第3話
「あのさ、ましろ。その、学校でその、『魔女』のことを聞いたんだけど、さ...」
彼がそれを口にした瞬間、彼女が今の言葉で仮面をつけたような、そんな雰囲気を感じる。
表情は話の前から全く変わってはいない。
だが、その反応が、彼女にとって触れてはいけないことであったのをはっきりさせる。
それを見たとき、やっと彼は自分の迂闊な行動を後悔した。
だから、彼は謝ろうと。そう思って息を吸うと、彼女は初めて声を発した。
「それを知ってしまったんですか、そうですよね。やっぱり...」
絞り出すように言葉を紡ぐ彼女の顔を、彼にはいつものように直視することは出来なくて。その表情も、その真意も読み取れはしなかった。
「折角です、もうない機会ですから、話せることは話してしまいましょうか。純さんもその方が良いでしょう?」
そう提案され、驚いた彼が思わず彼女に目を向けると、いつものように、いや、いつもよりも口角を上げた彼女がいた。その笑顔は今まで見てきたものよりも澄み切っていて、逆に不気味さを感じさせるものだ。
けれど彼は、そんなこと全く思わなかったような顔をしていて。それが彼女の調子を狂わせた。
「無言は肯定ととります。どこまで聞かされたのかはわかりませんが、大体噂の中で大半は本当です。私がこの見た目で成人しているのも。家族から捨てられたのも。地図に沿ったってたどり着くことができないここを、人によっては近づけば気分を悪くするここを、管理しているのも。そして、私とかかわるとみんな、不幸になるのも...。なにか、質問はありますか?答えられないものも、もちろんいくつかありますが。」
彼女は、早口でそれを言い切り、彼から何か反応が来るのを待った。
質問でなく罵声を浴びせるなら、即刻敷地から退出してもらうことを考えながら。
「その言葉を口にしちゃった僕が言えることではないんだけれどさ、それでましろは、君はいいの?今言ってたことが本当でも嘘でも、君がほかの人の悪意の対象になっているのに変わりはない。君は何もしていないのに...」
「良いも悪いもありません。それが真実なんですから。」
彼女は、そんなことを聞かれるなんて思ってもみなかった。彼女のうわさを聞いたことがある人にこうやって話したことはないが、そうでなくてもこんな態度をとってきた人は、他にはただ一人しか知らなかった。
「そうじゃなくて、そう扱われてる、君の気持ちは?君は、辛くないの...?苦しく、ないの...?」
「............しょうがないです、人は違うものを嫌いますから。」
だから、嘘でも肯定することが出来なかった。嘘を言って誤魔化そうと思えなかった。
でも、本当のことを言ってしまえば、言ってしまったら、もうどうしようもなくなってしまう気がしたから。
「...まぁ、無理に言わせるよりはいい、かな。...深刻な話になって紛れはしてしまったけれど、あんなことを言ってしまって、本当にすみませんでした。」
彼はそう言って、彼女に頭を下げた。その目はとても真っすぐに彼女の方に向けられていて、彼女もこれが口だけのものでないとはっきり理解する。
「その気持ちは伝わりましたから、もう、構いません。そうおっしゃってくれた、それだけで。」
「ありがとうございます、ましろさん。それと、もう一つだけ。また、ここに来てもいいですか?」
彼女はそれを聞いて、驚いたように目を瞬かせて、一瞬思索するような素振りを見せてから、いつものような、彼が見てきたような笑みを浮かべる。
「そうですね、また、来てくださるのなら。また、これまでのようにたくさんお話をしましょう。」
彼は、それに応えるように笑顔で、「じゃあ、また。」と返して、暗かったこのお茶会から退席した。
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