第722話 目を覚ますと……

(どうなってるんだ……?俺は助かったのか?)



部屋の様子を確認してレナは自分が誰かに救われた事は理解したが、いったい誰が自分を救ったのかと考える。考えられるとしたら一緒に行動していたイルミナか、あるいは雪山に存在すると思われるルイだった。


だが、イルミナはレナと同じく雪崩に飲み込まれたはずであり、ルイの方はそもそもレナ達が救助に向かっていた相手である。だが、現状を確認する限りでは誰かがレナを助けた事は間違いなく、不思議に思いながらもレナは装備を身に付ける。



(鍵は……掛かっていないな)



レナは恐る恐る扉に触れると、鍵を施されていない事を確認し、扉を開く。廊下に出たレナは辺りを見渡して人の姿を探すと、通路の曲がり角から人影が現れる。



「あのっ……えっ!?」

「……ギィッ!?」



通路から現れたのは人間のように衣服を身に付けたゴブリンである事に気付き、レナは驚いて武器を構える。しかし、相手のゴブリンもレナの姿を見て驚いた表情を浮かべ、慌てて壁に身を隠す。


故郷の件でゴブリンとは因縁深いレナは警戒するが、ここでゴブリンの様子を観察して少しおかしい事に気づく。ゴブリンは人間に対して強い敵意を抱き、人の姿を見つければ真っ先に襲い掛かる習性を持つ。しかし、目の前のゴブリンはレナに襲い掛かる様子はなく、怯えた表情を浮かべていた。



(ゴブリン……どうしてこんな場所に!?)



ここでレナは気づいたのは目の前に現れたゴブリンの容姿が普通のゴブリンとは違い、最初に身長が高い事に気づく。基本的に通常種のゴブリンは成人男性の半分程度の身長しかないのに対し、こちらのゴブリンは120センチ近くの身長だった。


皮膚は緑色で耳も尖ってはいるが、顔の形は人間に近い。更に驚くべき事にレナの前に現れたゴブリンは口を開くと、人間の言葉を発する。



「ア、アノ……コレ、クスリモッテキタ」

「えっ!?」

「コノクスリ、ノメバカラダモアッタカクナル。サムサ、ヘイキ」



片言ではあるが確かに人間の扱う言葉を発したゴブリンにレナは驚き、ゴブリンの方は粉薬が入った紙と、水が入ったコップを差し出す。そんなゴブリンの様子を見てレナは戸惑い、とりあえずは相手に敵意がない事は確かだった。



(ゴブリンが言葉を喋った……!?)



以前にレナは人語を話すゴブリンをイチノで見かけた事はあるが、今回の場合は姿を現したゴブリンは人間であるレナに対して敵意を抱いている様子はなく、それどころか薬を差し出す。その言葉が本当かどうかは分からないが、少なくともレナは目の前のゴブリンからは危険を感じなかった。



「……あ、ありがとう」

「ギギッ……アナタ、シニカケテタ。ダカラ、ヤスンダホウガイイ。モウヒトリモトナリデヤスンデル」

「もう一人……イルミナさんが?」



レナはゴブリンの言葉を聞いて隣の部屋に視線を向け、取っ手を開く。するとレナと同じように暖炉が付けられた部屋の中で横たわるイルミナの姿が存在し、彼女も同じように装備品を外した状態で暖かそうな毛皮に覆われていた。


まだ意識は戻っていないようだがイルミナも生きている事を知ってレナは安心すると、怯えた様子を浮かべながらもゴブリンが部屋の中に入り込み、先ほどレナに渡した粉薬と水の入ったコップをトレイに乗せた状態で置く。その様子を見てレナはゴブリンが自分達を救ってくれたのかと問う。



「あの……君が俺達を助けてくれたの?」

「チガウ、タスケタノハワタシジャナイ。ホカノミンナガタスケテ、センセイガ、チリョウシテクレタ。ワタシ、センセイノオテツダイ」

「他の皆、先生、お手伝い……?」

「クスリ、ノンダラソトニデテ。マッテルカラ……」



ゴブリンの言葉にレナは戸惑う中、ゴブリンは部屋の外を出ていく。その様子を見てレナはどうするべきか悩み、とりあえずは貰った薬に視線を向ける。最初は飲むべきか躊躇したが、すぐに意を決してレナは薬を飲み込む。



「うっ……辛っ!?げほ、げほっ……!!」



粉薬はまるで唐辛子を磨り潰したかのように非常にからかったが、どうにかコップの水と一緒に全部飲む。すると、10秒もしないうちにレナは肌寒さを感じなくなり、身体がポカポカと温まる感覚に陥る。



「……本当だ、寒くなくなった。という事はさっきの話は嘘じゃなかったのか」



ゴブリンの言っていた通りに寒さを感じなくなった事にレナは驚き、最後にゴブリンが言っていた薬を飲んだら外に出ろという言葉を思い出す。先ほどのゴブリンの正体はまだ分からないが、少なくとも自分達を助けてくれた事は間違いなく、レナは覚悟を決めて部屋の外へ出る事にした。


意識がないイルミナを残す事には少し抵抗感はあったが、今は先ほどのゴブリンの正体を確かめる事を優先し、彼女を残してレナは建物の外へと向かう。窓を確認すると、吹雪も大分収まり、もうすぐ晴れそうな様子だった。

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