第761話 残された勇者の装備品は……

「あの……本来であれば勇者の装備品の存在を教えられるのは族長と一部のエルフの戦士のみです。今回は状況が状況なだけに里の全員に勇者の盾の事を明かしましたが、本来ならば勇者の装備品は秘匿しなければならない代物です」

「そうだったのか……なら、長老はそもそも知らない可能性もあるな」



長老は今でこそ北里を管理しているが、牙竜の襲撃時に彼以外のエルフは皆殺しにされたため、その中には族長も含まれていたのだろう。だからこそ長老が勇者の装備品の存在を知らなかったのも無理はない。


最も北里に勇者の装備品がある事を分かってもレナ達は回収に向かう事は出来ず、あそこに暮らしていた魔人たちがどうなったのかも分からない。


長老が亡き今、彼等が魔物使いの能力から解放されて野生の魔物に戻った可能性も否定はできない。最悪の場合は共に戦った魔人と戦う事態になり得るかもしれず、とてもレナは勇者の装備品の確認のために戻る勇気はなかった。



「さてと、では依頼通りにこの盾は僕達が貰い受ける。その代わりに族長の護衛は僕達が……いや、この勇者様が行う事を約束しよう」

『おおっ……!!』



ルイの発言エルフ達はレナに期待する視線を向け、一方でレナの方は適当な事を口にするルイを責めるように見つめる。



「ちょ、ルイさん……」

「いいじゃないか、君は勇者の盾を扱えるんだ。なら、もしかしたら勇者の子孫である可能性もあるだろう?」

「そんなあるわけないじゃないですか、もう……」

「でも、勇者の盾は気に入ったんだろう?」



レナはルイの言葉に否定は出来ず、確かに盾の性能は素晴らしかった。場合によってはこれまで籠手よりも使いやすく、今後の戦闘でも非常に役立ちそうなのは間違いなかった。



「では族長、すぐに出発しよう。色々と理由があって僕達も時間がないからね、今日中に大陸に戻らないといけないんだ」

「そ、そうなのですか?」

「ああ、この島の事を大陸の者達にも知らせる必要があるからね。猶予は恐らくは明日の朝……それまでに僕達は全ての用事を終わらせなければならない」



既にレナ達がこの島に訪れてから相当な時間が経過し、あまりに長居していると大陸の方からレナ達の救出隊が派遣される可能性が高い。そのため、レナ達は一刻も早く帰還しなければならない。


治療中のダンゾウは西里のエルフに任せ、勇者の盾を報酬として受け取ったレナ達は族長の依頼を受ける義務があり、彼を他の里まで連れていく必要がある。また、牙竜を倒した事を証明する証拠を用意する必要があり、レナ達はすぐに準備に取り掛かった――






――それから1時間後、全ての準備を整えたレナ達は南方に存在する密林へと向けて出発した。レナが最初に転移した地方でもあり、この密林の奥に南里のエルフの集落が存在するという。


密林に存在する西里の正確な居場所は西里の族長のアルフも把握しておらず、彼は西里に暮らすエルフと連絡を取り合うために火を焚く。この際にアルフは焚火の中に貴重な風属性の魔石を放り込み、炎の火力を高めた。



「ここで火を焚いておれば密林で見張りを行うエルフの目にも止まるでしょう。その後は彼等に南里の族長と連絡を取り合ってもらえば問題はないと思います、勇者様」

「だから勇者様は止めてくださいって……でも、風属性の魔石で火を強くすることが出来るんですね」

「風属性の魔石は火であぶると内部の風属性の魔力が漏れて火力を高めるんだ。そういう点では火属性の魔石よりも使いやすい。ちなみに火属性の魔石は火であぶられると内部の火属性の魔力が暴走して爆発しかねないからね」

「最も貴重な魔石をこのように使う機会は滅多にはないと思いますが……」

『それにしても爺さん、よく風属性の魔石なんて持っていたな』

「この魔石は岩山を削り出すときに手に入れた代物ですじゃ。最も数はそれほど多くはありませんが……」



密林の近くにて黒煙が上がり続け、しばらく待ち続けているとやがて森の方からも煙が上がる。煙の数は2つ存在し、それを確認した族長は安心したように頷く。



「合図が届いたようですな。どうやら話し合いに応じるようです、いずれここへやってくるでしょう」

「一応は警戒しておこう。話し合いとはいえ、こんな物を見せつけられたら相手も驚くだろうね」

『それにしても、よくこんなもんを見つけて運んできたな』

「探すのに苦労しました。湖の底の方に沈んでたので回収するのに時間が掛かりましたけど……」



レナは南里に向かう前にルイに頼まれてある魔物の死骸の素材を回収に戻り、そのせいで時間が掛かってしまった。だが、無事に湖の底に沈んでいた所を発見し、ここまで運び出した。


しばらく時間が経過すると、警戒した様子の南里のエルフの集団が現れ、彼等全員が武装した状態で密林から姿を現す。しかし、そんな彼等の視界にはとんでもない光景が映し出され、唖然とした表情を浮かべる。



「き、牙竜……!?」

「ば、馬鹿なっ!?」

「ど、どういう事だこれは!?」



密林から姿を現したエルフ達の視界には、湖に沈んだ死骸から剥ぎ取った巨大な「牙竜の頭部」を荷車に乗せたレナ達の姿が映し出された。

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