第793話 その頃、北里では……

――ガロウの命令により、父親である族長を見殺しにして新たに族長の座に就いたモルドは自分に従う十数名のエルフを連れて北里の集落へどうにか辿り着けた。途中、魔物の襲撃はあったが、どうにか目的地である北里の集落へと辿り着く。


しかし、北里は既に牙竜によって壊滅させられ、酷い有様だった。生き残りのエルフも昨日に死亡し、墓が建てられていた。そのせいでモルドたちは手がかりも無しに勇者の装備品の捜索を余儀なくされた。



「く、くそっ……寒い、どうしてこんな事に……!!」

「モルド様、やはり我々だけで探し出すのは不可能です……ここはガロウ将軍に頼み、捜索の人員を増やしてもらうしか……」

「ば、馬鹿を言え!!今更、そんな事を言えば僕達の立場はどうなる!?必ずや勇者の装備を見つけて戻ってくると言ったんだぞ!!」



モルドは北里の捜索をガロウに命じられた際、勇者の装備品の確保は自分達だけの手柄にするため、獣人兵の力を借りずに自分の手勢のみで捜索へ向かう事を宣言した。もしも獣人兵を連れていけば手柄を横取りされる可能性を恐れ、彼はあくまでも自分の配下のエルフだけを連れていく。


しかし、モルドの配下のエルフは殆どの者が同年代の若いエルフだけしかいない。彼等の上の世代は最後までガロウ達に従うのを拒否し、殺されたか現在は東里の牢獄に閉じ込められている。子供のエルフは人質として獣人兵に監禁されてしまい、逆らう事は許されない。



(くそ、なんとしても見つけ出さなければ……このままだと僕の身が危ない!!)



里の掟を破り、自分の父親である族長を裏切った時からモルドは自分の身を守るためにどうしても手柄が欲しかった。現在、ガロウがモルドを味方にしたのは彼が「勇者の装備品」を差し出したからであり、お陰でモルドと彼の配下だけは見逃された。


正直に言えば島の外から来た連中に従うのはモルドとしても気に入らないが、逆らえば殺されるのは目に見えていた。仮に島中のエルフが手を組んだとしても敵は海を越えて次々と訪れていく。それならば抵抗するのを諦め、モルドは自分だけでも助かるために彼等に媚を売る。



(この里に隠されているはずの勇者の装備品を見つけ出して提供すれば、ガロウの中の評価も上がるだろう。奴はただの馬鹿じゃない、利用できる人間なら信用して自分の手駒として加える……ここで手柄を上げれば俺も立場も今以上に良くなるんだ)



先代の族長を裏切った以上、もうモルドに残された道は獣人国の軍隊の手先になり、なんとしてもガロウに気に入られるしかなかった。全てを終えた後、彼に見捨てられないようにモルドは手柄に執着していた。


しかし、いくら東里のエルフ達が北里を探し出そうと肝心の「勇者の兜」は手に入る事はあり得ず、既に勇者の兜は長老の意思によってレナの手元にあった。また、この地に魔人たちが戻る事もあり得ず、この場所に暮らし続けていたのは長老の故郷であり、彼がここに暮らしていただけに過ぎない。そうでもなければこんな環境が厳しい場所に魔人が長居する理由がない。


長老の墓もあるので魔人たちはここへ戻ってくる可能性もあったが、既に魔人たちも獣人兵の存在は知っており、全ての魔人は南里へ集まっていた。つまり、モルドは延々と存在しない勇者の兜を探し続ける事になる。


やがて時は流れ、体力の限界を迎えたエルフ達は次々と倒れていき、モルドの方も意識を保つ事も出来ず、彼等は大きな建物へ閉じこもる。建物の外は吹雪に覆われ、一時の間は彼等は外へ出る事も出来ない状況に追い込まれていた――






――時刻は少し遡り、夕方を迎えて夜が訪れると湖には魔人たちが野生の魔物を演じて船の様子を伺っていた。昨日の襲撃の一件から敵も警戒を強めており、転移台には30名近くの兵士が配置され、更には船上には火竜の幼体を檻に入れたカイヌとイレイナの姿もある。


ガロウの姿は見えないが恐らくは船の中にいると思われ、彼等は前回以上に警戒していた。魔人たちはその様子を観察し、定期的に連絡を行う。



「やっぱり、警戒してやがるな。これは昨日のように攻めるのは難しそうだな」

「あの船の中にはどれくらいの人間がいるのかな……」

『相当に大きい船だからな、200か300……あるいはもっとかもしれねえ』

「事前に言っておきますが、攻め入るのは無しですよ。特にレナは姿を見られています、これ以上に素性を晒すわけにはいきません」

「むうっ……厄介だな」



レナ達は船からかなり離れた場所に潜み、地属性の付与魔法で地面を陥没させ、巨人族でも隠れられる程の穴を作り出す。偵察のためにレナ達は魔人とエルフの戦士達と共にここまで赴いたが、警戒が厳重過ぎて前回のように忍び込むのは不可能だった。

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