の間合いに入る。2.6秒後、決して自分の体が物体と接触していてはいけない。


 息を一つ吐き、朝弘は飛び跳ねた。奴の腰上の高さで異空間へと入った。この場所が異空間の最低面、床となる。朝弘は、うごめく鋭利な床を透過し、奴の頭上に飛び込んだ。


 時間が発ち、朝弘が現実に戻った場所は奴の頭上であった。だが僅かに、腕の一部が物体に触れた。肉がえぐり取られ、痛烈な痛みが駆け抜ける。

 だが、朝弘は勝ちを確信した。朝弘の真下には、朝弘の姿を探しあたりを見回す須藤のうなじがある。このまま剣を下ろせば必死である。


 瞬間、すべての物質は無に返った。複雑な変形を遂げ、わだかまった校舎の壁や床、朝弘の手に握られていた鉄の剣は消失した。

 床は消え、朝弘たちは半階下にある踊り場に落下した。


 落下した先には綺堂が腕を組んで立っており、朝弘の胸倉をつかんだ。


「能力者同士の喧嘩は殺し合いと同じ、いかなる理由があっても看過できないわ。当然処罰させてもらいます。特に須藤、あなたはいろいろ問題行動があったそうですね」

 綺堂は朝弘を離すと、須藤を睨みつけた。須藤は落ちた衝撃で頭を振っている。


 綺堂の後ろには、朝弘のクラスメイト達がいる。おそらく、騒ぎを見ていた生徒が呼びに行ったのだろう。


「やるじゃん」

 魚沼は朝弘に声をかけた。


「いやなんか代々木っぽくなかったよな。別人みたいだった」

 クラスメイト達は、朝弘に声をかけた。


 それに朝弘は驚いた。なぜかクラスメイト達が自分のことを称えてくれているからだ。ただ自分は、何の考えもなしに、怒りに身を任せただけである。それなのにとても暖かい。こんな感情を朝弘は知らなかった。


「見た所、大事はなさそうですね。でも念のため、医療班に見てもらってください」

 綺堂は言うと、その場を後にした。後ろに控えていた彼女の部隊員が、須藤を一緒に連れて行った。


「朝弘ーー!」

 一回の廊下から今井咲が駆けて来る。朝弘を見つけると飛びついた。おそらく別の階段からまわりこんできたのだろう。


「痛い? 痛いよね。待ってねすぐ、痛みを消してあげるから」

 今井が朝弘の胸元に手を付けた。すると、ずきずきと痛んだ体の痛みがなくなり、軽くなった。


「今井。俺」


「私、朝弘のこと誤解してた。ほんとにごめん」


「もう怒ってないのか?」


「うん。怒ってないよ」

 今井咲は微笑んだ。

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