第3話 使役竜
公園は、街灯が四方に立ち、象の形をした滑り台や、ブランコなどの遊具に複雑な影を作っている。トイレの明りには、虫がたかっている。
朝弘が公園に入ると、ブランコに人影があるのがわかった。近づいていくと、そこにいたのは坂野高樹である。彼は、朝弘の唯一の友人と呼べる男であった。
背は高く、顔立ちが整っており、愛想もいい。好感の塊のような人間である。彼は、ブランコに座りゆっくりと揺られている。
朝弘が、手をあげたのに、高樹は、おう、と返事を返すと呟いた。
「ブランコなんて久しぶりに乗った」
言うと高樹はブランコに乗ったま立ち上がり、勢いよくこぎ始めた。ブランコの動きに彼の影が壮大に躍動した。
「で、どうしたんだよ?」
朝弘は、もう一つあるブランコに腰かけると、立ちこぎを続ける高樹を見た。
能力が日常化した社会に移行してから、一週間がたった。今の時刻は午後八時。朝弘が、自室で晩飯代わりにコンビニで買ったおにぎりを食べていると、突然高樹から相談があるから会えないかとの連絡があったのだ。それで、二人の家の近くにある公園で会う約束をした。
朝弘は、ブランコを、ゆっくりと揺らした。少しの間、ブランコに揺れていると、高樹が口を開いた。
「なんか不思議なことが起ってる。どう思う、朝弘は?」
「おもしろいじゃんゲームみたいで」
「おもしろいって……」
高樹は、軽く呆れたように笑った。もちろん友人に向けられた嫌味の無いものである。
「いいじゃん、日常何て退屈なんだから。少しくらいの刺激があっても。何か問題あるのかよ?」
「おおありだよ。てか少しじゃねえだろ」
そういうと高樹は、ため息を吐き、ブランコから飛び降りた。朝弘の前まで来ると口を開いた。
「俺に触れてみてくれ」
「何だよ急に」
朝弘は彼の肩に触れようと手を延ばす。その時、突風が巻き起こった。ブランコの鎖はけたたましく揺れ、錆びた鉄のきしむ音が鳴り響いた。その風は、自然の風にしては凄まじく規則的だった。波のように何度も強弱を繰り返す。
しばらくし風が弱まった。朝弘はブランコから立ち上がり、空を仰ぐと、息を呑んだ。
「おいおい、なんだよ。そのRPGでチート認定受けそうな能力は」
高樹の頭上には巨大な翼竜が翼を広げて飛んでいた。公園を覆うほどの巨体に、その体に所狭しと並べられた鱗が、月明かりを反映して、黒々と照り映える。目の上には、細かな産毛が生えているのがわかる。それには生物特有の生々しさがあった。
「茶化すなよ。本気で悩んでんだ」
「それがお前の能力ね……。竜を召喚するってところか? でも何でそれで悩む必要があるんだよ?」
「ああ。たぶん一言で言ってしまえばそうなんだけど、そんな簡単じゃないんだよな。こいつは俺の意志なんて全くの無視だ。俺に誰かが触れようとすれば、今見たく現れる」
「なるほどな」
朝弘は考え込んだ。
この何日間かで能力についてわかったことがある。それは能力が抽象的ではなくかなり具体的なものであるということである。例えば、クラスで水筒を消失させていた男子生徒。彼の能力は単に物体を消失させるものではなかった。これも盗み聞いた情報だが、彼は両手に収まる物体しか、消すことしかできず。また、厳密に彼は物体を消失させているわけはない。そのものの大きさを自在に操ることが出来る能力だった。
それと同じで、もしかすれば高樹の能力も何か別の要素があるかもしれない。
「好きな時に呼べるのか?」
「わからん。自分で呼んだことないからな」
朝弘は高樹に近づくと、今度は強めに肩を叩いた。すると、また風が吹く。今度は先ほどの数倍の突風であった。土埃が巻き起こり、朝弘はとっさに両腕で顔を覆った。彼の体は大人の腰ほどの高さまで持ち上げられ、飛ばされると公園の広場に背中から落ちた。
背中に痛みが走り、せき込んだ。竜は、興奮するように朝弘を中心にして上空を飛び回っている。
すぐに高樹が駆け寄ってきた。
「なにやってんだよ」
「ちょっと気になったんだよ……。でもこれで確信した。その竜はお前のことを守ろうとしてるんだ。お前に危害は加えないよ」
朝弘は、スウェットについた土埃を払いつつ、立ち上がる。
「違うって。俺が悩んでるのはそういうことじゃなくて……。怖いんだよ。今みたいに俺の周りの奴が、危ない目に合うの。こいつが暴走して俺の家族や友達を殺すんじゃないかって、ずっと不安なんだよ」
「手懐ければいい。その竜は利口だ。そいつが本気を出せば俺なんて死んでるよ。おそらくそいつは人の命の重さを理解している」
「竜だぜ、信用なんてできない」
「でも一度も人を殺していないんだろ?」
「それはそうだけど」
「そんなバカでかい体で人を殺さないように立ち振る舞うのは、骨が折れるだろ」
朝弘は、今も上空を飛び回る竜に、問いかけるように空を見上げた。
高樹は目を見開くと、ちょっと待ってろ、と言って自販機に走った。そこで、コーンポタージュの缶を買って来ると、朝弘に投げた。朝弘はそれを受け取る。温かい。
「サンキュー。なんか、ちょっと気持ち楽になった」
「ああ。それはよかったな。でも何でコーンポタージュなんだよ」
朝弘は、手にもった缶をまじまじと見た。
「俺が好きだからだよ。うまいだろ。コーンたっぷりだぜ」
朝弘は、缶に口をつけた。温かくて、ほろ甘い。
「うまいけど」
朝弘が言うと、高樹は、だろ、と自慢げに言い放った。
「でも、俺の召喚した竜が凶暴で殺されてたらどうするんだよ」
「大丈夫な気がしたんだよ。お前の口ぶりから人は殺してなかったみたいだし。出て来たときも周りの建物にぶつからないように空を飛んでた」
「ほんと感心するくらい、いつも冷静に観察するよな。そんなんだから学校でも浮くんだろ」
そういって高樹は笑った。相変わらず、遠慮がない奴だ。
「明日も学校だな。いって、肘、擦りむいたな」
朝弘は、半そでをまくり、血のにじんだ肘を見ながら帰宅しようと歩き始めた。
「ところで朝弘の能力は何だったんだ?」
高樹は尋ねる。あれから少しずつ能力者の数は増えていった。もはやほとんどが何らかの能力を有している状態である。
朝弘は、振り返ると言った。
「研究中。いまいちよくわかってないんだ」
そういう生徒は少なくなかった。一番長いものでも能力が発現してから一週間もたたない。それだけの短期間で自らの未知の能力を完璧に理解することは不可能と言える。
だが、あれから一週間、ようやく朝弘は自らの能力の一端が見えてきたところである。それはとても特殊なもの、おそらく彼の持つ能力は非常に難解なものであった。
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