第2話 それぞれの怪奇能力
朝弘は学校につくと、すぐに異変に気付いた。クラスメイトの会話が明らかにおかしい。いつもなら前日の番組の話題や、くだらない冗談で賑わっている教室が今日はそうではなかった。クラスメイト達は神妙な調子で自らに起こった怪奇現象を語り合っているのだ。
それは朝弘自身も体感しており、非常に興味のある話題だった。だが、クラスには気心の知れた友人がいないため、そのことについて話あうことが出来ない。普段から、寡黙なキャラの自分が、突然、前のめりになって話始めれば、絶対に気持ち悪がられるだろう。他人にどう思われてもいいが、自らわかっていて嫌われるのはごめんである。
一応友人はいるが、クラスが違う。と言っても一人だけだ。友人が少ない原因はわかっている。周りに合わせるようなことをしてこなかった。高校生という多感な年ごろでは、気を揉まなければならないことが沢山ある。面白くないことでも笑わなければならないし、誘われれば、自分の興味のないことでも参加しなければならない。朝弘は、高校生活というものをそう分析している。
かくいう、朝弘も、小学生まではこれほど浮いていたわけではなかった。
普通に友人と遊び、なんなら、率先して友人たちをまとめ上げていたくらいである。だが、いつからだろうか、そんなことをしなくなった。突然、人生というものに興味がわかなくなったのだ。
だから中学高校と、小学生の頃の友人が、変わっていくのをどこか冷めた目で見ていた。その頃になれば、みんな不良っぽくなったり、化粧をしたりし始めるんだ。そしたら自然と友人はいなくなった。当然だろう、そんなすかした人間と一緒に居ても楽しくもなんともない。
そのため朝弘が通う創造高校は、地元の公立校で、小学生からの知り合いが沢山いるが、ほとんど話をしない。おそらく嫌われてるわけじゃない。無味無臭、誰も自分の存在を気にしていない。
朝弘は、窓際の後ろから三番目の自分の机に座ると、数学の教科書を広げた。ノートを広げて、宿題の確認を行う。
すると後ろの席から、声が聞こえてくる。
「おまえら信じるか?」
クラスの中でも派手目な男子グループが窓際の一番後ろの席に集まっている。その中のリーダー格の男斎藤信二が大きな声で集まった仲間たちに熱弁していた。朝弘の席は彼らの二つ前であり、その会話が鮮明に聞き取れた。やつらは普段から影の薄い朝弘など気に留める様子もない。
「手から炎がボウって」
「嘘つけ!」
グループのツッコミ役の男、魚沼勇気が絶妙な間であいづちを入れた。それに、周りの奴がげらげらと笑っている。
「嘘じゃねえって。それで煙草に火をつけたんだって」
「そりゃ便利だわな」
斎藤は仲間に相手にされず、腹立てているようである。最もそのような突拍子もない話をして、相手にされるはずもないだろう、と朝弘は思った。
「えっ斎藤も?」
突然女子グループが、会話に入った。
「もっ? てなんだよお前らもかよ」
「いや、私じゃなくて、舞がそういうからさ」
朝弘は舞という名前を聴き、耳をそばだてた。背中越しに彼女の声が発せられるのを待った。
「うん。そう! 私の場合は全然炎とかじゃないんだけどね」
彼女を見ずとも背中越しに、矢田舞の小動物のような素振りが想起された。
舞は、朝弘と小学校からの幼馴染だった。昔はよく遊んでいたが今はほとんど会話をしていない。家がかなり近いので、帰宅間際、お互いに一人でいるとき軽く会話を交わす程度の仲である。
「じゃあ何がでるんだよ?」
斎藤が尋ねてから妙な間があった。しばらくして、
「剣なんだよ」
「えっ?」
皆の声がきれいに重なった。朝弘も、無意識の内に後ろを振り返っていた。
「だから剣が出たの」
舞は顔を赤らめ、うつむいていた。しばらく何とも言えぬ間が続いた後、舞はまた口を開いた。
「いや、ほんとなんだから」
「お前それはちょっと……。今日は早退した方がいいんじゃねえか?」
