第5話 生徒会

 朝弘が体育館へ戻ると、動揺する生徒たちの喧騒が体育館に反響していた。だが、騒ぐ生徒たちに恐怖心のようなものは感じられない、何か楽しんでいるような、嬉々とした声音である。


「皆さん落ち着いてください」


 生徒会長の板尾幸喜(いたおこうき)は、壇上に上がると、ついさきほどまで校長が使っていたマイクを手に持ち、呼びかけた。

 彼は真面目を絵にかいたような見た目である。勉強のし過ぎで視力を落としたのであろう、目に架けられた眼鏡は彼の勤勉さを物語っている。体格は細身の長身であった。


 しかし、彼の呼びかけに誰も耳を貸そうとしない。


「皆さん聞いてください」

 板尾会長の声は、ふるえていて弱弱しい。これでは誰も耳を傾けない。


 やがて、何度か呼びかけを続けたのち、彼のマイクは取り上げられた。取り上げたのは、副会長の飯田俊哉(いいだとしや)である。

 彼は落ち着き払っている。日に灼けた浅黒い肌に、鍛え上げられた体。短髪で逆立った髪の毛は、いかにもスポーツマンである。まさに板尾とは真逆のような外見だ。


「静かにしろ。今から俺らが話をする!!」


 彼の怒声で、ようやく生徒たちは静まり返った。しかし、それでも騒ぎ立てる男子生徒がおり、それに対して飯田は壇上から降り近づいた。


「黙れ。殺すぞ!!」


 静まり返った体育館に、飯田の怒声が反響する。いきなり殺すとは何とも横暴な言い方である。


「うるせぇ。やってみろよ」


 男子生徒も、全校生徒の前で引くに引けないようである。威勢よく啖呵を切った。

 すると、すぐに飯田の体は変態した。その体躯は常時の1.5倍ほどにまで膨らみ、筋肉は隆起した。飯田は片手で軽々と男子生徒を持ち上げた。一方で、男子生徒の体は鱗のようなものに覆われている。おそらく彼も何らかの能力を使用しようとしたのだろうが、飯田のでたらめな力になす術がなかったのだろう。


「こんな訳のわからないことになって苛立ってるのは、お前だけじゃないんだよ」


「わかった、冗談だ。おとなしくするよ」


 男子生徒は空中で足をばたつかせ、あっけなくも降伏した。それほどに飯田の気迫は凄まじかったのだ。しばらくして飯田は手を放し、男子生徒を真下へと落とした。


 創造高校の生徒数は600人を超える。今、その全ての生徒が体育館に集まっている。

 先ほどのことがあってか、しんと静まり返っており、うっすらとした緊張感が漂っていた。


「え~、っとですね」

 板尾は、飯田が作り上げた空気を台無しにするような、気の抜けた声で口火を切った。

「今色々と、不思議なことが起ってまして、皆さん混乱をされていると思います。で、ですね。体育館の外に校舎があると思うんですが、ひとまず自分たちのクラスに戻ってください。それで、方針が決まり次第、随時クラスの方へ連絡を入れます。それと、どういう訳だか校舎の外は森です。くれぐれも外に出たりしないようにお願いします。また、何か問題がありましたら、生徒会室までお願いします」

 板尾は始終、汗の滴る額をハンカチで拭っていた。


 説明が終わると、ざわざわと生徒たちは、自分たちのクラスへと戻っていった。



 朝弘が自分のクラスである二年二組へと戻ると、教室内にはすでに半数ほどの生徒がいた。室内は蛍光灯で照らされており、電気は普段通り使えるようである。

 教壇のそばでは女子生徒が泣いており、矢田舞がその生徒を慰めている。そのほかにも、三々五々グループで集まって話し合っている。


「お腹すいた」

「飯とかないのかな」

「てか俺たち帰れるよな?」


 その内容はどれも悲観的である。


 朝弘も、同様である。先ほどまでどこか楽観的な気持ちがあったが、急に現実感が湧いてきて、それと共に不安がこみあげて来る。

 朝弘はひとまず自分の席について今の状況について考え込んだ。

 水は確保できている。先ほど、廊下に取り付けられた水道の蛇口をひねった時、水が出た。水がなければ数日で詰むため、これはありがたい。それにどういう仕組みかわからないが、電気も通ってる。だが確認したがスマートフォンの電波は来ていなかった。

 次に重要なのは食べ物だ。おそらく、学校にそれなりの保存食はあるだろうが、そんなもの全校生徒で食べれば一日二日で無くなる。どうにかして調達する必要があるだろう。


 それからぞろぞろと、クラスの生徒たちが帰ってくる。だが、いつまでたってもクラス全員が揃うことは無かった。斎藤たちが帰ってこないのだ。教室の後ろに取り付けられた時計を見れば、体育館で解散してから、もう20分は発っている。


