第2話





「あー疲れた...」

 彼はそう愚痴りながら、制服のまま、目的もなくとぼとぼと歩いていた。


 今日は高校の入学式。誰かに見送られるわけでもなく、彼は式に参加していた。そして問題だった、クラスでの顔合わせ。彼はただただ気分が悪かった。別に、自己紹介で失敗したわけでも、彼がもしかしたら、と予想していたことが起こったわけでもない。

 ただ、そう。この町に住んでいる魔女の話を聞いた。


成人しているのに、まるで少女のような小さい身体。

毎日朝から晩まで、庭で花の世話をしていて。

いつも笑みを絶やさず。

その長い髪は、まるで血を吸ったかのように紅い。

地図を片手に尋ねようとしても館にはたどり着かない。

館に入ればたちまち気分が悪くなる。

そして、関わったものは、たちまち不幸にされてしまうのだという。


 その魔女というのは、十中八九ましろのことだろう。

 身勝手だと思った。なぜ、自分と少し違うだけで、そんなに蔑んでしまうのだろうか。

 ましろは、あんなに綺麗で、親切なのに。それなのに。

 人を食べて生きているんじゃないかとか、殺人鬼なのではないかとか。

 なんて勝手なのだろう。


「ましろのことなんて、なにも知らないくせに」

『彼女のことなんて、なにも知らないくせに』


 彼がその声に驚いて、俯きがちだった顔を上げると、交差点から出てきたばかりのましろと目が合う。

 彼女も彼のことが見えていなかったようで、目を少し見開いていた。

「あっ、純さん、こんにちは。学校からの帰りですか?」

 考え事をやめて改めて彼女を見ると、彼女はその長い髪をガーデンハットに入れ、グレーのアームカバーをつけていた。

「うん、そうだよ。ましろ、この前は手袋とかつけてなかったのに、今日はつけてるんだね。」

「ええ、家と外ではなにかと違うことが多いので。そういえば、こんなところまで来て、どこか行く予定が?」

「えっと、その、またましろのところにお邪魔したいなって思って。歩いてたら見つかるかなと。」

「そうなんですか。これから帰るところでしたので、一緒に行きましょうか。」

 彼はとっさの方便で家に向かおうとしていたと言ったのだが、何とか誤魔化すことができたと胸をなでおろした。だが、「魔女」という言葉と、自分の声と被った誰かの声だけは、頭にこびりついて離れることはなかった。



 彼が彼女についていくと、今度はリビングに案内される。リビングはアンティークな雰囲気で、家具は木製のものばかり。濃い茶色のフローリングと白い壁はとてもマッチしていて、どこか気持ちを落ち着かせる。

「好きな席に座っていてください。今、用意をしますから。」

 彼はそう言われて反射的に座ったものの、また彼女にすべて準備させるのが申し訳なく感じて、気が付くと、

「あの、何か手伝えることはある?」

と聞いていた。彼女は少し困ったような顔をする。だがすぐにいつもの笑みに戻り、

「では、カップをお願いできますか。お好きなカップ二つを選んでこちらに持ってきてくださいね。」

と返した。

 彼が棚を覗くと、ツタ、ピンクの薔薇などが描かれたものや、ふちが金で彩られたシンプルのものなど、さまざまな種類のものが、それぞれ四セットほどずつ入っている。

 その中でふと彼の目に留まったのは、ピンクのベルのような花が描かれたものだ。彼女にそれを見せると、その花がカンパニュラというものであることを教えてくれた。ギリシャ神話でも出てくる花らしい。そのティーカップにすると伝えたとき、少し目じりが下がったような気がした。

 そうやって簡単ではあるけれど2人で作り上げたこの場は、まるで小さなお茶会のように感じられたけれど、彼は彼女と他愛のない話をしながら、それを壊すであろう「魔女」の話をしていいのか考えていた。

 もし、ましろがそれで孤独感を感じているのなら話をして正解だ。だが、もしそれがましろを傷つけてしまうのなら、話をするのは間違いだろう。

「あのさ、ましろ。その、学校でその、『魔女』のことを聞いたんだけど、さ...」


 けれど、答えは彼にわかるわけもなく。





 さて、ではこれは、正解なのか、それとも間違いなのか。


 模範解答求められているものは。




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