第725話 集落の惨劇

「奴が現れるまではこの村には多くのエルフが住んでおった。しかし、ある時に愚か者が勇者様が残した結界石に手を出して、あろう事か誤って破壊してしまった。そのせいで集落を包み込んでいた結界が解除され、この集落に牙竜が訪れて全てを奪ってしまったんじゃ……」

「あの、その結界石というのは何ですか?」

「分かりやすく言えば魔物が接近すると、見えない障壁を作り出して魔物の侵入を拒む魔石さ。君も結界魔法陣を見た事があるだろう?見えない結界魔法陣が集落全体を包み込んで外部からの侵入を妨げると考えればいいよ」

「なるほど……」



レナは結界魔法陣を扱うシュリの事を思い出し、彼女の生み出す結界魔法陣の頑強さはよく知っていた。結界石とは魔術師の力を借りずに結界と呼ばれる障壁を作り出す魔道具だと判断すると、長老は話を続ける。



「結界石が壊れて機能しなくなった直後、集落の中に牙竜が現れて儂を除いた住民は全員が殺されてしまった。儂自信も大怪我を負い、今ではこの身体の有様じゃ」

「そんな……」

「……酷い話だ」



長老はローブを脱ぐと彼の右腕が義手、右足が義足である事が判明し、彼は服をまくしたてると背中にも大きな傷跡があった。それだけで彼が牙竜にどのように酷い目に遭わされたのかがよく分かり、長老は改めてローブを身に付けると話を戻す。



「幸いにも儂が助かったのはこやつらのお陰じゃ。儂は魔物使いでな、狩猟に赴く際は捕まえた魔物を仲間にして手伝わせていた事もよくあった。そのお陰で結界石が破壊された事で儂の魔物達も中に入れるようになり、結果としては儂だけは魔物に救われて助かったのだ」

「あ、じゃあ……集落に暮らしている魔物達はもしかして?」

「そう、儂が魔物使いの能力で仲間にさせた魔物達だ」

「ギギッ……」



ここで長老はレナに同行していたゴブキチの頭を撫でやり、村で暮らしている魔物達は全てが長老が魔物使いの能力で連れてきた魔物だと判明する。だからこそ人が暮らす集落に魔物が住んでいた事にレナは納得するが、ここで疑問を抱く。


長老の話によるとこの集落は勇者が数百年前に送り込んだエルフが作り出した集落である事は判明したが、それが事実ならばここは「大迷宮」ではなく、レナ達の世界に存在する無人というという事になる。さらに集落の魔物達が言葉を話せる事も理由も判明していない。



「あの……ここに暮らしている魔物は全員が人語を話せるんですか?」

「その前にこの住民を魔物という呼び方は止めてくれんか?彼等の事は魔人と呼んでくれ、もう彼等は野生の魔物と違って無暗に人を襲う事はない」

「あ、はい……すいません」

「うむ、それで言葉を話せる理由についてだが……恐らくだが儂の魔物使いの能力による恩恵だろう。理屈は不明だが、儂が使役した魔物は共に暮らす日々を送ると、自然と人語を覚えて喋れるようになっていく。文字に関しても儂が最初の頃は教えてやっていたが、今では新しい仲間が出来る度に他の者が儂の代わり教えるほどじゃ」

「という事は……ここにいる魔物達は人語を話せるのは長老の能力のお陰という事か」

「チョウロウト、ハナガシタイ。ソウオモッテ、ガンバッテミンナベンキョウシタ」

「最も全ての魔物が人語を話せるようになったわけではない。現にコボルト等は儂の言葉は理解できても人語は話せないからのう」



集落に暮らす魔物達が人語を完璧に理解できるのは長老の魔物使いの能力の恩恵らしく、彼の発する言葉を理解したいという欲求から知性の高い魔物は人語を喋れるようになったらしい。その点ではゴブリンやミノタウロスは魔物の中でも知能が高い種族のため、人語を理解できたとしてもおかしくはない。


また、集落に暮らす全ての魔人が人語や文字を理解できるというわけではなく、この集落にはコボルトやファングなどの魔獣も存在するが、そちらの方は一向に言葉も文字を覚える様子はない。だが、人語や文字を覚えなくとも人間に危害を加える魔物はいないという。



「さて、儂の話はここまででよかろう。お主たちは初めて訪れた外部からの客人……丁重にもてなしてやろう」

「あ、ありがとうございます」

「助かります、正直に貴方がいなければ僕達は死んでいました」



ルイも転移した直後はいきなりこの北山に送り込まれたらしく、彼女は凍死しかけた時に狩猟に赴いていた長老と彼が使役するファングに発見され、急いで集落まで運び出されて治療を受けたという。



「ルイさんは何処に飛ばされたんですか?」

「僕はこの山の頂上付近に存在する遺跡のような場所に飛ばされてね。あまりの寒さに死にかけたが、長老が見つけてくれたお陰で助かったよ」

「あの場所は滅多に儂等も訪れないのだが、運良く近くを通り過ぎた時にファング共が気づいてな。偶然にも発見できたのだ」



長老がルイやレナ達を発見したのはあくまでも偶然らしく、下手をしたら3人とも寒さで凍え死んでいた可能性もあった。そういう意味では彼が命の恩人である事は間違いなく、改めて感謝した。

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