 おそらく森を探索しに行ったのだろう。クラスに戻るまでの道中、いくつかのグループが学校の外へ出ていくのを見た。朝弘も興味はあったが、一人で向かうにはリスクが大きすぎるため止めた。もしかすれば、熊や猪が出るかもしれない。


「たぶん。森に出てってるよね、斎藤たち。大丈夫かな?」


 クラスのみんなは、彼らを心配してる。クラスで斎藤たちは、中心的な人物で人気もある。


 それから一時間後、勢いよく教室の扉が開け放たれた。

 見ると、斎藤が魚沼の肩を担ぐ形で、教室に入ってきた。魚沼は、顔面蒼白で、腹部に矢が刺さっている。制服のシャツはどす黒い血が滲んでいる。


「おいっ誰か頼む」


 教室に女子生徒の悲鳴が上がる。悲鳴を上げたのは魚沼の彼女である恵子だ。いつも休み時間になると、周りの目も気にせず、いちゃついている。おんぶや抱っこなど、羞恥心のかけらもない。


 すぐに机はどけられ、空いた床に魚沼は仰向けに寝かされた。腹部からは血があふれ。恵子は、こぼれ出る血を必死に手で押さえようとする


「だめだ止まらないよ。早く矢を抜いてよ。勇気が苦しそう」


「おうわかった。ちょっと待っとけ」

 斎藤は矢を抜こうとする。


「だめだって」

 たまらず朝弘は声をかけた。矢には多くの場合返しがついていて、抜けば余計に傷口を広げるはずだ。

朝弘はそれを知っていた。クラスメイト達は、こちらに視線を向ける。


「だったらどうすんだよ?」

「何でもいいから、どうにかしてよ。死んじゃう」

 斎藤は、苛立たし気にこちらを睨み、恵子は泣き叫ぶ。


 皆が焦っている。朝弘は、倒れ込む魚沼に近づくと、屈んで傷口を見た。思ったより出血がひどく、このまま処置をしなければおそらく一命に関わる。


「木下だっけか、ちょっと来てくれ」

 朝弘は木下望を呼んだ。木下は、つい先日、水筒を消していた生徒だ。火急の状況ということもあり、彼は朝弘の指示におとなしく従う。近づくと朝弘のすぐ隣に屈んだ。


「お前の能力で消せるか。矢」


 朝弘は、クラスメイトの能力は大まかに把握している。木下の能力は【物体伸縮】能力である。彼の能力を使えば、矢を小さくして、傷口を広げることなく引き抜けるはずである。木下は、得心したように首を縦に振る。


「おおう。なるほどな、わかった」


「抜いた後どうすんだよ?」

 斎藤は、朝弘を睨みつける。


「ホッチキスで止める」


「正気かよ?」


「何もやらないよりはましだ。誰か取って来てくれ」


 周りを囲っていた女子生徒の一人が、わたしあるけど、と遠慮がちに言った。


「とって来てくれ」


 朝弘が言うと、頷いて、小走りに自分の机に向かうと、ホッチキスを持って帰ってきた。朝弘はそれを受け取る。


「矢を抜いたらすぐに、留める。斎藤は皮を引っ張ってくれ」


「わかった。魚沼。ちょっと我慢しろよ」

 斎藤は苦しむ魚沼に声をかける、魚沼はゆっくりとうなずいた。


「抜くぞ」

 木下は矢を縮小させ、体から引き抜いた。同時、斎藤が傷口の皮を引っ張ってくっつける。魚沼は、唸るようにして苦痛の叫びを抑えている。


 朝弘は、皮の両岸をつまみ、ホッチキスをあてがい留めた。それを三回繰り返し傷口をふさぐ。思ったより、綺麗に傷口が塞がった。


「ひとまず応急処置だ。あとは、手分して、医療系の能力のあるやつを探してきてくれ」


 朝弘が言うと、クラスメイト達は駆けだした。ひと段落を終え、朝弘は教室の壁に、もたれるように座り込んだ。こんなに緊張をしたのは初めてのことだった。


 クラスメイトが治癒能力者を連れて来たのは約一時間後だった。どうやらほかのクラスにも負傷者がおり、治癒能力者が枯渇していたようである。治癒能力者である女性の能力は、治癒というより、完璧な縫合であった。彼女が触れると寄せられた傷口がきれいに閉塞したのだ。


 縫合を終え、ひと段落終えると、クラスの女子が斎藤に尋ねた。


「何があったの?」


「ああ、よくわかんねぇんだけど、森歩いてたら突然その矢が飛んで来たんだよ。俺らの周りにも、生徒がいてよ、そいつらもバタバタ倒れてくし。まじで訳わかんねぇよ」

 斎藤は苛立たし気に頭をかく。胸ポケットから煙草をとり出すと、何も使わずに火をつけた。


 時刻は午後6時を回り、校舎には最終下校のチャイムが鳴り響いた。

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