第4話 異世界転移

 土日をまたぎ学校が始まる。


 今日は、月曜日で全校集会がある。朝弘は学校へ到着すると、すぐに荷物を置いて体育館へ向かった。その道中、何度も能力を使用する生徒を見た。もう見馴れた光景である。壁を歩く生徒や、虎に跨る生徒。一応、学校では能力の使用が禁止されているが、そんなものを守る生徒はほとんどいない。


 体育館に入ると、さらにひどい。あちこちで、能力が使用され、何が何やらわからない状態だ。高校生にとって、最高の遊び道具なのだろう。


 朝弘がクラスの列に並ぶと、どうやら斎藤が誰かと口論をしているようだった。朝弘は背の順で斎藤の一つ後ろである。


「どう考えても俺の能力の方が強いだろうがよ」

 斎藤の語勢は荒い。彼はいつも怒っているような気がする。


「うっせぇ、お前の能力なんて手から火がちろちろって燃えてるだけだろうが」

 隣のクラスの生徒が、馬鹿にした口調で言った。


「言ったな、見てろよ」


 突如、斎藤の体の周りから、発火した。朝弘は身の危険を感じ距離をとる。

 見ると、どうやら、彼の体が燃えているわけではなく、その周りの空気が燃えているようである。

 その炎はますます広がりを見せ、瞬く間に焚火の大きさまで膨らんだ。

 彼の周りからは、人が離れ、遠くに人垣ができた。体育館は熱せられ、異様な高温になる。


 あたりは騒然とする。比較的遠くに並ぶ下級生や上級生たちもこちらに注視しているのがわかる。


「なんかすげぇーの、いるぞ」

「なんだ能力バトルか?」


 そんな声があちこちで聞こえた。


「わかった。えぐいって、謝るから」


 先ほど斎藤と口論していた男が遠巻きから謝罪している。


 これで落着かと思ったが、斎藤のようすは不自然であった。火の中心で、焦燥感むき出しにあたりを見回している。


「ちげぇって。収まらないんだよ」

 そう言った彼の声からは、ひどい焦りが伝わってくる。


 その動揺はあたりにも伝染し一層騒然とした。火柱が体育館の天井に今にも達しそうである。


 だが次の瞬間だった。突然巨大な炎が消失したのだ。

 朝弘は、まるでキツネに化かされた気分になった。周りの生徒も同様で、目を何度もしばたかせている。体育館の床は黒く焦げ付いており、燃えた木の匂いがあたりに充満していた。その中央に斎藤がへたり込んでいる。その姿はまるで燃え尽きた木造人形のようであった。


「何をしてるの? 火事になるわ。自分で制御できない能力なんて使わないで」


 人垣から出て来たのは女性である。制服のネクタイの色から三年生であることがわかる。ショートカットの黒髪は綺麗に整っている。目力がすごく、その眼差しは脅迫的ですらあった。制服はきれいに着こなし、乱れ一つない。それに加え、目にかからないように黒いピンで前髪を分けており、その風采から彼女の真面目さが見て取れた。


「もうすぐ朝礼が始まる。早く並んで」


 彼女は、呆然とする生徒たちを睨みつけると、三年生の列に戻っていった。


 朝弘の近くでは、彼女のことを話す声が聞こえた。


綺堂きどう先輩おっかねぇ」

「お前知ってんのか?」

「おんなじ部活だよ」


 どうやら彼女は綺堂という名前らしい。


 朝礼が始まると、校長が体育館の壇上にたつ。眉毛の垂れた六十代の老人だ。あたりの生徒たちは、はなから話を聞くつもりがないのか、相変わらず自らの能力で遊んでいる。列も乱れ、かろうじてクラスごとに集まっている程度の秩序が保たれている。

 しかし、校長が話し始めると体育館の空気は一変した。


「えー。皆さん能力の理解は深めることができたでしょうか? 戦闘に特化した能力、生活に役立つ能力、またそれ以外にも色んな用途の能力があると思います。その能力はあなたの個性です。身長や体重、性格や学力、運動能力と同様、一つの要素としてあなた自身を形作るものです。さて、あなたたちはこれからその能力を使って困難に立ち向かわなかればならない。そこでは、これまであなたたちの過ちを正し、道を照らし、恩愛をくれた大人達はいません。自らの道は自らで選定しなければならない。それが大人になるということです。それぞれの正義を以て悪を見極めなければなりません。中には道を踏み外す者もいるでしょう。ですが、それも人が生きるということです。決して間違いなどではない。そもそも道を踏み外すという表現が間違っている。踏み外れた場所にもきっと道が存在するからです」


 あたりは静寂となった。


「あなたたちの人生が悔いのないものであることを、大人たちは願っています」


 その言葉を言い終えると、校長は壇下に手を延ばした。何やら不明解な言葉を口ずさむ。周りを囲む、教師たちも同様の仕草を行った。

 すると、おもむろにに体育館が光に包まれていく。

 少しもせぬ内に全生徒たちは、その光明につつまれた。あまりの光度に全身の細かな形は失い輪郭のみが黒い線となった。やがてすべてが光と一体となった時、視界が開けた。


 そこには何の変哲もない体育館があった。ただ教師や校長、大人たちはいない。生徒のみが残された。

 しかし朝弘は、すぐに異変に気が付いた。体育館の上部に取り付けられた窓の外が暗い。朝礼はむろん朝に行われていた。今が夜であるのはおかしい。

 あたりは静まり返っており。時々、ひっそりとした喋り声が聞こえる。


「何だったんだろ今の?」

「すごく眩しかったよね」

「あれ田口先生、さっきまでそこにいたのに」


 突然のことに、みんなパニックを起こしている。


 すこしして、生徒の一人が大声をあげる。

「おい外、森だぜ」


 男子生徒は、開け放たれた体育館の裏口の前で、外を指さす。たしかに、その外には、鬱蒼と茂る木々がある。創造高校の周りは、住宅街で森などありえない。


 朝弘は、たまらず駆け出した。表の入り口から体育館を飛び出す。出てすぐに暗闇に校舎がそびえたつ。


 そして彼は空を見て驚愕した。そこには、日常ではありえないほど巨大な月が空を覆っていたのだ。それはこれまで見てきた月の何十倍もある。


「嘘だろ」


 朝弘は確信した。ここが異世界であることを。

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