第6話 能力の選別

 

 午後8時を過ぎると、教室は、静まり返っていた。泣いていたものも、不満を言っていたものも黙りこくっている。会話は時折ぼそぼそと私語が聞こえる程度だ。


 教室は机で二つに区切られていた。教壇側と掃除用具側である。教壇側に男子が陣取り、掃除用具側に女子が陣取った。教室を区切ることを提案したのは女子である。すでに誰もがこの教室で、一泊することを覚悟していた。


 男子側では、魚沼が痛みに低い唸り声をあげており、その隣には恵子がつきっきりである。女子は男子に絶対にこっちの陣地に入ってこないでと言っていたが、どうやらその逆は、問題がないようである。


 朝弘は、ドアのすぐそばの壁にもたれて、窓の外を見ていた。教室は二階にあり、少し先に森の開口部分が伺える。校舎の敷地を囲うように、巨大な大樹が並んでいる。大樹の頂上は校舎をも超え、幹の太さは、一寸した展望台を思わせるほど太い。大人五人が手を繋いで囲えるかどうかの周囲だ。森にしても、これは相当な樹海である。


 それに、と朝弘は、巨大な月を見た。一体いつまで夜なのだろうかと考える。ここに来てから、もう半日が発つが、一向に明ける気配がない。


「あーあー。こんなことなら、ダイエットなんてするんじゃなかったな」


 女子側から、矢田舞の抜けた調子の声が聞こえてくる。女子たちはひそひそと会話をしているようだが、しかし、彼女の声だけ異様に大きくこっちにまで丸聞こえである。


「あーあー。ダイエットなんて」


 彼女は相当悔やんでいるようだ。同じことをうわ言のように繰り返している。


 しばらく、教室内ではひそひそと他愛のない会話が聞かれた。すると、突如ドアがノックされ、クラスメイト達は一斉に扉の方を伺った。


「生活委員長の綺堂です。生徒会からの指示を伝えに来ました」

 扉越しに声が聞こえる。綺堂と言えば、斎藤が暴走した時に止めに入った女子生徒である。彼女がノックしたのは男子側のドアであったため、近くに座り込んでいた朝弘が、はい、と言って扉を開けた。


 綺堂茜は、ノートと、クラス名簿を手に持っている。力強い目で教室内を見回すと口を開いた。


「机で教室を区切ってるんですね」

 感心したようにつぶやくと、一泊置いてつづける。

「じゃあ、今から生徒会の指示を伝えますんで、女子のみんなも聞いてくださいね」


 言われ、女子生徒達は教壇の方へと近づいた。区切られた机をのけると、男子側へ入って来る。


「とりあえず。明日から、校舎の周辺を探索します」


 綺堂茜が言ったのに、大半のクラスメイトたちは困惑した表情を浮かべた。


「嫌です。魚沼とかがこんな風になってるのに、外に出たくありません」

 水井雪だ。彼女が言ったのに、クラスメイトたちは頷いて同意する。


「いいから、落ち着いて聞いて」

 綺堂は、生徒たちを優しい口調でなだめる。

「外は危険っていうのは、負傷者に話を聞いて把握してます。ですが今、救出を頼りにできる状況ではないと、思うんです。なので、しばらく私たちだけで、ここで生活しなければなりません。それで幸い水は使えるようですが、食料が足りないの。だからその確保をします。それに、一生ここに住むわけにもいかないでしょ? 森の先に、誰かいるかもしれないし」

 綺堂茜は、優しく微笑んだ。


「けど。襲われたら、どうするんですか」

 水井雪は、今にも泣きだしそうに、目元を赤らめ反論する。


「大丈夫。私たちには能力があるでしょ。十分戦えます」


「でも、私の能力なんて、ほんと何の役にも立たないんです」


「うん。そういったこともちゃんと考えてあります。能力的に戦闘向きではない子もいますから。それで、今から皆さんの能力について把握させてもらいます。私が名前を読んだら、自分の能力を説明してください。その能力をこちらで選別して、明日の探索に向かってもらいます。だから、能力はできるだけ詳細にお願いします」


