第764話 南里の族長

『おい、あいつらの乗っている狼種……黒狼種じゃないのか』

「本当ですね、大陸ではもう絶滅したと聞いていますが……」

「この島ではまだ生き残りがいたのか」

「黒狼種……?」



カツたちの言葉を聞いてレナは森から現れた黒色の狼を見て驚く。確かに大陸では見かけない魔物だが、以前にレナが王都で助けた「白狼種」という種族の狼と似ていた。


黒狼種と呼ばれる狼に乗り込んで現れた老人のエルフは、女性のエルフに支えられながらもレナ達の元へ向かう。彼は西里の族長の元へと訪れると、目が不自由なのか虚ろな瞳でゆっくりと手を伸ばす。



「アルフよ……そこにいるのか」

「おお、ゲルトよ。久しぶりじゃな、儂はここにいるぞ」



アルフはゲルトと呼んだ老人のエルフの腕を掴むと、お互いに相手の存在を確認するようにしっかりと握手を行う。どうやら顔見知りだったらしく、ゲルトは申し訳なさそうな表情を浮かべる。



「すまぬ、アルフよ……儂の力では里の戦士達を止める事は出来なかった。いや、言い訳はせぬ、お主等には大きな迷惑を掛けてきた」

「それはお互い様じゃ、儂の方こそ謝るべきじゃ……」

「うむ、それで奴を殺したという話は本当か?」

「ああ、確認してみるか?」



ゲルトはアルフに腕を引かれるままに歩くと、牙竜の頭部の前へと移動し、震える腕を伸ばして牙竜の頭部へと触れた。牙竜の頭部を確認した彼はしばらくの間は触り続けたが、やがて確信を抱いたのか動揺を隠しきれない様子だった。


本当に牙竜の頭部を持ち出してきた事を確認したゲルトは膝を付き、この島のエルフの争いの元凶が死んだ事を実感する。すると彼は怒りのままに拳を振りかざし、何度も牙竜の頭部に叩きつける。



「お前の、お前のせいで……儂の息子が、孫が……このっ!!このぉっ!!」

「落ち着け、お主の気持ちは良く分かるがそれ以上は止めろ……興奮しすぎると倒れてしまうぞ」

「はあっ……はあっ……!!」



今までの怒りを晴らすようにゲルトは牙竜の死骸を最後に蹴りつけると、改めてアルフの手を借りてレナ達が存在する方向へと向かい、感謝の意を現すように彼等の前に跪く。



「おお、救世主よ……憎き牙竜を撃ち滅ぼした勇者よ、深く、深く感謝します……!!」

「ちょ、止めてください!!顔を上げてください!!」

『気にするなよ爺さん、別に俺は何もしてねえしな』

「顔を上げてください。もう大丈夫です……牙竜の脅威は消えたんですよ」



レナ達がゲルトの身体を抱き起すと、彼は大粒の涙を流しながらもレナの腕をつかみ、この時に彼はレナの身体に触れた時に感じた魔力に何か確信を抱いた。



「こ、この魔力は……!!」

「え、どうかしました?」

「いや……遥か昔、貴方と似たような魔力を持つ者と会った事があります」



ゲルトはこの島に暮らすエルフの中で最も長生きの男性であり、彼はレナの身体に触れてかつて自分が遭遇した人物の事を思い出す。


その人物とレナは非常に似通った魔力を所有している事から、ゲルトはレナの正体を察したように南里の戦士長であるブナンに声をかける。



「ブナンよ、この御方にあの剣を渡せ!!」

「族長、本気ですか!?あの剣は我が里に伝わる……」

「いいからは早くせんかっ!!」

「あ、あの……何の話ですか?」



ブナンを急かしてゲルトはレナにある武器を渡すように促すと、族長からの命令に逆らえぬブナンは包みをレナに手渡す。困った表情を浮かべながらもレナは包みの中身を確認すると、その中身が剣である事を知る。


渡された剣はデザイン自体はシンプルではあるが、刀身の部分だけが水晶のような素材で構成されていた。それを見てレナ達は驚き、アルフは驚愕の声を上げた。



「こ、これは……まさか、勇者様が扱っていたという「水晶剣」か?」

「水晶剣?」

『外見通りの名前だな、おい』

「美しい……」

「これが勇者の武器なのか?」



水晶剣という名前通りに刀身は全体が水晶で構成され、その美しい外見にイルミナは見惚れてしまう。一方でレナの方は渡された水晶剣を見て困っていると、ゲルトはレナの腕を掴んで懇願する。



「勇者様、どうか貴女の力をその剣に注いでください」

「え、あの……」

「貴方ならばできるはず……あの御方と同じ力を持つ貴方ならば剣に魔力を込める術を身に付けているはず」

「それは……レナ君、付与魔法の事じゃないか?」



ゲルトの言葉にルイは驚いたようにレナに声をかけると、確かにレナは話を聞く限りではゲルトが付与魔法の事を知っている事に驚き、どうやら彼の知る人物はレナと同じように「付与魔術師」であった可能性がたかい。


レナはゲルトの要望に対してどうするべきか悩むが、勇者の装備品を扱える機会など滅多になく、試しに水晶剣を手にした状態で付与魔法を発動させた。



地属性エンチャント

「こ、これは!?」

「凄いっ!!」

『おおっ!?』

「……目が見えずとも分かりますぞ、この力強い魔力の波動……やはり貴方はあの御方の……!!」



付与魔法を水晶剣に発動した瞬間、刀身が紅色に光り輝き、やがて深紅の剣と化す。それを見たルイ達は驚きの声を上げ、一方でゲルトの方は感動の涙を流す。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る