「いや、頭おかしくなってないし」
グループの一人と目が合いそうになり、朝弘はすぐに手元に置かれた数学の宿題へと視線を戻した。
朝弘は、一時間目の数学が始まると、黒板の公式をノートに書き写すことも忘れ、能力について考えを巡らせた。
ノートに今考えられる、あらゆる可能性を列挙していく。まず、いくら考えども能力の発現の理由は、わからないため、考えないものとした。
次に、自らの体の違和感についてだ。話を聞いていると、自分の身に起こった違和感は、斎藤や、矢田舞も感じていたようである。となれば、自分も何かしらの能力を手にしていてもおかしくはないだろう。
で、その能力。聞いている感じだと斎藤は炎を出し、舞は剣を出す。両者に言えるのは、どちらも突拍子もないものを出現させているという点である。となれば、この能力は何かを出す能力で、人によって出せる物が変わっているのではないだろうか。
物は試しである。授業が終わると、男子トイレの個室に入り、朝弘は自分の手を凝視した。剣のようなものをイメージしてみる。しかし、何も起きない。うーん、何故だろう。もしかすれば、能力が発動する条件のようなものがあるのかもしれないな。
この日、能力についてそれ以上進展はなかった。斎藤と舞は始終からかわれているようだった。
翌日になり、また朝弘が学校へ行くと、さらに状況が変わっていた。昨日よりも、怪奇能力の話題が白熱していたのだ。例のごとく自分の席で、宿題を広げ、話を聞いていると、どうやら昨日まで何でもなかった人間も、能力が発現したらしかった。
「見ろよ、これ驚くなよ」
教卓の前の席では、数人の男子が集まり能力の披露が行われていた。
朝弘も興味があり、そちらを盗み見た。
男子生徒は、自分の机の上にステンレスの水筒を置きその両側に手を差し伸べた。すると、驚くべきことに水筒は跡形もなく消失したのである。机の周りでは、驚嘆の声が上がる。どうやら、能力は物体を出現させるだけのものではないようである。
「へっそれくらいがなんだよ」
後ろの座席からそれを伺っていた斎藤は、啖呵を切ると机の上に立つ。手の平を顔の前に掲げると、炎を出した。その熱は本物だった。二つ離れた席に座る朝弘のもとにまで炎の熱が漂う。にしても、まるで手品を見ているようである。
それを機に教室のあちこちで能力が使用され、能力のお披露目合戦のようになった。
その光景に、もはや今までの日常はどこにも存在しなかった。軟体人間や、髪の毛を自由自在に伸ばしたり。腕を増やしたりする生徒たち。その種類はさまざまだ。
朝弘は、シャープペンシルを片手に、教室を見回した。心が躍った。まるでサーカスを見ているようだ。
と、次の瞬間、教室の扉が開き、担任の男性教師が顔を出した。三十代中盤の国語教師で、怒ると詰問する癖があり、非常に面倒だ。
教室の生徒たちは、凍り付く。教師はこの馬鹿げた光景に何と声をかけるのか。朝弘は少し興味を持った。
しかし、その対応は拍子抜けするものであった。
「人に能力を見せびらかすな。それは遊びの道具とちがうぞ」
不自然なほど日常的であった。
もちろん、注意された生徒たちも驚いている。お互いに顔を見合わせると、すっと席に着いた。
昼食時、朝弘はスマートフォンで異能力について検索をかけた。すると、トップニュースに能力の話題が並ぶ。
『空飛ぶお父さん。子供を救出!』
『恐怖の電撃男。逮捕!』
どれも、昨日今日能力が発見されたというものではない。すでに、能力が存在するものという前提での記事である。
朝弘は、推理する。おそらくこの非日常的な能力という現象は、一般的なものとしてこの社会において市民権を得ていたのである。いやそういう社会に移り変わった。そしてクラスの状況から察するに、この学校の生徒は朝弘と同じ何の変哲もない日常からやってきたのだ。
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