第820話 剣と拳

「どうした!!何を呆けている!?」

「くぅっ!?」

「レナ君、油断するな!!」

「負けるなレナ!!」



レナに対してイレイナは容赦なく剣を振り抜き、彼女はレナの事を敵として排除するために全力で剣を振るう。一方でレナの方はイレイナに対して防戦一方に追い込まれ、徐々に追い詰められていく。


イレイナが身に付けている剣はアダマンタイト製の代物であり、この剣の事を彼女は退魔剣と呼んでいた。外見は漆黒の長剣に見えるが、その重量は非常に重く、彼女以外に扱える人間はいないとさえ言われている。


最初の戦闘で退魔剣と同じくアダマンタイト製のレナの籠手を破壊出来たのはイレイナの剣が付与魔法を発動させ、一方でレナの方は付与魔法を発動させる前の段階で受けた事から破壊された。しかし、今はレナも付与魔法を宿した装備を身に付け、互角に戦えるはずだった。


それなのにレナは押されるのが精神面でイレイナの方が勝っている事に他ならず、彼女は目的のためならばどんな敵であろうと倒す。過去にどれほど友好的な関係を築いた相手であろうと、家族と呼べる存在だとしても敵であるのならば容赦はするな、それが彼女の父親であるライオネルの教えだった。



「これで終わらせてやる……剛重剣!!」

「うわっ!?」

「レナ君!?」



更に退魔剣に魔力を宿したイレイナはレナに向けて刃を振り下ろし、咄嗟にレナは勇者の盾で弾こうとした。しかし、本来ならば攻撃が触れた瞬間に刃を弾くはずの盾だったが、イレイナは押し返される力よりも強い重力を加えて押し留まる。



「はぁあああっ!!」

「くぅうっ!?」



退魔剣の放つ重力と勇者の盾が生み出す重力が交じり、二人の足元の地面に亀裂が生じた。その様子を見ていた他の者達は下手に入り込む事が出来ず、どちらの援護も出来なかった。



「頑張れ兄ちゃん!!そんな奴に負けるなっ!!」

「レナさん、本気を出してください!!」

「その人はレナさんを殺すつもりです、躊躇してはいけませんわ!!」

「レナ!!」

「レナ君!!」



仲間達の声援を耳にしながらもレナは踏み切れず、退魔剣を駆使して本気で殺そうとしてくるイレイナと視線を交わす。彼女から本気の殺意を感じたレナは背筋が凍り、自分も相手を殺すつもりじゃないと倒せない事は分かっていた。


盾で剣を防ぎながらもレナはもう片方の手で魔銃に手を伸ばし、これを使用すればイレイナを確実に倒せるかもしれない。彼女がいくら強いといっても、人間の反射神経を超越した速度で放たれる弾丸を防ぐ術はない。



(本当に殺すしかないのか……!?)



魔銃を掴んだレナはイレイナに視線を向け、まるで鏡のように自分にそっくりな彼女を見てレナは覚悟が決められなかった。そんなレナを見てイレイナは更に力を加え、勇者の盾に剣をめり込ませる。



「これで終わりだ……偽物がっ!!」

「偽、物……!?」

「そうだ、お前は私の偽物だ……さっさと消えろっ!!」



自分と同じ顔を持つレナに対してイレイナは彼の事を「偽物」と呼び、一刻も早く始末しようとした。そんな彼女の言葉を聞いてレナは目を見開き、盾を押し返す。



「誰が、偽物だ……俺は、お前の偽物なんかじゃない!!」

「何っ……!?」

「うおおおおっ!!」



イレイナの言葉に怒りを抱いたレナは盾の力を増強させ、彼女の身体を吹き飛ばす。自分が生み出した付与魔法の「重力」で押し負けた事にイレイナは唖然とするが、そんな彼女にレナは盾を外すと地面に放り投げる。そして身に付けていた魔銃さえも外し、右腕の闘拳を構えた。


自分から盾と魔銃を取り外したレナの行動にイレイナを始め、他の者達は唖然とした表情を浮かべるが、そんな彼女達に対してレナは闘拳に紅色の魔力を滲ませると、一言告げる。



「次で……終わらせる」

「何だと……!?」

「この一撃で……終わらせる!!」



レナの言葉にイレイナは激高し、彼女は退魔剣に魔力を送り込む。その結果、刀身に紅色の魔力が迸り、あまりの魔力量に刃が紅色の炎を纏ったように見えるほどだった。その光景を見てレナ以外の者は彼女の魔力に驚き、イレイナも次の攻撃で終わらせる事を見抜いた。




「やれるものなら……やってみろぉおおおっ!!」




互いに次の一撃で決めるため、全く同時にお互いが前に飛び出す。イレイナは退魔剣を上段から振り下し、一方でレナは闘拳を振りかざす。二人の刃と拳が交じり合った瞬間、強烈な重力の衝撃波が拡散した。



「ぐぅうううっ……!!」

「あぁあああっ……!!」



二人はその場で踏み込み、お互いの武器を全力で繰り出す。その光景を見ていた者は傍から見れば二人の攻防は互角の様に見えたが、付与魔法の性質を知る者は最後に誰が打ち勝つのか理解していた。



「このっ……何故、だっ……どう、して……!?」

「終わりだ……イレイナッ!!」



徐々にイレイナが握りしめている剣が押し返され、反対にレナの方はゆっくりと闘拳を押し付け、イレイナの剣を押し返す。やがて退魔剣に罅が入ると、砕け散った――

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