第730話 まだ終わっていない

――雪崩を引き起こして牙竜を撃退したレナ達は集落へと戻り、一先ずはミノ達の治療を行う。ルイの回復魔法では残念ながら完全な回復は難しく、集落の魔人たちが所有していた特別製の薬草を粉末状に磨り潰して傷口に塗り込む。



「いでででっ!?」

「これ、動くでない!!全く、無茶をしおって……これで良し、少し休めば動けるぐらいには回復するじゃろう」

「あ、ああ……助かったぜ、長老」



横になっているミノの傷口に長老は薬草を塗り終えると、ミノは申し訳ない表情を浮かべて謝罪する。現在の彼は教会の中で治療を行い、周囲には疲れた様子で眠りこけるコボルトとファングの姿も存在した。


魔物(魔人)である彼等は人間よりも遥かに再生能力が高いため、回復薬でなくとも薬草の類を塗り込めば大抵の怪我は治る事が出来る。今は動けないミノも少し時間が経過すれば動ける程度に回復するらしく、その間に長老はレナとルイに礼を告げる。



「お主たちには感謝してもしきれん……儂の家族を救ってくれてありがとう」

「いえ、お気になさらずに……僕達は恩を返しただけですよ」

「それよりも牙が折れた子達は大丈夫なんですか?」

「はっはっはっ、なあに数日もすれば新しい牙に生え変わるだろうから心配せんでいい。こう見えてもたくましい奴等でな、少し休めばすぐに目を覚ますじゃろう」



牙竜との戦闘で牙が折れた魔獣達もミノと同様に治療を受けているため、少し休めば目を覚ますと考えられた。今回は被害者を出さずに牙竜を撃退できた事は運が良かったとしか言いようがない。


レナとルイがいなければ牙竜によってミノ達は殺されていた事は間違いなく、長老は二人に深く感謝した。その一方でミノの方は自分の傷口を見て長老に呟く。



「長老……奴は前にあった時よりも強くなっていたぜ。まだ成長してやがる」

「……そうか」

「強くなっている?」

「ああ、前に襲撃を受けた時は俺達だけでもなんとか撃退できたんだが……以前よりも肉体も大きくなっていた」



半年ほど前に牙竜が攻め込んだ時は集落の魔人たちだけでどうにか牙竜を撃退できたらしいが、それでも集落に暮らす半分の魔人が犠牲になった。更に今回は以前よりも牙竜は大きくなっていたらしく、もしもレナとルイの助太刀がなかったらミノ達は殺されていた。



「長老、今のうちに奴を仕留めなければいずれこの島に暮らす魔物共は殺されるぞ。今こそ、あの作戦を実行に移すべきじゃないのか?」

「むむっ……」

「あの作戦?」

「牙竜の奴を放置すればいずれは島中の生物が奴に喰われる……そうなる前に奴を殺せる存在を誘き出すのさ」



ミノの言葉にレナ達は驚き、この島には牙竜を殺せる存在がいるのかと動揺したが、ここでレナは湖に存在した「地竜」の事を思い出す。



「まさか、地竜?」

「地竜だと!?地竜がこの島にいるのか?」

「ああ、その通りだ……どうにか牙竜の奴をこの山から引き離して地竜が暮らす湖まで誘導するんだ。その後は化物同士で戦わせればいい。なあ、簡単な作戦だろ?」

「馬鹿を言うでない!!地竜を呼び起こせば作戦に参加した者は全員が殺されるぞ!?それに足となるこ奴等もこの様では成功するはずがない!!」



長老はミノの言葉に怒鳴りつけ、倒れているコボルトとファングを振り返る。牙竜を誘導するとなると足の速い魔物達の協力が必要不可欠であるため、怪我を負って動けない彼等では作戦の完遂は出来ない。


しかし、実際に戦ったミノだからこそ早い段階で牙竜を地竜と戦わせなければ取り返しのつかない事態になると予想していた。このまま牙竜が成長を続ければ地竜でも手に負えない存在になる可能性も高く、彼は作戦の許可を求める。



「頼む、長老!!このままだとここの連中全員が殺されちまう!!奴は危険だ、一刻も早く殺さないと駄目なんだ!!」

「ならん!!それだけはならん……もう儂は家族を失いたくない!!」

「それなら尚更戦うべきだろう!!このままだと皆、奴に殺されるんだぞ!?」

「……ともかく、話は怪我を治してからじゃ」

「長老!!」



ミノの言葉を無視して長老は教会を出ていくと、その後ろ姿を見送ってミノは悔し気な表情を浮かべる。一方で話を聞いていたレナは困った表情でルイに視線を向けると、彼女は腕を組んで思い悩む。



「まさか地竜までこの島に生息していたとは……これは思っていた以上に厄介な事になりそうだな」

「あの……仮に地竜と牙竜が戦ったらどちらが勝つんですか?」

「それは僕にも分からないな。僕は牙竜しかみていないからね、この島の地竜がどの程度の存在なのかを見極めない限りは何も言えないよ」



レナの言葉にルイは首を振り、いくら彼女でも見た事もない地竜と牙竜がどちらか強いかは分からない。だが、どちらも災害の象徴と恐れられる「竜種」である事は間違いなく、戦闘に陥れば途轍もない激戦を繰り広げるのは容易く想像できた。

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