第803話 イレイナの疑問
――その頃、飛行船の一室にてイレイナは鏡を前にして黙って覗き込んでいた。鏡に映し出される自分の顔に視線を向け、胸元に掲げているペンダントに視線を向ける。
このペンダントは亡きイレイナの母親の私物であり、彼女の母親はライオネルの幼馴染でもあった。元は貴族だったのだが、彼女の父親が横領罪によって逮捕され、貴族の位を剥奪、母親は幼い娘を残して逃げ出してしまい、結局親戚からも厄介者扱いされた彼女を見て不憫に思ったライオネルの父親が使用人として雇い入れた。
ライオネルは彼女が使用人になった後も変わらずに接し、やがてライオネルが家系を継ぐ際、彼女を妻に迎えようとした。しかし、国王はライオネルの事を気に入っていたので自分の娘との結婚を勧める。
将軍の立場としてライオネルは国王からの好意を断る事は出来ず、結局は国王の娘の一人と結婚を行う。それでもライオネルは側室としてイレイナの母親を迎え入れた。だが、仮にもライオネルの妻として迎え入れられた王女は自分の他に妻を娶った事に気に入らず、しかもその相手が平民に落とされた相手と知って毛嫌いしていた。
結局はライオネルは正妻との間には子供は出来ず、側室であるはずのイレイナが先に妊娠してしまう。その話を聞いたライオネルの妻である王女はイレイナに毒を盛り、お腹の子供と共に彼女を葬ろうとした。
出産の直前、イレイナの母親は血を吐きながらも赤子を生む事には成功し、出産の直後に息を耐えたという。その話を知ったライオネルは怒り狂い、正妻である王女を殺しかねない勢いだった。慌てて王女は父親に助けを求めようとしたが、この頃に軍隊の全権を握っていたライオネルとの衝突は避けたかった国王は実の娘に王族の身分を剥奪し、国外追放へと追い込む。
結局はイレイナは母親の顔さえも覚えていないが、よく彼女を知る人間からはイレイナは昔の母親とそっくりだという。母親は自分を守るために死んだ、そう聞かされてきたイレイナであったが、そんな自分の前に現れた少年に心を搔き乱される。
「何なんだあいつは……どうして私と同じ顔をしている」
鏡の前でイレイナは顔に触れ、自分と瓜二つの顔をしていた
しかし、時間が経過するほどにイレイナはレナの事が気にかかり、彼女は頭を抱えた。ライオネルとイレイナとの間に生まれた子供は自分だけ、幼少期の頃からそう言い聞かされた彼女ではあるが、本当にそれが事実なのかと疑う。
「父上に会わなければ……」
父親であるライオネルならば何かを知っていると考えたイレイナは父親が率いる「本隊」が訪れるまでこの島に待機する必要があった。船が島に到着すれば合図が送られるはずであり、その合図を確認すればイレイナは島の外に到着した船を迎え入れなければならない。
早くとも本隊が到着するまでの日程は三日ほどかかるが、それまでにイレイナ達は島に暮らすエルフ達から勇者の秘宝を回収する必要があった。しかし、北里に向かった東里のエルフ達からは連絡はなく、東里を占拠していた獣人兵からも連絡は途絶え、更にいつ敵が襲撃するかも分からない状況でイレイナは待ち続けなければならなかった。
彼女は将軍職のガロウとは同格の立場ではあるが、イレイナ自身はあくまでも飛行船を動かすためだけに同行しているに過ぎず、彼女に部下は存在しない。大将軍の娘だからといっても指揮権を持っているのはガロウである。
「父上は何故あのような男に偵察隊を任せたのだ」
東里の強襲したのはガロウの判断からであり、最初はイレイナは話し合いで解決を試みようとした。しかし、ガロウは力ずくで火竜の幼体を利用して東里を強襲し、一方的にエルフ達を蹂躙した。
当初の作戦ではあくまでも勇者の秘宝を回収するだけのため、島に暮らすエルフ達とは交渉から始める予定だった。もしも彼等が抵抗した場合は止む無く武力を行使してでも勇者の秘宝を回収しろとライオネルは指示を与えていた。
しかし、島に到着早々にガロウは部下を引き連れて東里を襲い、抵抗する者は殺して降伏した者は牢獄へ捉える。族長を殺し、その息子を配下として招き入れ、彼に降伏してきたエルフの統率を任せる。
これらの行動は明らかにライオネルの指示を無視した暴挙だが、ガロウの狙いは勇者の秘宝だけではなく、島に暮らすエルフを捕まえて奴隷として連行しようと考えているのは明白だった。エルフの奴隷は滅多におらず、容姿端麗のエルフを奴隷にしたい人間はいくらでもいる。そんな輩にガロウはエルフを売りつけ、利益を得ようとしているのは見え見えだった。
「あの男め、父上が戻ってきたときは覚えていろ。貴様の悪事を知れば父上も黙ってはいないからな……」
ライオネルと合流次第、ガロウの凶行はイレイナもライオネルに報告するつもりだった。しかし、まさか同時刻にガロウがライオネルとイレイナの秘密を掴んでいた事を彼女は知る由もない――
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