第723話 魔人の集落

廊下を歩くと裏口を発見し、そこから外に出れる事を知ったレナは扉を開く。風も大分弱まっている事を確認すると、先ほど遭遇したゴブリンが少し寒そうに肌をすり合わせながら待っていた。



「ギギッ……コッチ、ツイテクル」

「あ、待って……その前に聞きたいことがあるんだけど」

「キキタイコト?」



ゴブリンはレナの質問に首を傾げ、その様子を見てレナはまず何から聞くのかを考える。色々と考えた結果、レナは名前を尋ねる事にした。



「君の名前は?」

「……ゴブキチ」

「ゴブキチ……君」

「クン?チガウ、ゴブキチ」



レナの言葉にゴブキチと名乗るゴブリンは自分は「ゴブキチクン」という名前と言われたと勘違いし、名前の訂正を行う。その返事を聞いてレナはゴブキチの事を呼び捨てにする事を決め、彼の後に続く。


現在のレナが存在する場所はどうやら雪山に存在する集落らしく、複数の建物が並んでいた。まさか大迷宮内に人間が暮らせそうな建物がある事に驚き、しかも住民が人間ではなくて魔物のゴブリンだと知ってさらに驚いた。



「ゴブキチ、俺を何処に連れていくの?」

「……ナカマニオマエ、ショウカイスル。ソノマエニナマエ、オシエテ」

「あ、そうか……ごめんね、俺の名前はレナだよ」

「レナ……オボエタ」



ゴブキチと名乗るゴブリンはレナの名前を聞いて頷き、自分の後に付いてくるように促す。まさかゴブリンとこうして普通に話す機会が訪れるなど思わず、不思議に思ったレナは尋ねる。



「その……ゴブキチはゴブリンだよね。どうして俺とイルミナさんを救ってくれたの?」

「チガウ、オマエタチヲスクッタノ、オレノセンセイ。ミンナトイッショニカリニデタトキ、ユキノナカニウモッテルオマエタチヲミツケタ」

「先生……さっきも言ってたけど、それはどんな人なの?」

「イイカラツイテコイ、オマエノナカマガマッテル」

「仲間?」



イルミナ以外にもここに自分の知っている人間がいるのかとレナは驚いたが、今はゴブキチの言う通りに従う。事情は不明だが彼の仲間がレナ達を救ってくれた事は間違いなく、その上に寒さにも効く薬を分け与えてくれたのだ。


いったいどんな成分なのかは不明だが、ゴブキチが用意した薬を飲んだ途端に身体が温かくなり、寒い外でも薄着でも全然平気だった。こんな不思議な薬があるなど聞いた事もなく、レナはゴブキチが先生と呼ぶ人物が調合した薬なのかと考える。



(いったいどんな人だろう……ん?)



視線を感じたレナは周囲の建物に視線を向けると、建物の窓からこちらを見つめるゴブリン達に気付く。どうやらゴブキチ以外にも集落には多数のゴブリンが存在するらしく、更にゴブリン以外の魔物の姿も見えた。



「おう、ゴブキチ!!そいつが例の人間か、どうやら命は助かったようだな!!」

「アッ……ミノ」

「ミノ……えっ!?」



前方から流暢な人語を耳にしてレナは人間も暮らしているのかと振り返ると、大量の薪を背負った「ミノタウロス」が存在した。かつて大迷宮で遭遇した個体よりも身体は大きく、右手に手斧を所持していた。


ミノタウロスはゴブキチに対して笑いかけ、そんな彼に対してゴブキチはお辞儀を行う。一方でレナは魔人族のミノタウロスが当たり前のように人語を話している事に戸惑っていると、ミノと呼ばれたミノタウロスはレナの肩を軽く叩く。



「いや、良かったなあんた!!偶然、俺達が狩猟に出ている時にワンタの奴が雪にぅ持っているあんたらを発見したんだよ。おっと、俺の言葉が通じているか?」

「え、あっ……」

「レナ、コノヒトガオマエヲタスケタ。レイヲイウ」

「いいってことよ、気にすんな!!お互い、これから長い付き合いになりそうだからな!!」

「は、はあっ……」

「がははははっ!!それじゃあ、俺は仕事があるからな!!また後で会おうぜ!!」



薪を背負ったミノは豪快な笑い声をあげ、軽く手を振ってその場を立ち去る。その姿にレナは目を丸くするが、以前に魔人族のミノタウロスは人間の元でちゃんと教育を受ければ人語も理解して話す事が出来ると聞いた事があった。しかし、実際に人語を完璧に理解してしかも流暢に話すミノタウロスなどレナも初めて見た。



「ゴブキチ、さっきの人は……」

「マテ、モウツイタ。クワシイハナシハセンセイカラキケ」



ゴブキチにミノの事を尋ねようとしたレナだが、ゴブキチは大きな建物の前に立ち止まり、中に入るように促す。彼が案内した場所はどうやら「教会」らしく、ゴブキチは門を開いてレナと共に敷地内へと入り込む。


教会と思われる建物にレナとゴブキチは扉を開いて入ると、中の方ではレナの見知った顔が存在し、そこには雪山で遭難していると思われたルイと彼女の隣には全身をローブで身を包んだ人物が座って待っていた。

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