 綺堂は、生徒たちに机を対面でくっつさせると、その一方に座り、ノートとクラス名簿を開いた。

「まずは井岡さんから」


 名前を呼ばれた女子生徒は、はい、と返事をする。


「どうぞ」

 綺堂茜は、対面の机を手のひらで指した。


 綺堂茜は、一人ずつ面談のような形で質問を行っていった。時には、実際に能力を使用させその程度を図っていた。そして次に斎藤の名前が呼ばれる。


「次は斎藤君ね」

 綺堂はクラス名簿を確認して頭をあげる。


「あれ斎藤君はいないの。斎藤信二君」

 綺堂茜は、誰も名乗り出ないのを見ると、生徒たちを見回した。

 すると、クラスメイト達の視線が、返事をしようとしない斎藤に向けられた。彼は、教室の隅の方でふてくされたように座っている。おそらく体育館で言われたことを根に持っているのだろう。


「ああ、体育館の子ね。たしか能力は炎だっけ? 君のは詳しく聞かなくてもいいかな。たぶん探索組に回ってもらうだろうし」

 綺堂茜は、えっと、と言ってシャーペンを口元にあてがう。

「あんまり暴走させないようにしてね」


「うるせぇ」

 斎藤は吐き捨てた。


 能力の面談は、さらに一時間ほど続き。最期に、朝弘の名前が呼ばれた。名前の順で呼ばれているため代々木は最後である。

 朝弘は、立ち上がると、綺堂の前の席に腰をかける。


「君のは、どんな能力?」


「自分でも把握しきれていなくて、わかりません」


「うーん。それってどういった系統のものなの? わかっている範囲でいいから教えて」

 クラスにも三人ほど、自分の能力を把握していない者がいた。綺堂はその時と同じように対応している。


 朝弘は、逡巡した。自分の能力は、クラスの中で比較的に戦闘向きで有用性があるように思える。もし、万が一にでも、探索部隊に駆り出されれば、非常に面倒である。

 もちろん団体行動が好ましくないというのもあるし、そもそもあまりメリットがない。そのため彼は、嘘をつこうと決めていた。


「体を一瞬だけ消すことが出来ます」


「一瞬? というとどれくらい。一秒、二秒」

 綺堂は。1本、2本と指を立てる。


「いえ、一秒もありません。ほんとに一瞬です」


「見せてもらってもいい?」


 朝弘が頷くとその体がほんの一瞬消えた。本当に些細なもので、まるで体が点滅したような感じである。


「それは体が透明になってるってこと?」


「いえ。その一瞬だけ、体ごと消えます」


「へえ。変わった能力ね」


 綺堂茜は呟くと、印刷されたようなきれいな字で、【体を消す】(ほんとに一瞬)と名簿に能力を書き込んだ。

 彼女は、ノートと名簿をたたむと、立ち上がった。


「はい、わかりました。ありがとうございます。みんな、ひとまず今日は休んでて。校舎の見張りは生徒会の役員たちで交代して行うから。それで多分、明日の八時までには、色々と決めて、役員の者が説明しに来ると思います」


 綺堂茜は背筋を伸し、ノートと名簿を胸元に抱ると、教室を後にした。



 時刻は午後10時を回り、すぐに教室の明かりが消された。室内は月明かりのみに照らされる。それでも十分明るく、ワックスのかけられた教室の床に月明かりが反映している。

 暗がりでひそひそと、喋り声が聞こえるのは、まるで中学校の修学旅行の夜を思い起こさせる。無論朝弘が、喋っていたわけではなく、同じ部屋のクラスメイトが、集まり喋っているのを、うとうとしながら聞いていた。


 ふと朝弘は、もう一度能力を使ってみた。しかし、朝弘の体やあたりには、何の変化も起こらない。だが、確実に今自分は消えている。さきほど綺堂に能力を見せたときも、彼の視点から見れば今の状況と何ら変わらなかった。

 もちろん、消えることが出来るのが一瞬というのは嘘である。何度か試したが、2秒はこの状態を保つことが出来る。

 そして、この状態になったとき、もう2つほど奇妙な点がある。

 朝弘は、能力を使うと、目の前の壁に触れようと手を延ばす。だが、その手は壁に妨げられることなく壁を抜ける。その1つがこれである。この状態の朝弘は、あらゆる事物に干渉することが出来なかった。

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